だから高尾山は「遭難者数日本一の山」に変貌した…ケーブルカーもあるのに救助要請が絶えない"本当の理由"

■もはや山ではなく「観光地」と化している
東京都の高尾山(599m)の入山者数は、年間250万人とも300万人とも言われている。入山者数日本一といって差し支えない。
この山を毎月歩いている筆者が皮膚感覚で感じるのは、2007年に『MICHELIN Voyager Pratique Japon』(ミシュラン・ボワイヤジェ・プラティック・ジャポン)で観光地として三つ星を獲得してから急速な変化が訪れたということだ。最寄り駅の京王線高尾山口駅周辺に、日帰り温泉施設やシティホテルが開業し、民家を改装したドーナツ店やおしゃれな登山道具店も見られるようになった。
人出も爆発的に増えたように思う。紅葉の時期になると、駅前から登山道まで人波で埋め尽くされてしまう。山頂の「高尾山」と山名が表記された柱の前には記念撮影のための長蛇の列ができ、一帯に家族連れなどがビニールシートを敷き、足の踏み場もなくなる……こうした現象は、ミシュランガイドの星を獲得するまではあまり見られなかったと記憶している。
このような状況を生み出しているのは、「登りやすさ」ということもある。ケーブルカーやリフトが整備され、急斜面の登山道を登らなくても容易に山頂に行きつく。また、ほとんど土の上を歩かなくても、つまり舗装された道だけをたどっても山頂に到達できるコースさえある。具体的に言えば、1号路から薬王院の境内を経由して山頂に向かう道だ。1号路の傾斜はきつく、薬王院では階段を登ることになる。だが、登山靴など山歩き専用の装備は必要なく、スニーカーでも歩けるはずだ。こうなると、もはや登山ではなく、観光地の周遊と言うべきだろう。
■3日に1人ペースで遭難事件が発生している
そんな高尾山だからなのか、遭難事故が多発している事実を見逃してはならないだろう。
警察庁が昨年6月に発表した「令和6年における山岳遭難の概況等」によると、高尾山の遭難者数は、2024(令和6)年が131人で、過去5年平均は86人だったという。52%もの大幅増加になっているというのだ。また、同年の遭難者数を富士山と穂高連峰とも比較している。日本一の標高を誇る富士山は83人、3000m級の山々が連なる穂高連峰は66人だから、131人の高尾山の遭難者数は群を抜いている。低山と思いきや、日本一遭難者数が多い山なのだ。
遭難の一報を受けて、ただちに現場に駆け付けるのは東京消防庁八王子消防署だ。同署のデータ(※)にも興味深い数字がある。2021(令和3)年から25(同7年)までの各年の遭難者を世代別にみると、中高年が圧倒的に多いのだ。21年は遭難者64人中50代以上の中高年者は44人に上った。7割近くが中高年者ということになる。同じように年ごとに見ていくと、22年・94人中62人▽23年・96人中72人▽24年・82人中64人▽25年・43人中28人と、いずれも中高年者の遭難者数が突出している。
■舗装されたコースは意外と限られている
また、高尾山にはさまざまな登山道があるが、ルートごとの遭難者数を見ると、ケーブルカーの地上駅付近から山頂を結ぶ1号路が過去5年の総計で160人と飛びぬけて多い。2番目は沢沿いの登山道を歩く6号路で58人。3位となるのは急傾斜の尾根筋を歩く稲荷山コースで46人となっている。
この点について同消防は「1号路は気軽に登れるコース。このコースを選ぶ方も多い。下山時にケーブルカーが混みあっている場合、徒歩にて下山途中で体調不良や転倒して救急車を要請されるケースがあります」と言う。6号路、稲荷山コースについては「ふもとから山頂まで距離があり、岩場、急斜面もあるため上り、下りでの両方で要請はあります」と語る。
では、なぜ高尾山の遭難者数がこれほど多いのか。要因のひとつとして挙げられるのは、高尾山の入山者は登山者ばかりではないということだ。冒頭にも触れたが、かなりの数の観光客が訪れ、歩き慣れない登山道に踏み込んでしまう。そこに遭難多発の要因が隠れていると思うのだ。
足元がスニーカーやサンダル履きの人々が、山道の4号路や6号路を歩く姿をよく見かける。両コースは舗装された部分がほとんどなく、土や岩、木の根が露出した登山道ばかりだ。とりわけ4号路は入口のひとつが山頂近くにあり、観光客が気軽に足を踏み入れてしまう。入口には、最近「ここから山道です」と記された大きな看板が設置された。注意喚起であることは間違いない。


■「この道に来たのはまずかった」
この3月、雨が降った翌日に4号路を歩いてみた。運動靴をはいた父親と小学生と思われる女の子がこわごわと土や木の根があらわになった道を歩いていた。女の子は「どうしてこの道(の崖側)に柵がないの?」と父親に尋ねた。だが、父親は腰を落としながら「足が滑る。この道に来たのはまずかった」とこわごわと歩き、娘の質問に取り合う余裕はないようだった。今にも親子で足を滑らせそうに見えた。

