全体の8割が「おしっこ」に悩み

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 自分の「おしっこ」は正常なのか――。「1日の回数は?」「1回当たりの量は?」「かかる時間は?」。誰かと比べる機会もなければ、おいそれと他人に相談できる話でもない。そんな極めてプライベートな“尿の悩み”について、泌尿器科医の高橋悟氏が解説する。

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【写真を見る】「簡単トレーニング」のやり方とは

 皆さんは、自分がおしっこをするのにどれくらい時間がかかるかを知っていますか?

 10秒? 20秒? あるいは1分近く出続けているという方もおられるかもしれません。

 実は「おしっこを出すのにかかる時間」、すなわち「排尿時間」は本来、体重や身長にかかわらず、誰でもほぼ21秒間だといわれています。「誰でも」どころか、体重3キロ以上の哺乳類であれば飼い犬であれゾウであれ、みんな21秒程度で膀胱の中が空っぽになるのです。動物によって膀胱の大きさや尿の量は異なるのに、おしっこにかかる時間が変わらないというのはとても不思議ですよね。

全体の8割が「おしっこ」に悩み

 このことを明らかにした研究には「人を笑わせ、考えさせた」として、2015年に「イグノーベル賞」が贈られています。イグノーベル賞というと半ば冗談のように捉えられがちですが、おしっこに問題が生じる「排尿障害」を考える上で、この“21秒間”は非常に重要。おしっこを出し切るのにかかる時間がこれより極端に短かったり長かったりする人は、排尿機能に何か異常を抱えている可能性が高いのです。

1300万人が過活動膀胱

「排尿障害」と言えば大げさですが、おしっこに関する悩みを抱える人は意外に多いもの。日本排尿機能学会は昨年の5月から6月にかけて約20年ぶりとなる疫学調査を行いました。

 この調査では20代から90代の男女約6000人を対象にアンケートを実施。すると、約8割の方が尿に関して何らかのトラブルを抱えていたのです。

 そのうちの一つが「過活動膀胱」。いわゆる「頻尿」の原因となる病気です。

 私たちは通常、膀胱に尿が150〜200ミリリットル程度たまったところで尿意を感じ始め、約300ミリリットルで「トイレに行きたい!」という最大尿意に達します。しかし、過活動膀胱では少しの尿量で一気に最大尿意に達してしまう。膀胱に尿を十分にためられず、突然、激しい尿意に襲われる「尿意切迫感」を伴ってトイレに行く頻度が増えてしまうのです。

 先の調査の結果から推計すると、過活動膀胱の症状がある20歳以上の男女は人口の7〜8人に1人、実に1300万人に及びます。頻尿の原因は過活動膀胱だけではありませんから、「おしっこが近い」という悩みを持っている人はさらに多いでしょう。

大半の人が放置

 ところが、その大半の方はトイレの近さを「年のせい」「もともとの体質」と思い込み、まさか自分が病気だとは夢にも思わない。過活動膀胱などは治療法のある「病気」ですから、もし頻尿で生活に支障を来しているのなら、放っておくのはもったいないことです。

 そもそも頻尿には「昼の頻尿」と「夜の頻尿」があり、昼の頻尿は「朝起きてから夜寝るまでの排尿回数が8回以上」、夜の頻尿は「就寝後、1回以上トイレに起きる状態」と定義されます。ただ、頻尿は命に関わる病気ではない、いわゆる「QOL疾患」ですから、たとえば日中の排尿回数が8回以上でも生活に支障を感じていなければ気にする必要はありません。

まずはセルフケア

 一方、いくらQOL疾患といっても、生活に支障を来すレベルの頻尿はなかなか厄介。とくに高齢者の場合、トイレを気にして外出がおっくうになり、有意義な老後はおろか、引きこもりがちになって、フレイルや寝たきりにつながってしまうことも珍しくありません。

 さりとて、おしっこの悩みは他人に相談しづらいし、泌尿器科というのもなんだかハードルが高い。そんな人は、まずは2〜3カ月、これから紹介する“セルフケア”を試してみてはいかがでしょうか。

 セルフケアなんて気休めだと思う人もいるかもしれませんが、泌尿器科でも頻尿の1次療法は行動療法で、薬物による治療はあくまで2次療法。頻尿の治療には生活習慣の見直しやある種のトレーニングが非常に重要です。もし2〜3カ月続けても症状が改善しないようであれば、前立腺肥大症や、場合によっては膀胱がんなど別の病気が隠れている可能性もありますから、そのときはお近くの泌尿器科を受診してみてください。

