プレミアムアイスクリームの代表格、ハーゲンダッツが好調だ。販売元のハーゲンダッツ ジャパンは2025年度、2年連続で過去最高売上を更新。その成長を支える新定番が、発売10カ月で1000万食を売り上げた「ザ・ミルク」だ。だが開発時の調査では、約4割が「バニラ味とミルク味の違いが分からない」と回答していたという。なぜ“バニラと被る”と思われた商品は、これほどのヒットになったのか。フリーライターの島袋龍太さんが、マーケティング本部の藤江亨さんに聞いた――。(前編/全2回)

■️「ミルク」と「バニラ」は被らないのか?

プレミアムアイスクリームの代表格、ハーゲンダッツが好調だ。販売元のハーゲンダッツ ジャパンは2025年度に売上高556億円を記録し、2年連続で過去最高売上を更新した。コロナ禍以降、外出自粛に伴う巣ごもり需要の後押しを受けて堅調に業績を伸ばし、その後も躍進を続けている。

破竹の勢いを支えているのが、2025年3月発売の新フレーバー「ザ・ミルク」(373円 税込)だ。クリーム等の原材料として北海道産生乳100%使用の、濃厚かつ後味すっきりな味わいが消費者の舌を唸らせ、発売10カ月で1000万食を売り上げるというヒットを記録した。

提供=ハーゲンダッツ ジャパン
「ザ・ミルク」の商品写真 - 提供=ハーゲンダッツ ジャパン

ハーゲンダッツと聞いて、多くの人がイメージするのは「濃厚でクリーミーな味わい」だろう。その味を支えているのが、北海道の酪農王国・根釧地区の生乳。冷涼な気候と広大な土地で育った乳牛からは、コクと強い甘みのある生乳が搾れる。その生乳をフィーチャーしたザ・ミルクが人気を博す理由は頷ける。

しかし、ここで一つの疑問が湧く。平易な表現を許してもらえば「バニラと被らないのか?」という疑問だ。ハーゲンダッツの定番といえばバニラ。ストロベリーやグリーンティーといった明確に異なるフレーバーに比べると、ザ・ミルクとバニラの「被り」は否めない。類似したフレーバーが並立すれば、互いに売上を食い合い、業績低下の要因にもなりかねない。それにもかかわらず、なぜザ・ミルクはヒットしたのか。

■️4割の人が「バニラ味との違いが分からない」と回答

商品開発戦略の立案に携わったマーケティング本部の藤江亨さんに尋ねると、苦笑いを浮かべて開発当時の「誤算」を振り返った。

「そうなんです。実は、ザ・ミルクの開発時に消費者意識調査を実施したところ、約4割が『バニラ味とミルク味の違いが分からない』と回答しました。この結果は私たちには衝撃でした。というのも、私たちには『バニラ味とミルク味はまったく違うもの』という前提があったからです。開発メンバーも全員が『別物でしょ』と考えていました。おそらく、私たちは年がら年中、アイスクリームに向き合っているので、知らず知らずのうちに消費者の意識と乖離していたのだと思います」

ザ・ミルクとバニラの「被り」は、開発時には不安材料として顕在化していた。ならば、なぜ商品化に踏み切ったのか。その裏には、ハーゲンダッツが発売以来、貫き続けてきた、こだわりがあった。

撮影=プレジデントオンライン編集部
東京都目黒区の本社オフィスで取材に応じる、「ザ・ミルク」開発販売戦略担当者の藤江亨さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「原材料の生乳はハーゲンダッツの“背骨”です。1984年の日本上陸以来、根釧地区の上質でコクのある生乳にこだわり続けてきました。まさに、ハーゲンダッツのブランド価値の中枢といっても過言ではありません。その生乳を思いっきり味わってもらえる商品をお届けしたいというのが開発当時の思いでした」

勝算もあった。2002年を皮切りに、これまでもハーゲンダッツは定期的にミルク味の商品を発売し、一定の成果を挙げていた。2020年にはミルク味のミニカップ「リッチミルク」を一時、定番商品化している。

ミルク味を特に好む消費者層の存在はすでに掴んでいた。あとは、バニラとの明確な差別化を図り、いかに今まで以上に幅広い層に商品を届けるか。それが商品開発における最大の難関だった。

