小児性犯罪者になる人間には、幼少期に自身が暴力的行為にさらされた者も。ここでは、男児20人に性的暴行やわいせつ行為などをした罪に問われ、懲役20年の実刑判決が言い渡された、男性シッターの事例を紹介。

【写真を見る】男児20人にわいせつ行為「悲しき生い立ちの小児性犯罪者」

 西川口榎本クリニックの副院長(精神保健福祉士・社会福祉士)としてさまざまな依存症治療に取り組む斉藤章佳氏の著書『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)より一部を抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)


写真はイメージ ©getty

◆◆◆

性加害や性虐待は「魂の殺人」

 幼少期の家庭内での虐待、学校でのいじめ、性被害などが直接的、間接的に影響を及ぼし、のちに子どもへの性的嗜好や性虐待につながる事例を加害者臨床の現場ではしばしば見かけます。

 書籍(38P)では、面識のある関係でのグルーミングの例を挙げました。小学生男児が同じ団地に住む「やさしいお兄さん」からグルーミングされ、その後4年間にもわたって性被害を受け続けた事例です。

 実はこの被害にあった男児こそ、のちに私が某刑務所で面会した受刑者でした。

 この被害男児はのちに加害者となり、刑務所に収監されていたのです。

 ここでは彼を仮にFとしましょう。Fは女児に対する強制わいせつ罪(当時)で実刑判決を受け、刑務所に収監されていました。彼が実刑判決を受けるのは、これが3度目です。

 いずれも子どもへの強制わいせつや強制性交等罪(当時)でした。

 私が生業としている精神保健福祉士や社会福祉士の業務は多岐にわたります。そのうちのひとつに、刑事施設や少年院などの矯正施設に収容されている人の出所・釈放後の就業先や住まいなどの環境を調べ、確保し、そのうえで彼らが再犯をしないようにするための「生活環境の調整」という出口支援業務があります。私はこの業務のために、Fと刑務所内で面会しました。このような特別な面会の依頼は、全国の地方更生保護委員会から打診があります。

 Fとの面会は1時間半ほどでしたが、その間、彼は自身が幼い頃にグルーミングからの性被害にあったことを私に打ち明けました。一般に性犯罪の加害者が逮捕され、裁判で実刑となった場合、刑務所内では通称「R3プログラム」と呼ばれる性犯罪再犯防止指導が行われているのですが、彼もまたこのプログラムを受講していました。

 このカリキュラムのなかには「自分史」というものもあります。幼いときから現在までの自分の歴史を振り返り、グループ内で発表するのが大枠です。彼も自分の生い立ちを見つめ直すうちに、自分自身も幼い頃にグルーミングされ、最後には口腔性交や肛門性交にまで至る性被害にあったという事実にそこで初めて気づいたのです。

 自分が性加害者になり、刑務所に入って初めて過去の性被害に気づくとはなんとも因果な話です。しかし裏を返せば、FはR2プログラムを受講するまで、性被害にあったことを記憶の奥底に抑圧し、自覚しないまま過ごしていたのです。そういう意味では、いわばグルーミングが及ぼす洗脳状態が続いていたともいえます。

 被害者のこころに深い傷を負わせる性加害や性虐待は「魂の殺人」ともいわれますが、Fも幼い頃の性被害により自尊心が根こそぎ削られ、「自分は価値がない人間なんだ」と刷り込まれていたことがうかがえます。しかし人間は、自分がずっと支配される側でいることは望みません。

 もしも何かのきっかけで自分が支配できる存在、絶対に自分を脅かさない存在が現れたらどうでしょう。自分の支配欲を満たしたいと考えるのが、ある種、自然なこころの動きではないでしょうか。Fの場合、自分の支配欲の矛先は、「絶対に自分を脅かさない」という保証がある子どもたちに向いていたのです。

世間を震撼させたベビーシッターアプリ事件

 性被害者が小児性犯罪者になる例をもうひとつ紹介します。

 2020年5月、ベビーシッターのマッチングアプリを使って、シッターの男(仮にGとします)が子どもをグルーミングし、性加害に及んだとして逮捕される事件がありました。この事件が起きた翌月には、また別のシッターの男が同じく子どもへの強制わいせつ容疑で立て続けに逮捕されたこともあり、社会に衝撃が走りました。

 その後の裁判でGは、男児20人に性的暴行やわいせつ行為などをした罪に問われ、懲役20年の実刑判決が言い渡されました。この男が起訴された事件は、5〜11歳の男児に対する強制性交等罪が22件、強制わいせつ罪が14件、児童ポルノ禁止法違反の罪が20件の計56件にものぼります。私は専門家証人として彼の証人尋問に出廷しました。

 Gの犯した行為は、とても卑劣です。被害者であるひとりの男児は、Gに夜中の午前3時に起こされ、連れて行かれたトイレで被害にあったといいます。裁判では、被害男児による「深夜に目が覚めると、あれから数年がたったいまでも恐怖がよみがえる。僕のように事件にあった人が多くいると聞いて、本当に苦しい」という陳述書を代理人の弁護士が読み上げました。

 一方、Gの背景に目を向けると、実は彼には家庭内で虐待されていたという生い立ちがあります。

 判決に先立って被告人質問では、母親はアルコール依存症で、「お前なんて産まなければよかった」と言われて物を投げられたこと、小学校や中学校ではいじめにあい、万引きを強要され、トイレの個室で水をかけられたこと、さらに不登校になると父親からアザができるまで顔を殴られたことがGの口から明かされました。

母親のアルコール依存症、いじめ、不登校…不幸な生い立ちの男はなぜ性犯罪に手を染めたのか? 同問題を語る上で知っておくべき「負の連鎖」の正体〉へ続く

(斉藤 章佳/Webオリジナル(外部転載))