タイミー提訴後に記者会見する原告の男性(左)と代理人弁護士。4月21日午後、東京都内(写真:共同通信社)


 スポットワークアプリ「タイミー」で成立した仕事を雇用主側が直前でキャンセルしたのは違法だとして、ワーカー9人が「タイミー」の運営会社に対し未払い賃金と慰謝料を求め東京地裁に提訴しています。

 現場の責任者が悪気なく「求人キャンセルボタン」を押しても、労働契約上はキャンセルできていません。人手不足の救世主であるスポットワークですが、「まだ現地に来ていないからキャンセル可能」という現場の常識は、法的な観点から見ると企業にとって致命的なリスクとなり得ます。

 スマホアプリの手軽さと、労働法等との間に生じた、企業として放置できない「認識のズレ」とは一体何なのか。そして、企業を守るための防衛策とは。本記事で詳しく解説します。

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マッチングで契約は成立、アプリ操作に潜む落とし穴

 現場責任者の多くは、「現地に来てチェックイン(業務開始の手続き)をしていないのだから、まだ雇っていない」と考えがちです。

 しかし、これは法的に明確な誤りです。労働契約は、実際に業務を開始したかどうかや、特別な書面を交わしたかどうかにかかわらず、双方の合意で成立します。

 企業側がアプリ上に求人を出す行為は法的な「申込みの誘引」にあたり、スポットワーカーが「応募」ボタンをタップし、アプリ上でマッチングが確定した瞬間に法的な「申込みと承諾」が完了します。

 面接不要のスポットワークでは、「マッチング完了=労働契約の成立」となります。契約が成立している以上、勤務開始直前のキャンセルは単なる予約の取り消しではなく、すでに雇った従業員に対する、会社都合での一方的な就労の拒否に他なりません。

(図表:共同通信社)


 天気が悪い、既存スタッフで足りたといった見込み違いによるキャンセルは、労働者から労働の機会を不当に奪う行為となります。では直前キャンセルが発生した場合、企業はどのような責任を負うことになるのでしょうか。

休業手当から巨額賠償まで、放置できない3大リスク

 具体的には、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」に基づき、平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務が生じます。さらにケースによっては6割にとどまらず、10割の支払いを求める訴えを起こされかねないのです。

 日頃、人事のご担当者様から「1日限りの日雇い労働者であっても、ケガをしたら労災の対象になりますか?」というご相談をよく受けます。

 もちろん労災になるのですが、近年利用が急増しているアプリ経由のスポットワークも、それと全く同様です。雇用の長さは関係ありません。単発のスポットワーカーであっても完全に会社との有期労働契約が成立しており、直接の使用者責任が課されます。

 しかし現場では、「たった数時間の関係だから会社の責任はないだろう」と甘く見てしまうケースも少なくないため、注意が必要です。

 アプリの操作がどれだけ簡単で、その日限りの働き手であっても、自社の従業員です。万が一の事態に対して会社が負う責任は、正社員と同様でなんら変わりはありません。

 事故が起きた際に治療費を自己負担させたり、会社がこっそり支払って隠そうとしたりすれば「労災かくし」という重大な法令違反に問われ、企業としての社会的信用を大きく損なう事態を招きます。

 そして、経営基盤に深刻なダメージをもたらすおそれがあるのが、労働契約法第5条の安全配慮義務違反です。労働基準監督署の調査や裁判では、事故を予測できたか、回避の努力をしたかが厳しく問われます。

 スポットワーカーは職場の危険性を知らないケースが多いです。数時間の作業だからと基本的な作業指導を省いて事故が起きれば、裁判所は未経験者だからこそ丁寧な教育を行うべきだったと判断するでしょう。

 労災保険は慰謝料等をカバーしないため、ケースによっては数千万円規模の損害賠償に発展することもあります。

コスト調整弁扱いは命取りに、現場の焦りと教育不足をどう回避するか

 直前キャンセルの引き金は、急な天候不良や過剰募集、アプリの手軽さなど様々だと思いますが、現場の責任や能力不足だけで片付けるべきではありません。真の要因は、厳しい利益目標へのプレッシャーに加え、アプリを運用する現場だけでなく、マネジメント層の「労務リテラシーの不足」という組織的課題に潜んでいる可能性があります。