尿量などをつぶさに記録

 セルフケアの第一歩は「排尿日誌」です。排尿日誌とは、その日のおしっこの時刻や量、水分の摂取量などを記入するもの。これによって1日の排尿回数や1回の尿量などが把握でき、尿トラブルの原因がかなり正確に分かります。

 用意するのは、メモ用紙とペン、それから尿を計量するためのカップのみ。カップは500ミリリットル程度の容量がある使い古しの計量カップでもいいですし、ピクニックで使うような透明カップに50ミリリットルごとに目盛りをつけて使ってもかまいません。そうしておしっこのたびに尿をカップに取って量を計測するのです。起床直後の尿からつけ始め、就寝中もトイレに起きる人は、その際の尿量も記録しておきましょう。

 また、尿漏れや尿失禁のある人は「いつ」「どのような状況で」それが起こったのかも書き留めておきます。一口に尿漏れと言っても、実はさまざまな種類があり、それが起こったタイミングや状況を記しておけば、自分の尿漏れがどのタイプかを簡単に診断できるのです。

頻尿の原因は主に二つ

 例えば、物を持ったときや、咳やクシャミの瞬間、笑ったときなど、お腹に力が加わった際に起こる尿漏れなら「腹圧性尿失禁」。尿意切迫感があり、トイレに間に合わず漏れてしまうなら「切迫性尿失禁」が疑われます。切迫性尿失禁は腹圧性尿失禁と違い、漏れる量が多いのが特徴です。

 それから、尿意がないのに漏れる、または尿意はあるのに出せないけれど下着にチョロチョロと尿漏れするのであれば「溢流(いつりゅう)性尿失禁」の可能性が。また、男性には、排尿後すぐにジワジワと下着の中で漏れる「排尿後尿滴下」という症状もあります。

 話を頻尿に戻しましょう。

 膀胱炎や膀胱がん、尿管結石などの疾患がない場合、頻尿の原因は主に尿量が多過ぎる「多尿」と、尿の容れ物である膀胱に問題がある「蓄尿障害」とに分けられます。

 過活動膀胱は蓄尿障害の代表です。もし1回当たりの尿量が100〜150ミリリットルしかなく、おしっこの際に尿意切迫感を覚えるならば、過活動膀胱の可能性が高い。一方、1回当たりの尿量が300〜400ミリリットルあるのにトイレが近い方は多尿が疑われます。

一筋縄でいかない「夜間多尿」

 多尿の原因はズバリ水分の取り過ぎです。夏場の熱中症対策などで余計に水分を摂取している人は、当然、尿量が増えて頻尿になります。このタイプの頻尿は水分摂取量を適正量に戻すだけで改善することが多い。

 持病のため医師の指示がある場合を除いて、一般的に飲料水による適正な水分摂取量は1日1000〜1500ミリリットル。排尿日誌に水分摂取量も逐一書き込んで、取り過ぎている人は適正量に戻してみましょう。また、紅茶やコーヒーに含まれるカフェインには利尿作用があるため、そのような飲み物は避けるようにします。多尿が原因の頻尿は、これだけで症状が改善してしまうこともあります。

 一筋縄ではいかないのは、「夜間多尿」と呼ばれる、夜だけ尿量が多くなる症状です。さきほど昼の頻尿と夜の頻尿の話をしましたが、高齢者の中には「昼間はそうでもないのに夜だけ頻尿になる」という方も多い。

「就寝中のトイレの尿量」と「翌朝一番のトイレの尿量」を足したものが、1日全体の尿量の3分の1を超えるようなら夜間多尿ですから、排尿日誌をつければ夜間多尿かどうかは簡単に分かる。ただ、その原因はさまざまで、夕方以降の水分の取り過ぎだけでなく、夜中のおしっこを抑制する「抗利尿ホルモン」の加齢に伴う減少、それから、糖尿病や高血圧が原因になっていることもあります。

「ふくらはぎのむくみ」に注目

 さらに、夜間多尿の原因で近年注目されているのが「ふくらはぎのむくみ」です。日中、尿として排出されるべき水分が筋力不足などで下半身にたまって「むくみ」になり、これが就寝中に体が水平になることで膀胱に送られ、夜間の尿量が増えるというわけです。

 この場合、両足をクッションの上に置いて15分ほど横になる「足上げ寝」や、夕方のウォーキング、夕食後にふくらはぎを下から上へ向かって軽く圧迫するマッサージなどで、症状を改善することができます。