■️濃厚さと後味すっきりを両立させる「調味料

差別化を図るうえで肝となるのは、やはり「味」だ。

ハーゲンダッツは「ミルクの濃厚さとすっきりした後味」を追い求めて、原材料レベルから検討を始めた。

こだわりの生乳を存分に感じられる「濃厚さ」と、その味を引き立たせて次の一口を誘う「すっきりした後味」という、相反する要素の両立が目標だった。天秤のバランスを取るかのような開発工程を、藤江さんは「我が事ながら難しいお題を設定してしまったなと」と振り返る。

試行錯誤が続くなか、散らばった点と点を一本の線で結んだのが「塩」だった。生乳、卵、砂糖の主原料に塩を加えると、一口目の圧倒的なミルク感が、軽やかな後味に滑らかに繋がる。芳醇な香りとコクが後を引くバニラとは、まったく異なる味わいだった。

提供=ハーゲンダッツジャパン
「バニラ」の商品写真 - 提供=ハーゲンダッツジャパン

さらに興味深い点がある。実はザ・ミルクよりもバニラのほうが「乳脂肪分」が多いのだ。

「成分表を確認していただけると分かりますが、乳脂肪分はザ・ミルクよりもバニラのほうが高いんです。生乳の成分を多くすると濃厚さは高まりますが、その分、味の輪郭も濃くなり、ミルク感が印象として残りにくくなります。ザ・ミルクでは単に生乳を多くするのではなく、ミルク感を喫食者に届けるための「配合の黄金比」を追い求めました」

■️戦略的な「自信満々マーケティング」

バニラとの味の差別化は実現した。しかし、それで商品が完成するわけではない。次なる壁は、ザ・ミルクの独自性を、いかに消費者に伝えるかだ。事前の調査で明らかになっていた「バニラ味とミルク味の違いが分からない」という消費者意識を、マーケティングを通じて解きほぐさなければいけない。

このとき、ハーゲンダッツは、繊細なマーケティングコミュニケーションではなく、あえて正面突破を試みる。キーワードは「自信満々」だ。

「『ハーゲンダッツが自信を持ってお届けするミルクアイスクリーム』。それがマーケティングにあたってのコンセプトでした。ハーゲンダッツの美味しさの根幹であるミルクをぜひご賞味くださいと。ややハードルを自分たちであげる面もありましたが、情報が氾濫する今の社会において、自信満々なコミュニケーションは消費者の関心を惹き、『そんなに言うのなら美味しいのだろう』という安心感を与えます。バニラとの差が分からない消費者層に『これは違うな』と思ってもらうためにも、力強いメッセージングが必要だと思いました」

その狙いは、何よりも商品名に表れている。ザ・ミルク。唯一無二の雰囲気を漂わせるには、従来の「リッチミルク」といったネーミングでは決め手に欠けた。これこそがミルク味であり、これこそがハーゲンダッツ。そう消費者に印象付けるための商品名だった。

■「絶対に失敗できない商品」だった

さらに、プロモーションでも自信満々を前面に押し出した。TVCMで用いたコピーは「ザ・完成。」。真っ白な雪原で女優の中西希亜良さんがザ・ミルクを口にする映像に、その一言を大写しにした。

提供=ハーゲンダッツ ジャパン
2025年3月4日の発売に合わせて公開されたTVCM、「『ザ・ミルク』初濃い」篇の一部。服装は「ザ・ミルク」のパッケージをイメージしてコーディネートしている - 提供=ハーゲンダッツ ジャパン

従来のハーゲンダッツのTVCMは、ゴージャスな部屋で出演者がアイスクリームを口にするなど「特別なひととき」を強調する内容が多い。この点でも、ザ・ミルクは従来の商品とは一線を画していた。そのほか、メディア向けのリリースや店頭に設置するPOPなどにも「ハーゲンダッツ渾身!」「ミルクアイスクリームの決定版」といったフレーズが並んだ。

しかし、自信は常に不安と背中合わせだ。藤江さんも「『失敗できない』というプレッシャーは尋常ではなかったです」と当時を振り返る。ハーゲンダッツの価値の源泉である生乳を強烈にアピールしたにもかかわらず結果が振るわなければ、大きな痛手を被ることになる。