 資金繰りや売上に最前線で向き合う現場では、客足が絶望的になった際、「今日の売上では人件費が払えない」と焦り、出勤数時間前のスポットワーカーを即座にキャンセルする事態が起きている場合もあります。既存アルバイトのシフトを削れば不満を持たれて辞められるリスクがあるため、関係性が構築されていないスポットワーカーが手軽なコストの調整弁として使われているのです。

 さらに深刻な要因として、優秀なプレイヤーが労働関係法令の基本知識を持たないまま現場責任者に登用されている実態が挙げられます。法的な学びの場がない状態では、スマホでのキャンセル操作を飲食店のネット予約の取り消し程度と錯覚し、すでに労働契約が締結されていることに気づけません。

 便利なアプリの手軽さだけを現場に渡し、法的リスクの管理まで現場の自己責任とするのは、あまりに負担の大きい業務構造です。根本的な原因は、現場を任される責任者に対して労働基準法等の基礎研修を徹底しておらず、マネジメント層に必須となる労務リテラシーを定着させる仕組みが整っていない、「会社側の教育体制の欠如」にあります。

 企業が便利なシステムの恩恵を受けながらも、訴訟リスクをしっかり防ぐための「最低限整えるべきルール」を提示します。直ちに取り組むべき短期的な対策は、感情やその場の焦りに任せた現場のキャンセル操作にストップをかけることです。まずは社内で「直前キャンセルは会社都合の休業命令になり得る」という方針を固め、周知徹底を図ります。

 運用ルールとしては、多店舗展開の企業であれば、アプリのログイン権限を本部に集約して物理的なブレーキをかけることもあり得ます。しかし、スピード重視で現場の裁量が大きい企業の場合は、権限を取り上げるのではなく、キャンセル発生時に本部への理由報告書を必須とするなど、安易な操作を心理的・組織的に牽制する運用が求められます。

 あわせて、見込み違いによる過剰募集や想定外の客足減少が発生した場合でも、安易なキャンセルを避けるため、掃除や棚卸しといった代替業務をあらかじめ設定しておくことが重要です。

「知らなかった」という言い訳は通用しない

 なお、一度確定した労働条件の変更には双方の合意が必要となるため、企業側の一方的な都合で不利益に変更することはできません。したがって、あらかじめアプリ上の募集要項に、当初予定していた業務の状況に変化が生じた場合、店舗内の掃除などの代替業務もあり得ることを記載しておくべきです。数時間のスポット契約であっても、その法律上の重みは全く変わりません。

 しかし、いくら「運用ルール」や「代替業務」を用意しても、現場を動かす人間に法的リスクに対する認識がなければ、これらの仕組みはうまく機能しません。そこで、短期的なルール整備と並行して腰を据えて取り組むべき「中長期的な根本対策」が、マネジメント層と現場を預かる責任者の教育体制の構築です。

「知らなかった」という言い訳が通用しない厳格な労働関係法令下において、両者に対する教育の徹底こそが、企業防衛の最前線です。特に多店舗展開企業においては、定期的な研修を行うだけでなく、法的な知識を欠いた責任者を現場に立たせるリスクを未然に防ぐ仕組みの導入が急務です。

 社内に人事部門や教育体制がない企業においても、会社を挙げて社会保険労務士などの専門家や外部研修を積極的に活用し、組織全体の労務リテラシーを常に最新の状態へアップデートしていく意識と教育体制が求められます。

 多様な働き方が広がる今、スポットワーカーは経済を支える不可欠な存在です。企業を守るためには、研修などを通じてマネジメント層・現場責任者の「労務リテラシー向上」を図り、知識を常に更新していく仕組みが鍵を握ります。現場が正しい知識に基づいて適正に管理を行うことで、訴訟リスクの低減につながります。

 スポットワーカーを単なる変動費や調整弁として切り捨てず、仲間として迎え入れること。双方が気持ちよく働ける労使協調の現場こそが、事業を成長させるための鍵となります。

山本倫央(やまもと・のりひさ)
社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所 特定社会保険労務士
2003年に社会保険労務士労務士試験に合格。その後、民間の介護事業所に就職。2007年9月に社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所に入所。入所後は従業員数1名〜1万人のクラインアントを複数社担当し、労働・社会保険手続き業務を行う。2015年5月に特定社会保険労務士付記。現在は、HRコンサルティング事業部に所属。数多くのクライアントを担当し、労務相談中心に労務管理、社会保険についてのアドバイスを行う。

筆者:山本 倫央