VAIOの新モデルが「AI特化」よりも優先したこと
VAIOは10月31日、新フラッグシップモデルを発表した(筆者撮影)
ウィンドウズPCメーカーのVAIOが、設立10周年を迎えた2024年に投入する新フラッグシップモデルで、興味深い選択をした。マイクロソフトが今年のPC市場の主戦場として位置付けるAI PCの条件を満たさない製品を、あえて投入したのだ。最新技術への追従よりも信頼性を重視するという判断の背景には、PC市場の大きな変化があった。
法人向けメーカーとして成長
2014年にソニーから独立したVAIOは、個人向け高級PCブランドというイメージから、大きく変貌を遂げている。本社を長野県安曇野市に移転し、当初は従業員約1100人から約240人へと大幅に縮小してのスタートだった。しかし、「本質+α」を基本メッセージに掲げ、法人向け市場に注力する戦略が実を結び、現在は340人規模まで成長。日本市場に特化したPCメーカーとしての地歩を固めている。
その戦略は、コロナ禍を経て大きな成果を生んでいる。IDCのデータによれば、PC市場全体が厳しい状況が続く中、VAIOは出荷台数を大きく伸ばしている。背景には、企業のPC投資に対する意識変化がある。
「コロナ禍で、PCは会社が提供できる唯一の『働く環境』となりました」とVAIO 開発本部 プロダクトセンター長の黒崎大輔氏は説明する。「そこから、もっといいものに投資してもいいのではないかという意識が生まれてきています」。
成熟したPC市場には使用期間という変化が訪れている。「以前は5〜6年と言われていたPCのライフサイクルが、今では6〜7年という声を多く聞くようになりました」と黒崎氏は指摘する。
この変化は、企業のIT投資の考え方の転換を示している。最新スペックへの追従よりも、長期的な運用コストや安定性を重視する傾向が強まっているのだ。
VAIO SX14-Rで追加された新色グリーン(筆者撮影)
市場変化の中、信頼性向上を選択
このような市場変化を踏まえ、VAIOは新フラッグシップモデル「VAIO SX14-R」(個人向け)と「VAIO Pro PK-R」(法人向け)の開発で思い切った判断を行った。通常より開発期間を延長し、品質向上のための試作を1回追加し、計4回行った。結果として、マイクソフトが推進する「Copilot+ PC」の要件を満たさない選択となった。
「今回あえて開発期間を延ばしたのは、より長期の耐久性テストや限界試験を行うためです」と黒崎氏は説明する。「6〜7年使われる製品として、信頼性を最優先しました」
ただし、それは最新技術を完全に無視するという意味ではない。新製品には、AI時代に向けてIntelが開発した最新のCore Ultraプロセッサーを採用。NPU(Neural Processing Unit)と呼ばれるAI処理専用チップを搭載し、Windows Studio Effectsなどの機能に対応している。
VAIO SX14-R(筆者撮影)
そのうえで、実際のビジネスシーンで求められる機能の完成度を徹底的に追求した。3つのマイクを搭載し進化したAIノイズキャンセリングは、背面の声も確実に除去できるようになり、オフィスでのWeb会議での課題を解決。最軽量構成で948gという軽量化と合わせ、場所を選ばない働き方を可能にしている。
AIノイズキャンセルにより、マイクの集音方向を調整する機能を搭載する(筆者撮影)
さらに、熱可塑性カーボンと樹脂の一体成型による高剛性ボディの採用など、日本のものづくりの技術を結集。アンテナ部分の見えない美しい仕上がりと、高い強度を両立させている。
製品の意匠にも新たな挑戦を行っている。新色として投入された「ディープエメラルド」は、ビジネスシーンでの高揚感を追求して開発されたカラー。これまでのラインナップにない差し色としての個性を持たせつつ、ビジネス製品としての品位も備えている。さらに10周年を記念した「勝色特別仕様」や、全体を漆黒で統一した「ALL BLACK EDITION」といった特別モデルも用意。PCに触れる時間が増えた現代だからこそ、所有する喜びを感じられるデザインにもこだわった。
「ALL BLACK EDITION」(左)と「勝色特別仕様」(筆者撮影)
「お客様からは、製品自体の信頼性はもちろん、国内設計・開発チームによるきめ細かなサポートを評価いただいています」とVAIO 開発本部 プロダクトセンター プロダクトマネージャーの柴田雄紀氏は説明する。
「PCに愛着を持って使っていただくことは非常に重要です」と柴田氏は強調する。自動車のような嗜好品として大切に扱われることで、結果的に長期使用につながるという考えだ。
新たな価値提供の形
VAIOの選択は、PC市場における新たな価値提供の形を示唆している。最新技術への追従一辺倒ではなく、製品の信頼性とサポート体制を含めた総合的な価値を提供する。それは、持続可能なIT投資のあり方を模索する企業のニーズとも合致している。
PCメーカーとして「新しさ」と「信頼性」のバランスをどう取るか。VAIOの答えは、後者に軸足を置きつつ、実用的な進化を着実に積み重ねていくというものだった。それは、PC市場全体の成熟化を象徴する選択といえるかもしれない。
(石井 徹 : モバイル・ITライター)