■「バニラと何が違うの?」の声を逆手に

その危機感を象徴するエピソードがある。

「ザ・ミルクの発売時には、小売店の店頭で『バニラvsザ・ミルク』の食べ比べキャンペーンを実施しました。小売店のお客様に2商品を食べ比べていただいて、美味しかったフレーバーのシールをフリップに貼ってもらう企画です。バニラとの差別化が課題なのであれば、消費者の方々に実際に食べていただいて、味の違いを分かってもらおうと。

撮影=プレジデントオンライン編集部
「バニラvsザ・ミルク」のキャンペーンについて語る藤江さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

このキャンペーンは全国141店舗で展開したのですが、そのほとんどを当社の社員が担当しました。参加したのは150名以上。当社の全社員は約250名ですから、全体の6割以上が小売店の現場に足を運んだことになります」

ハーゲンダッツのブランド価値を左右しかねない局面に、社員たちは一致団結して全国を歩き回った。「ザ・ミルクを絶対に売らなければいけない」。キャンペーンは過去10年間で最大規模の社内施策となった。その熱はじわじわと世の中に伝播し、大きなうねりを生んでいく。

■️「ミルクのヒット」がバニラに再び光を当てた

ザ・ミルクの発売後、ヒットの兆しはすぐに表れたと藤江さんは話す。

「売上の初動が明らかに違いました。しかも、リピート率が高かった。つまり、消費者が『もう一度食べたい』と思える味に仕上がっているということです」

さらに意外なことに、ザ・ミルクの発売は他のフレーバーの底上げにも貢献した。ザ・ミルクと他のフレーバーを食べ比べるため、ミニカップを複数個購入するケースが増えたのだ。まずはザ・ミルクで素材の美味しさを味わい、その次にグリーンティーやストロベリーの味や香りを堪能するといった楽しみ方が、消費者の間で知らず知らずのうちに広がっていた。

そして、最大の課題であったバニラとの差別化である。差別化の成果について尋ねると、藤江さんはゆっくりと首を縦に振った。

「成功だとはっきり言い切れます。ザ・ミルクの発売がバニラの売上を大幅に落とすことはなく、むしろ売上全体を押し上げる要因になりました。私たちにとってバニラは定番中の定番。1984年の発売以来、味や素材が変わっていないブランドの顔です。しかし、不動の存在だからこそ、新たな話題やトピックを作りにくい側面があります。ザ・ミルクの発売は、普段、意外にも光の当たりにくいバニラに、再度注目を集める良い機会でもありました」

撮影=プレジデントオンライン編集部
ハーゲンダッツ ジャパンの本社オフィスで撮影に応じる藤江さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ザ・ミルクは売上目標値の137%を達成。発売10カ月で1000万食を売り上げるヒットを記録し、現在も定番商品として売れ続けている。「ハーゲンダッツといえば」で誰もが想起する絶対王者・バニラに存在を覆われることなく、今や独自の立ち位置を確立した。

濃厚なのにすっきりした味わい。不安と背中合わせの「自信満々マーケティング」。そして、全社員の6割が店頭に立った覚悟。ザ・ミルクの開発では、相反する要素を両立させた施策が数多く展開された。

つまり、バニラと似た新商品が偶然売れたのではない。「バニラとは違う」と消費者が体感できるところまで、味と伝え方を作り込んだからこそ売れたのだ。針の穴に糸を通すような差別化戦略が、ブランドの再活性化を導き、いまも止まらないハーゲンダッツの躍進を支えている。

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島袋 龍太(しまぶくろ・りゅうた)
フリーライター
1986年生まれ。沖縄県出身。琉球大学卒業後、警視庁入庁。警視庁警察官として、地域部、警務部、刑事部を経験。警視庁時代には事件解決の功労が認められ、警視総監賞を受賞。警視庁退職後は求人広告代理店のコピーライターなどを経て、2019年にフリーライターとして独立。ビジネス、経済、社会、サブカルチャーなど取材。趣味読書とブラジリアン柔術。妻は漫画家の意志強ナツ子。
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(フリーライター 島袋 龍太)