【金 敬哲】ホン・ミョンボ代表監督を追い出した韓国の「苛烈な攻撃」と橋本愛・佐藤二朗問題報道にみる「日韓の責任追及の温度差」
橋本愛・佐藤二朗、もし韓国だったら
最近、日本では女優の橋本愛と俳優の佐藤二朗を巡るハラスメント論争が話題になっている。日本の大衆文化に親しみのある韓国の若者層にとっても、この事件は少なからぬ関心を集めている。
橋本愛主演の映画『リトル・フォレスト』は、韓国でリメイク映画が制作されるほど良い反響を得たし、実際に私の周りにも橋本愛のファンを自任する後輩たちがいる。佐藤二朗もまた、日本のドラマが好きな韓国人の間では「コミカルだが演技のうまい俳優」というイメージが強い。
韓国人にとって馴染み深い二人の俳優であるからこそ、日本を熱くさせているこの事件が韓国でも注目されているのだ。
ただし、日本のワイドショーやネットニュースを見ていると、議論の焦点が「意外な」ところに合わせられているという印象を受ける。事件の事実関係を巡る攻防が続いている最中でも、メディア論調の中心は徐々に「フジテレビの対応は適切だったのか」「マネージャーはなぜ関連事実を適切に伝えられなかったのか」「現場のコミュニケーション過程に問題はなかったのか」という、『組織的プロセス』に向けられているからだ。
もちろん重要な争点である。しかし、韓国人である私の目には、肝心の事件の出発点となった張本人たちの行動や主張に関する議論は、相対的に少なく見えた。その瞬間、ふと次のような考えが浮かんだ。
「もし同じ事件が韓国で起きていたら、メディアは何を最初に語っただろうか。」
韓国で同様の事件が発生した場合、組織の対応や発生過程も当然報道されたはずだ。しかし、議論の中心には「当事者はどのような判断をしたのか」「その判断に責任を負うべきではないのか」という問いが置かれる可能性が高い。韓国のメディアは、事件を説明することだけでなく、責任の所在を明らかにすることに強い関心を示す傾向がある。「誰の判断が問題だったのか」「誰が説明すべきなのか」「誰が責任を負うべきなのか」を問い続けるのだ。
強い責任追及への欲求
最近、日本でも度々取り上げられているホン・ミョンボ監督を巡る論争も、その一例である。
韓国においてホン・ミョンボ論争は単なるサッカー代表チームの監督選任問題として消費されなかった。論争の核心はサッカー協会の構造的な問題であったが、メディアと世論は同時にホン・ミョンボ監督個人の選択と責任にも注目した。「なぜプロセスが不当だと知りながら監督職を引き受けたのか」「なぜ代表監督は引き受けないという過去の発言を翻したのか」「なぜ真摯に謝罪しないのか」と。
もちろん、これはホン・ミョンボ監督個人に限った話ではない。韓国社会で論争が発生すると、メディアと大衆は自然と責任の主体を探す。「誰が間違ったのか」「誰が謝罪すべきなのか」「誰がその座から退くべきなのか」。
社会を揺るがす問題が発生した時、原因や制度的背景を分析することは重要である。しかし韓国では、それと同時に、あるいはそれに先立って、責任の所在を明確にしようとする欲求が強く働く。そこには理由がある。
厳しい競争の中で、公正なルールを守ることが自分自身を守る重要な手段だと考えられてきた社会では、不公平を生んだ人物や組織の責任を問うことが、正義を実現するための重要な方法として受け止められてきたからだ。
追及で果たして何が変わったのか
しかし、その問いに過度に比重を置いてきた代償も小さくない。救急医療を巡る問題では、制度や環境の改善を議論する前に、現場の医療従事者個人の法的責任が大きく注目されることがしばしばあった。その結果、医療現場では責任を避けるための防御的な対応が広がるという指摘も出ている。
学校現場でも同様である。体験学習中の事故を巡り、教員個人の「刑事」責任が問われる事例が続いた結果、リスクを避けるために活動そのものを縮小する学校も増えた。
個人への責任追及は、一時的には社会の怒りを解消する。しかし、その怒りが制度や環境の改善につながらなければ、同じ問題は形を変えて繰り返される。
橋本愛と佐藤二朗を巡る日本の論争を見ながら私が考えたのは、日本社会を評価することではなく、韓国社会を映し返すことだった。
私は日本のメディアからたびたび、「なぜ韓国人はホン・ミョンボ監督にそこまで憤慨するのか」という質問をされる。韓国社会が「誰の過ちなのか」を問い続けてきたことには理由がある。しかし、責任者を見つけ、謝罪を求めた後に、果たして何が変わったのか。
問うべきなのは、「誰が悪かったのか」だけではない。「その後、何を変えることができたのか」という問いも、同時に必要なのではないだろうか。
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