名ドリブラーの助言で地元・大分を離れて早6年。鹿島ユースの初Vに貢献、中川天蒼が届けた“感謝の一発”【クラブユース選手権】
地元の大分県を離れて6年目。中学1年生の時に鹿島にやってきたアタッカーが大舞台で輝きを放った。
7月31日、クラブユース選手権(U-18)の決勝が行なわれ、鹿島アントラーズユースとベガルタ仙台ユースが対戦。ともに初優勝を目ざして戦った大一番は、鹿島が伝統の勝負強さを発揮し、3−0で勝利して初めて夏の日本一となった。
「大悟が良いボールをくれたので、頭で押し込むだけでした」
ゴールシーンを興奮気味に振り返った背番号14には、ここに来るまでに幾多の苦労があった。だからこそ、喜びは人一倍だ。
右サイドハーフを主戦場とする中川は大分県の出身。小学生の頃は鹿島OBで名ドリブラーの増田忠俊氏が代表を務めるMSSでプレーし、6年生の時には全日本少年サッカー大会にも出場した。
まさに地元で評判のアタッカー。その進路に注目が集まるなか、当初は大分トリニータU-15のセレクションを受けることを視野に入れていたという。だが、増田氏の助言で鹿島の門を叩く気持ちが固まった。
「増田さんから鹿島のセレクションを受けてみないかという話をしてもらい、自分も受けたいと思ったんです。自分自身、関東はレベルが高いので揉まれて成長ができると感じた」
見事にテストも合格し、晴れて鹿島ジュニアユースに加入。新しい土地で新たな一歩を踏み出した。最初の半年は地元から一緒に付き添ってくれた祖母と2人暮らし。その後は中学3年生の夏まで母親とともに生活を送った。そこから鹿島ユースに昇格し、2年次には主軸に定着。一方でタイトルには縁がなく、最終学年を迎えた。
今季も右サイドハーフでポジションを掴み、得意のドリブルでチャンスをクリエイト。FW吉田湊海や平島といった2年生らとうまく連係しながら攻撃の中核を担った。
迎えたクラブユース選手権では、最後の最後に大仕事。今大会は準決勝まで4試合に先発して無得点だったが、ファイナルの舞台で大会初ゴールを決めて最高の瞬間を迎えた。
「最高の仲間、最高のスタッフと日本一を取れて素直に嬉しいし、良かったと思います」
喜びを口にした中川。続けてお世話になった家族への想いも紡いだ。
「自分の決断で家族に迷惑もかけたと思います。サポートもしてくれたなかで、自分には見せない部分で辛い想いがあったかもしれない。そういうのもこういう形で恩返しができて本当に良かった」
そして、自分と鹿島の縁を繋いでくれた増田氏に対しても感謝の気持ちを口にした。
「増田さんにもこの後お礼を伝えたいです。増田さんからは謙虚な気持ちと努力することをいつも言われていたので、オフの月曜日に自主練習をしたり、居残りでシュートの練習をしたり。そういう教わったことが実を結んだと思います」
卒業後は大学に進学予定。トップ昇格は果たせず、次のステージを経てプロを目ざす。だが、高校年代最後の夏に残した功績は色褪せない。深めた自信を胸に新たな舞台に向かうべく、さらなる研鑽を積む。
取材・文●松尾祐希(サッカーライター)
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