税務署は滞納者からどのように「差し押さえ」するのか(EKAKI / PIXTA)※写真はイメージ

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税金を滞納すると税務署員がおうかがいにやって来る。居留守を使う者もいれば、とぼけて何とかやり過ごそうとする者、あっさり観念する者もいる。

いずれにせよ、一度税務署に目をつけられると、逃れるのは困難だ。本人に支払う気がなくても、取り立てるルートはいくらでもあるからだ。

「差し押さえ」もそのひとつ。裁判所の手続きを通じ、財産を勝手に処分できないようにする法的措置だが、税金の場合、裁判所を通さずに行われることもある。(本文・大蔵主税)

※この記事は、税務署一筋30年の大蔵主税氏の書籍『税務署員うつうつ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。

滞納者にどうやってアプローチするのか

「もうそろそろ独り立ちやな」

私が新人のとき、税務署に初めて配属されて2週間ほどが過ぎたところで、上司であるT統括官にそう告げられ、それ以降はひとりで出張するようになった。

徴収職員は地域ごとに担当を持つ。“自分の縄張り”のようなもので、その範囲内にいる滞納者をどう動かすかが腕の見せどころだ。T統括官から手渡された担当区域の一覧表を眺める。氏名とともに滞納額が並んでおり、数字の大きさがそのまま優先順位となる。

私の担当地区でもっとも滞納額が多かったのは、建設業を営む個人事業主・E氏で、その滞納額は申告所得税300万円。他の滞納者が数十万円単位の中、その数字は際立っている。

午後3時を回ったころ、私はE氏の自宅へ向かった。これまでの訪問はすべてT統括官と一緒だった。だが、今日は違う。初めての単独臨場で、誰も隣にいないとここまで心細くなるものかと驚く。とはいえ、すべて自分の判断でやるしかないのだ。

インターホンを押すと奥さんらしき女性が顔を出した。

40代前半くらいだろうか、きちんとした身なりで家のことを切り盛りしている雰囲気がある。

「A税務署の大蔵と申します。Eさんの税金の件でおうかがいしました。ご主人さまはいらっしゃいますか?」私がそう言うと表情に動揺が走った。

「今はおりません。仕事に出ています」

どこか早口だ。こちらの用件を察したのだろう。

「いつごろお戻りになりますか?」

「6時すぎには……。あの、税金の件ですよね」

言いにくそうにしながらも彼女は一歩踏み込んできた。

「家のお金は私が管理しています。今月末にまず5万円払います。そのあとも毎月5万円ずつ……なんとかならないでしょうか?」

声も小さく、近所の目を気にしているのが伝わってくる。だが、こちらも引くわけにはいかない。

「ご主人の滞納は300万円あります。少額を長期間という形は原則として認められません。全体の納付計画を立てていただく必要があります」

「わかりました。とりあえず、今日のところは……」

私はそれ以上踏み込まず、ひとまず引くことにした。支払う意思があるなら、まずは様子を見る。

その月、確かに5万円の納付があった。システムに反映された数字を確認し、初めての単独訪問で成果が出せたことに安心した。

だが、“成果”は長くは続かなかった。翌月、納付は途絶えた。電話をかけても本人の携帯はつながらず、留守電に切り替わる。何度かけても同じだった。

逃げる相手には「差し押さえ」で対抗

逃げてるな……。単なる「未納」ではない。駆け出しの税務署員として軽く見られたのではないかという疑念が頭をよぎる。このまま終わらせてなるものか、と私は意地になった。

「本人と直接話ができていません。奥さん経由で5万円の納付はありましたが、それも1回だけで途絶えました」

T統括官に相談すると、いつもの無表情で話を聞き、ぽつりと言った。

「差し押さえやな」

おおっ、差し押さえか。そのひと言に胸が高鳴る。

差し押さえに際して、税務署員は財産調査を行う。一般的におもな財産は、不動産か車両だ。だが、E氏はどちらも所有なし。その旨報告すると、T統括官は少し考え、すぐに結論を出した。

「ほな、売上債権や」

E氏は建設会社・F興業の下請けとして仕事をしている。その未回収の工事代金(売上債権)を差し押さえる。回収の矛先を本人から取引先へと向けるわけで税務署徴収部門の真骨頂でもある。

「今回は一緒に行こか。さすがに最初から一人はきついからな」

T統括官はそう助け舟を出してくれ、ともにF興業に向かうことになった。

事務所は国道から少し入ったところにある古い建物の1階にあった。引き戸を開けると雑然とした空間が広がり、現場仕事のニオイがした。T統括官が名乗ると、奥から体格のいい男が現れた。代表のF氏だった。

「税務署? 何?」ぶっきらぼうな声。私は黙って横に立ちながら、その空気に吞まれそうになる。

「Eさんに申告所得税の滞納があります。つきましては御社がEさんに支払う外注費を債権として差し押さえます」

統括官が淡々と用件を伝えると、F氏の表情が曇る。

「いきなり来てそんなこと言われてもなあ。Eにも生活があるだろ」

もっともな反応だと思う。だが同時に、ここで引けば仕事にならない。しばらく押し問答が続いたが、T統括官はぶれなかった。

「手続きとして進めます。同意は必要ありません」

統括官は「差押調書」を書き上げ、F氏に差し出した。

「こんなのは受け取らんぞ」

F氏は拒否する。だが統括官は慌てない。調書に何かを書き込み、そのまま机の上に置くと、「では、これで」とだけ言ってさっさと事務所を出る。私は一拍遅れてあとを追いながら、差し押さえの現場にただ圧倒されていた。

押し問答の翌日、態度を一変させ、妥協案を提示

翌日、F氏から電話が入った。「もう一度話したい」という。あれだけ強気だった相手が、自分から連絡してきたのだ。再訪した事務所で、F氏は前日とは別人のように口調を和らげていた。

「全額だとEも生活できないのでなんとか一部にしてもらえないですか?」

話し合いの末、毎月25万円の一部差し押さえで決着した。その後、F興業からは約束どおりの入金が続き、1年後に完納となった。

配属当初の私は、とにかく目の前の業務に食らいつくのに必死だった。電話での催告、財産調査、滞納者宅への臨場、差し押さえの手続き……どれも初めてのことばかりでひとつ覚えたと思ったら、また次の壁にぶつかる。そんな毎日だった。

だが、A税務署は働きやすい環境だった。理不尽な幹部もいなかったし、直属の上司であるT統括官はつかず離れずの距離感で指導してくれた。たまに怒鳴られることがあっても仕事の範囲内の話で個人的な軋轢(あつれき)にはならない。むしろ忙しさを共有している分、連帯感のようなものがあった。

自分が一番下っ端という立場も気楽に働ける理由になっていたと思う。私は、徴収という仕事に無我夢中で取り組んでいた。

徴収の仕事は「相手とどう向き合うか」が中心だ。滞納者の生活状況、収入の流れ、支払い能力・意思を読み取りながら、税金を納めてもらう。だから、簿記の知識は必要とされない。税務大学校で簿記2級に落ちたというコンプレックスを抱いていた私にとって、そのことは大きな救いだった。

■大蔵主税(おおくら・ちから)
税務署員。
1970年代生まれ。大学卒業後、国税専門官に合格し某国税局に採用され、以後30数年税務署に勤務。その間、転勤8回(某国税局管内の税務署を異動してまわる)担当事務は、徴収→法人課税(税務調査あり)→管理運営(窓口業務あり)30代でうつ病になり、3か月の休職を2回経験。