筆者は登山ガイドだから、何かアドバイスでもと考えた。だが、登山靴など登山の装備を持っていない方には、「気を付けて」としか言いようがなく、無事を祈りつつ見送ることしかできなかった。また、6号路や稲荷山コースでも同様の人々を何人も見かけた。足を滑らせて、転倒したり崖から滑落したりする事故はいつ起きてもおかしくない、と実感せざるを得なかった。
では、登山道に柵が設置されていれば安全なのだろうか。むろん柵を越えての事故もありうるのだが、歩く人にとって安心感が違うということは言えるだろう。
■高尾山より人が少ない「大山」は柵を設置
観光客も歩いている登山道で柵が設置されている例はある。それは、神奈川県伊勢原市の大山(1252m)だ。大山は丹沢山系に位置し、きれいな三角形の山体は美しく、古くから信仰の山として知られている。高さは高尾山の2倍以上もあるが、ケーブルカーが営業している点は同じであり、年間を通じて多くの観光客、登山者を引き付けている。令和7年版「統計いせはら」によると、コロナ前の令和元(2019)年の大山方面の観光客数は99万2708人で、同2(2020)年は87万4818人と減少したが、同3年・91万7687人、同4年・94万6108人、同5年・96万2138人と順調に回復している。
大山登山のメインルートは「表参道」と呼ばれ、急な階段や険しい岩場を通過する。最近、この登山道にも親子連れやスニーカーの若者たちが歩く姿が目立つようになった。一方、大山の西方の登山道は比較的危険な個所はなく、見晴台と呼ばれる展望地もある。ここからケーブル駅まで小1時間ほどの登山道は崖地の上にあるが、崖側にはしっかりと鉄製の柵が設えてある。
■道を整備する管理者がはっきりしない問題
では、こうした登山道の安全は誰が守るのだろうか。自治体など登山道の「管理者」と、その道を「歩く人々」の役割だと私は思っている。
高尾山であれば、4号路など登山道の管理は一義的には、東京都などの管理者が行うべきと考える。危険と思われる崖地には柵を作り、急斜面の道には階段を設置するなど、多額の費用がかかる作業は管理者が行うことがふさわしいだろう。他方で、高尾山の管理主体は都のほかに林野庁、八王子市、薬王院。ケーブルカーや食堂など周辺施設の経営は高尾登山電鉄と多岐にわたっており、責任の所在が分散しているのも安全対策が進まない一因かもしれない。

管理者が手を加えず登山道が崩壊してしまった山もある。伊豆の天城山(1406m)だ。天城山は日本百名山に選定されており、首都圏から近く、登山者は多い。一方、観光地化はされておらず、山深いこともあり、観光客を見かけたことはない。その天城山の一部の登山道は完全に崩壊しており、通行が困難な場所もある。2024年5月に筆者が歩いた際、ヤマレコに記録した感想を引用する。
■有名だからといって安全なわけではない
天城山の登山道修復は、もはや登山者の手に負えるレベルではない。訪れる人の安全のためにも、修復を急ぐべきだと強く思う。

さて、高尾山から大山、天城山の登山道の状況を紹介した。では、これから高尾山をはじめとした低山にハイキングに出かける観光客、とりわけ親子連れや中高年者はどのようにすれば、安全を確保できるのか。
まずは、土や岩、木の根が露出した登山道を歩かないことだろう。高尾山や大山のようにケーブルカーがあるのなら積極的に使いたい。また、事前の下調べが大切なことは言うまでもない。観光協会などのホームページ、登山情報サイト「ヤマレコ」などを活用したい。
■「危ない」と思った瞬間に引き返そう
登山道では、転倒や滑落などの事故を起こさないために、危険だからこれ以上は歩かないという判断も含めて自らの身を守る行動をとってほしい。登山道上に石ころや枝が落ちていたら、横に寄せるだけでもいい。そのささやかな行動の積み重ねが、積もりに積もって自分や家族、友人だけでなく、通りすがりの他者をも守ることにつながる。最近では民間団体が登山道の整備、修復を行っている例も各地にある。自身のSNSやヤマレコなどで、危険個所を伝えるのも有効と思う。
万が一、運動靴やサンダルなどで登山道に踏み込んでしまい、恐怖を感じたら、ぜひ引き返してほしい。危ない道を歩き続けるほど、転倒や滑落のリスクは高まる。もうすぐ夏山シーズンが訪れる。危険を避けて、爽快なハイキングをご家族や友人と楽しんでほしい。
※東京消防庁八王子消防署のデータは、高尾山山頂より西側の城山方面の遭難件数は含まれない。
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小野 博宣(おの・ひろのぶ)
山岳ライター&登山ガイド
1961年生まれ。早稲田大学第二文学部を中退後、1985年毎日新聞社に入社。東京社会部で警視庁捜査1課、石原都政1期目などを担当し、東京本社生活家庭部長、広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2019年6月に関連会社「毎日企画サービス(毎日新聞旅行)」代表取締役社長に就任し、2025年7月に退任。公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージIIの資格を持つ。
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(山岳ライター&登山ガイド 小野 博宣)
