黒まわし姿で四股を踏む朝乃山

写真拡大

 11月10日に初日を迎える大相撲九州場所で、元大関の朝乃山(30)=高砂=が幕下に転落した。名古屋場所で左膝前十字靱帯(じんたい)断裂などの大ケガを負い、7月末に手術。長期離脱となった。不祥事による出場停止後に番付を戻してきた中で、またも訪れた試練。ただ、復活を目指して汗を流す姿は前向きだ。朝乃山を奮い立たせた師匠や母の言葉、再起にかける心境とは。

 九州場所番付発表の翌日。関取以外が稽古場で締める黒まわしを約2年ぶりに着け、朝乃山は慎重に下半身を鍛える運動を繰り返した。顔つきは真剣でも、悲愴(ひそう)感はない。膝にテーピングせず、四股も踏めるようになった。手術から3カ月。「日数を考えれば3月かな」。来年の春場所で復帰する青写真を描いた。

 名古屋場所4日目の取組で左膝を大ケガ。車いすのままレスキュー車で搬送された。「今でも光景は覚えています」と記憶は鮮明に残る。力士生命を左右するアクシデント。もちろん、当初は落ち込んだ。「ケガした時は、もう引退かなと思った。頭の隅でちょっと考えた」という。

 折れかけた心を、今度も周囲が支えてくれた。師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)にはすぐに「頑張ろう。まだ30歳。まだ若いよ」と励まされた。後援会などからも激励の声が届いた。そして「母には、父の分も相撲をやめないで、という言葉をもらいました」。父・靖さんは2021年8月に死去。故郷で息子を案じる母・佳美さんの願いに、復活への闘志が奮い立った。

 「不祥事で落ちた時もあるので。一番はやっぱりケガして辞められなかった。ここで辞めたら、絶対悔いが残ると思った」。病室のベッドでずっと窓の外の夏空を見ながら、さまざまな思いを巡らせて行き着いた結論。「僕から相撲を取ったら何ができるんだろうって。中学校から相撲ひとつで頑張ってきたのに、一瞬のこのケガで終わりにしたくないって。逃げられないっていうのがあった」と覚悟が決まった。

 リハビリを始めて歩けるようになり、階段を下りる際に襲う痛みにもん絶しながら、少しずつできることは増えてきた。膝が良くなるにつれ「僕も少しずつ元気になって来ました」。稽古場で後輩の相撲を見る表情は明るい。「やっぱり自分も相撲がとりたい。相撲が好きなんだなっていうのが、自分の中でありましたね」と、再確認した相撲愛を笑顔で明かした。

 照ノ富士、宇良ら膝の大ケガから復活した力士の存在は励みになる。秋場所もテレビで観戦。昨年の右膝手術から復帰した若隆景が大の里に勝った一番には「かっこいいなと思いました」と勇気づけられた。

 まずは来春の復帰が目標。「やっぱりしっかりケガと向き合っていかないといけない。早く上に行きたい気持ちはあるけど、焦らずに」と自らに言い聞かせた。三段目転落は確実で、戦後で幕内経験者が三段目以下に2度転落後、再入幕した例は皆無。だが、険しい道を前にしても、もう心は揺るがない。

 「目の前のできることを精いっぱいやって、必ず本土俵に戻りたい。幕内に行って一つでも番付を上げたいし、長く相撲をとりたい」。30歳の元大関は不屈の精神で、復活の日だけを見据えている。(デイリースポーツ・藤田昌央)