「免疫療法」「遺伝子治療」などといった数十万円から数百万円もかかる高額な自由診療を提供するクリニックもあります(写真:EKAKI/PIXTA)

IT企業オーシャンブリッジ創業者の高山知朗さんはどのように5度のがん闘病を乗り越えたのかーー。がんを患った誰もが考えるであろう「免疫療法」「遺伝子治療」などの高額な自由診療について、高山さんの最新刊『5度のがんを生き延びる技術 がん闘病はメンタルが9割』より一部引用・再編集してお届けします。

治療を否定したくなる気持ちと闘う

がんには辛い治療のイメージがあるので、「怖い手術や辛い抗がん剤治療を受けなくてもどこかにがんを治す秘策があるはず」と、現実から逃げたくなる気持ちも痛いほど分かります。

実際、「抗がん剤は効かない」「がんは放置するのがよい」などとがんの三大治療(手術、放射線治療、抗がん剤治療)を否定するような、患者にとって耳触りのよいキャッチーな極論をタイトルにした本もかつて話題になりました。著者が大学病院の医師だったりすると、内容も信頼できそうに思えます。がんという過酷な現実を前にして、そうした安易な道に逃げたくなってしまうかもしれません。

でも「抗がん剤が効かない」のが本当なら、世の中から抗がん剤はなくなっているはずですし、放置でいいならがん治療そのものがなくなっているはずです。

これは、「抗がん剤が効かないがんもある」「焦って手術しなくても、放置(正確には経過観察)していればよいがんもある」という事実から、世間の注目を集めるために一部を切り抜いて極端に単純化して表現しているものと考えられます。極論には注意が必要です。

ネットを検索すると、「副作用の少ないがん治療」「ほぼ全てのがんに対応」「ステージ4でも諦めない」などの甘い言葉が並んだクリニックのページがたくさん見つかります。

自由診療クリニックの高額ながん治療の問題点

そうしたクリニックは、「免疫療法」「遺伝子治療」などといった治療を、数十万円から数百万円もかかるような高額な自由診療として提供しています。驚くほど高額ですが、有名大学や有名病院出身の医師が提供している場合もあり、期待してしまいそうになります。

しかし、本当にそれらの治療でがんが治るのであれば、その効果を裏づける十分なエビデンスがあるはずです。そして臨床試験を経て保険適用となって、高額な自由診療ではなく、保険診療として、総合病院や大学病院を含めた多くの病院で提供されているはずです。そうなっていないのは、有効性と安全性が確認されていないからです。「お金持ちだけが受けることができる最先端の秘密の治療」だからではありません。

全ての自由診療のクリニックを否定するつもりはありませんが、実際に、「治療」というより「医療ビジネス」として経営されている金儲け主義のクリニックもあるようですので注意が必要です。「ちゃんとした医師がやっているから大丈夫」とは必ずしも言えない世界なのです。

かく言う私自身も、こうした自由診療のクリニックに関して2つほど苦い経験があります。

約20年前に妹が乳がんで闘病していたときの話です。妹のがんは肝臓にも脳にも転移してしまったため、国立がん研究センター中央病院の主治医から「もう積極的な治療の手段がないので、そろそろ地元でホスピスを探し始めたほうがいいです」と告げられました。

それまでに免疫細胞療法について調べていた私は「自由診療の免疫細胞療法などは効果がないのでしょうか?」と質問しました。

もちろん答えは「効果はありません」というものでした。

続けて「もし先生が妹と同じ立場になっても、自由診療のがん治療は受けませんか?」と質問しましたが、もちろん答えは「受けません」というものでした。

あまりにもきっぱりした回答だったこともあり、自由診療に期待することはやめました。

それでも、妹が治ることを諦めてホスピスを探すということは、私も妹の夫もどうしてもできず、治す方法がまだあるはずだと信じて、代替療法を提供する病院に妹を連れていったりしました。

しかし残念ながらしばらくの後、妹は天国に旅立ってしまいました。

また実は私自身、自由診療の漢方専門クリニックで高濃度ビタミンC点滴を受けた経験があります。このクリニックにはがんの再発予防と帯状疱疹後神経痛の緩和を目的に行ったのですが、問診の後この高濃度ビタミンC点滴を勧められ、「なぜ漢方医がビタミンCの点滴を?」と思ったものの「がんにも痛みにも効くから」と言われ、半信半疑で点滴を受けました。

会計のとき、点滴と私の症状に合わせて調合されたという1か月分の漢方薬で合計10万円を請求され、耳を疑ったのを覚えています。高額で、なぜかピッタリ10万円。診療明細も何もないため内訳は分かりません。

このとき、治療内容も治療費の金額も、院長が患者の足元と懐具合を見て適当に決めていると確信し、そのクリニックでの治療はやめました。

あとで調べてみると、高濃度ビタミンC点滴は自由診療のクリニックの金儲けに使われる常套手段のようでした。高くつきましたが、いい勉強になりました。

ちなみに治療費についての参考として書きますが、私は脳腫瘍の治療では標準治療としてがんの三大治療を2か月で全て受け、全部が保険診療で、自己負担額は合計で十数万円でした。最先端の術中MRIを使った手術も含まれています。つまりこの手術も保険診療の範囲内です。だから健康保険と高額療養費制度の恩恵を受けることができて、自己負担額は予想を大幅に下回りました。会計のときに、漢方専門クリニックとは別の意味で「間違いではないか」と思ったほどです。

「標準治療」こそが「最高」の治療

私は脳腫瘍以外の4つのがんも、全て手術、放射線治療、抗がん剤治療のいずれかもしくは組み合わせによる標準治療を受けています。がんを治すのに最も効果が高く副作用も少ないのが標準治療です。

世界中の病院で数多くの患者を対象とした臨床試験を通じて、その有効性と安全性が確認され、世界中の病院で提供されているのが「標準治療」です。


白血病の治療時に首にCVカテーテルを挿入(写真:高山さん提供)

「標準」という名前を見ると、もっと「上級」の治療があるように感じるかもしれません。お金持ちやセレブだけが受けることのできる「上級治療」が秘密裏に提供されているのではないか、と。

でもそんなものは存在しません。実際は「標準治療」こそが世界で「最高」「最善」の治療です。がんを治すのに最も確実で安全な道なのです。

有名な話ですが、アップル創業者のスティーブ・ジョブズは膵臓がんが見つかったとき、病院での手術を拒絶し、代替療法(民間療法)に頼りました。しかし徐々に健康状態は悪化し、最終的には手術を受けることになります。本人はこの選択を後悔し、もっと早く手術を受けるべきだったと語っていたそうです。

病院での治療を拒絶しても、がんが消える秘策などどこにもありません。がんという現実、そして標準治療が最善の治療だという科学的事実をしっかり受け入れて、病院での治療に臨むことが大切だと思います。現実から目を逸らさずに、覚悟を決めて、標準治療でがんを治療していきましょう。


(高山 知朗 : オーシャンブリッジ ファウンダー)