日本の安全保障について考えてみる。北朝鮮の核に対して、日米安保は万全なのか(写真:ZUMA Press/アフロ)

2024年10月、石破茂政権が誕生した。石破首相は、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想など、安全保障について意欲的な発言をしている。日本を含む東アジアは、ロシア・中国・北朝鮮などの権威主義国家に囲まれている。北朝鮮はミサイルを撃ち続けている。日本の平和を維持するために、いま本当に必要なこととは--。橋爪大三郎氏の最新刊『火を吹く朝鮮半島』より解説する。

日本が核攻撃を受けてもアメリカは反撃しない

東アジアには、NATOの集団安全保障にあたる仕組みがない。アメリカをハブに、日米、米韓、米台、……といった二国間同盟の束でしかない。アメリカがぐらついた場合、全体がばらけてしまう。また、アメリカ以外の国は核保有国ではない。アメリカ一国のやる気に依存しているのが、この同盟関係の弱点である。

ではアメリカは、どんな場合もこれら同盟国を守るだろうか。アメリカの核の傘は、日本や韓国や台湾や……に対して万全な楯として機能するだろうか。相手は北朝鮮、中国。いずれも権威主義的な独裁の、核保有国である。

まず日本の安全保障について考えてみる。北朝鮮の核に対して、日米安保は万全か。

結論から言おう。アメリカは日本を核の傘で守ることができない(核の傘で守ることをしない)。日米同盟のもとでも、日本がアメリカの核によって守られるとは言えない。

(a) 北朝鮮が日本に通常弾頭ミサイルを撃ち込む
            ⇓
(b) 日本が北朝鮮に通常弾頭ミサイルを撃ち込む
            ⇓
(c) 北朝鮮が日本に戦術核弾頭ミサイルを撃ち込む

となった場合に、アメリカがそれに反撃(d)すれば、

(d) アメリカが北朝鮮に戦術核弾頭ミサイルを撃ち込む
            ⇓
(e) 北朝鮮がアメリカに戦略核弾頭ミサイルを撃ち込む(!)
            ⇓
(f) アメリカが北朝鮮に戦略核弾頭ミサイルを撃ち込む

このようになって、アメリカはひどいこと(e)になる。アメリカ大統領なら、アメリカの国民をこんな目に遭わせるわけにはいかない。これを避けるには、北朝鮮が日本に核兵器を使用した(c)としても、それに反撃(d)しない、以外にない。

つまり、アメリカは、日本が核攻撃を受けても、あえてそれに反撃しないのだ。これが、日米安保の「核の傘の破れ」でなくて、なんであろうか。

念のために言っておけば、北朝鮮も、北朝鮮が核攻撃によってひどいことになる(f)のはいやだろう。けれども北朝鮮は、国民の権利と安全に責任をもつ民主主義の政権ではさらさらなく、国民のことなど実はどうでもよいと思っている権威主義的な独裁政権である。

北朝鮮の存在しない世界など、存在しなくてよいと思っているとも言う。北朝鮮が壊滅する(f)かもしれないとしても、アメリカを核攻撃する(e)だろう。

だから、アメリカは北朝鮮を核攻撃する(d)ことはできない。日本が核攻撃を受ける(c)としても、それを黙ってみているしかない。

なぜ日米安保は機能しないのか

このように、北朝鮮の核の脅威の前に、日米安保条約は機能しない。なぜか。それは、日米安保条約が、アメリカ本土に核攻撃が及ばないという前提で、結ばれているからである。この前提が崩れた。よって、日米安保は機能しなくなるのである。

いや、ちょっと待って。米ソの冷戦の時代には、ソ連の核兵器はアメリカ本土に到達する可能性があったではないか。それでも日米安保は機能していたではないか。なぜ北朝鮮が核保有国となった場合に限って、日米安保が機能しなくなるのか。

比較のためにまず、テロリスト集団が核兵器を手にしてしまったケースを考えよう。

テロリスト集団は、武装した組織で、政治目的をもっている。そして、通常の武器のほかに、核兵器を手に入れた。アメリカの市民を人質にとったり、アメリカの大使館を占拠したりして、アメリカに政治的要求をつきつける。

「刑務所に閉じ込められている仲間を解放しろ。何百万ドルの身代金を払え。われわれのこれこれの要求を聞け。さもなければ、ワシントンDCに核兵器をぶちこむぞ」

各国の政府は、テロリストとは交渉(取引)をしないのが原則である。交渉する代わりに、拠点を急襲し、テロリスト集団を無力化し、身柄を押さえるなり排除するなりすることをまず目指すべきだ。

人質を取られている場合は、慎重に対応しなければならない。場合によっては、人質の解放を優先して、取引に応じる可能性もないとは言えない。
テロリスト集団が核兵器をもっている場合は、自国の国民が人質に取られているのと同じである。彼らの要求をはなから無視するわけにはいかない。核兵器が交渉力(政治力)に転化してしまうということである。

さて問題は、北朝鮮の核ミサイルである。北朝鮮の保有する核ミサイルは、テロリスト集団の核のように、アメリカに対する交渉力(政治力)になってしまう。なぜか。

それは北朝鮮の指導者が、北朝鮮の国民のことなどまるで気にかけていないからだ。北朝鮮が殺到する核ミサイルによってこの地上から消えてしまおうと、どうでもいいと思っているからである。(本当のところはどうかわからないが、少なくとも)相手にそう思わせることが、金正恩の交渉力(政治力)の源泉である。

同じことを逆から言えば、アメリカの核ミサイルは、北朝鮮の核ミサイルの威力と相殺できない、ということである。アメリカは北朝鮮の核ミサイル攻撃を、現実にありうる脅威として本気で心配しなければならない。アメリカは脅されてしまう。アメリカは北朝鮮の交渉力(政治力)を受けるということだ。

相手がテロリスト集団なら、さっさと叩きつぶしてしまえばよい。それができなかったとしてもいろいろ方法がある。北朝鮮は、叩きつぶされないように手を尽くしている。テロリスト集団と違って、国土も正規軍も官僚機構もある。

アメリカがどんなアクションを起こそうと、必ず反撃できる。いざとなれば、北朝鮮の核ミサイルは確実に飛んでくる。ワシントンDCやニューヨークに。

日本が攻撃を受けても、アメリカは核戦力によって、日本を守ることができない。つまり、日米安保条約は機能しないのである。

ポスト日米安保の時代


北朝鮮が核戦力を整えたことによって、日米安保条約が機能しなくなること。日本の安全保障の基本が揺らいでしまうこと。これは著者の意見ではなく、事実だ。事実と理屈を積み重ねていけば、誰がどう考えたとしてもそういう結論になる。人びとはこのことをまず、しっかり頭に入れなければならない。

誰がどう考えたとしても、そういう結論になるのだとしたら、責任ある当事者はとっくに検討を進め、そう結論しているはずだ。アメリカ軍の参謀部や国務省の担当者や政治家も、自衛隊や外務省の幹部も。その割に彼らが静かなのは、うかつなことを言って、ことを荒立てたくないからだ。

(橋爪 大三郎 : 社会学者、大学院大学至善館特命教授)