おならを我慢する感覚

 さて、続いては多尿と並ぶ頻尿のもう一つの原因である蓄尿障害、とりわけ過活動膀胱の対策についてお話ししましょう。過活動膀胱は往々にして膀胱の周囲にある「骨盤底筋群」という筋肉の緩みが原因になっていることが多い。そのため「骨盤底筋トレーニング」によって骨盤底筋を鍛え直すことが重要です。

 骨盤底筋群は、男女ともに骨盤の底にあり、膀胱や直腸、子宮などの骨盤内にある臓器を下から支える役割をしています。骨盤底筋が緩むと膀胱や尿道が正しい位置から下がってしまい、尿道をうまく閉じることができなくなるため、排尿コントロールがうまくいかなくなるのです。

 骨盤底筋トレーニングは、筋肉が動いている実感がつかみづらく、初めのうちは難しいと感じるかもしれませんが、慣れてしまえば簡単。一言で言えば、おならを我慢するときに肛門をキュッと締める“あの動き”。あるいは、おしっこをしている最中に、キュッとおしっこを止める“あの動き”。それを繰り返すのです。

 手順は、上図のような基本姿勢で、

(1)おならを我慢するように肛門を締め、そのまま女性は膣と尿道を、男性は陰茎の付け根を締めて頭側に引き上げるような感覚を10秒間キープする。

(2)さらに強い力で、1〜2秒間短く締める。

 これを1セットあたり10回程度繰り返すだけ。休憩をはさみながら1日6セットほど行います。このトレーニングを2〜3カ月続ければ、筋肉が太くなってきて効果が表れるはずです。

やらない理由を見つける方が難しい

 骨盤底筋トレーニングは動きも地味ですし、見た目の成果にも乏しいため、継続のモチベーションが湧きづらいかもしれません。でも、この運動は泌尿器科のガイドラインで「推奨グレードA」に分類されるれっきとした治療法であり、効果があることはあまたの研究でも実証されています。

 しかも、過活動膀胱だけでなく、腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁、排尿後尿滴下といった“尿漏れ”にも有効。さらには女性の膣圧を高めたり、男性の射精力を向上させたりする効果まであるのです。それでいて、トレーニングによる弊害はほとんどありませんから、やらない理由を見つけるほうが難しい。とにかく、おすすめのトレーニングです。

ちょっとの油断で……

 骨盤底筋トレーニングが板についてきたら、今度は「膀胱訓練」も行ってみましょう。膀胱訓練とは、骨盤底筋トレーニングで鍛えた尿道括約筋を締めることで、尿意切迫感につながらないように尿意を和らげる練習のこと。まともに説明するとこんなふうに小難しくなってしまいますが、要は「おしっこ我慢体操」です。

 膀胱と尿道は協調運動をしていて、尿道括約筋が緩んで尿道におしっこが落ちると、それが電気信号になって膀胱が収縮。勢いよくおしっこが排出されます。

 もっと分かりやすく言えば、「おしっこが出そう、出そう」というときに、ちょっと油断して一滴だけチョロッと漏れると、それを呼び水に「もうダメだ」と全部出てしまうことがありますよね。これが膀胱と尿道の協調運動の最たる例です。

 膀胱訓練は、尿意を感じたときにあえて“キュッ”とおしっこを我慢して、トイレに行く時間を1分、5分、10分、と少しずつ先送りにするだけ。そうすることで、尿が十分にたまっていないのに膀胱が収縮するのを防ぎ、膀胱の容量を大きくできるのです。骨盤底筋トレーニングが基礎練習なら、膀胱訓練は実戦練習といったところでしょうか。

気軽に泌尿器科に

 ここまで、排尿日誌、摂取水分のコントロール、むくみの解消、骨盤底筋トレーニング、膀胱訓練と、さまざまなセルフケアをご紹介してきました。中には、骨盤底筋トレーニングのように方法が分かりにくいものもありますから、詳しく知りたい方は、気軽に泌尿器科で尋ねてみてください。

 泌尿器科といえば男性が行くところというイメージが依然強いかもしれませんが、最近は、女性に向けて、女性のナースが骨盤底筋トレーニングの方法を教えてくれるような病院もあります。また、良い薬もできていますから、薬物療法でうまくいくケースもある。

 一人でも多くの方が、おしっこの悩みを諦めることなく、充実した日常を送れることを願っています。

高橋 悟(たかはしさとる)
日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。1961年生まれ。群馬大学医学部を卒業後、東京大学医学部助教授などを経て現職。悪性腫瘍から排尿障害、尿失禁まで、泌尿器に関わるあらゆる疾患を研究、診察する。天皇陛下(現上皇陛下)が入院された際の担当医師団や日本大学医学部附属板橋病院病院長も歴任。

「週刊新潮」2024年10月17日号 掲載