Rolling Stone Japanでは一昨年、エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)のインタビューを二度行なっている。イギリスの黒人文化らの影響や彼らの音楽に宿るダンスの文脈などを丁寧に聞いてきた。その中でもリーダーで、ドラマーのフェミ・コレオソが語っていた「UKジャズはダンス・ミュージック」という話は特に記憶に残っている。ジャズをダンスミュージックとして機能させることにここまでこだわり、そこにここまで誇りを持っているジャズ・ミュージシャンを僕は他に知らない。

そんなエズラ・コレクティヴは去年、マーキュリー・プライズを獲得した。UKのジャズ・ミュージシャンがようやくこの賞を受賞したことで、シーンはまた一歩先に進んだような気がする。

受賞後、エズラ・コレクティヴはすぐに新作の制作に取り掛かり、『Dance, No One's Watching』を完成させた。UK独自の文脈にこだわる彼らは、アフロビートやパームワイン・ミュージックなど、自身のルーツを取り入れる彼らならではのやり方で、ダンスミュージックに真正面から取り組んだ。「ダンス」をテーマにしたコンセプトアルバムとして、アルバム単位でひとつの物語を描きながら、バンドとしてのさらなる成長も見せている。

いまや「UKジャズ」というよりイギリスを代表するバンドとなった彼らが、その実力をいかんなく発揮した新作は、いろんな意図や文脈が張り巡らされており、そのあたりも掘り下げながら聴くと発見がありそうだ。フェミ・コレオソにじっくりと話を聞いた。


フェミ・コレオソ(Photo by Noah Manyumbu)

日本でのライブから受けた刺激

―まずは『Dance, No One's Watching』のコンセプトを教えてください。

フェミ:すべてはダンスフロアと人生の記録。実は、昨年の東京でのライブが今作にすごく影響を与えているんだ。驚いたのは、日本のみんなが僕らの音楽でめちゃくちゃ踊っていたこと。それも、初めから終わりまでずっとね。そんな光景を目の当たりにしたものだから。

エズラ・コレクティヴ最高すぎたな。今年観たライブでも断トツ一番の盛り上がり。超満員のリキッドルームに夢みたいな光景が広がってた。

インストなのにコール&レスポンスが巻き起こり、フロアに飛び込んでガンガン踊らせる。日本にUKジャズが広まるうえでも決定的な一夜だった。#EzraCollective pic.twitter.com/W2n56EYgdA
- 小熊俊哉 (@kitikuma3) November 28, 2023

―僕もビルボードライブとリキッドルームの両方にいましたけど、あの盛り上がりには驚きました。

フェミ:うまく説明できないけど、その時なんともすばらしい気持ちになって、それからすぐに曲を書き始めた。翌日大阪に着いて早速とりかかったから、当初のドラフトで「What It Became」と名付けてた曲を「Osaka」って書きかえたんだ。とにかく、すごく影響を受けた。日本って人前で踊るのをためらう風潮があるらしいんだけど「周りの奴の目なんて構うな、誰も見てやしない。ただ踊ればいい」――このことを心の片隅にでもおいてほしいね。その他にも、渋谷に買い物をしに行った時、服屋の壁にマーヴィン・ゲイのアルバムのカバーの巨大なペインティングがあって。それを見た瞬間、今作のアートワークのアイディアを思いついたんだ。



―たしかに、ジャケはマーヴィン・ゲイ『I Want You』っぽいですよね。しかし、まさか日本の観客がそこまで影響を与えていたとは。

フェミ:今回のアルバムでは具体的な感情を描こうとして、それには日本がぴったりな場所だった。日本って電車は時刻通りに動いてるし、みんながきちんと横断歩道を渡る。どの店もきれいだし、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てる。ロンドン人として、ナイジェリア人として信じられないことばかりだ。でも、そんな社会だからこそ、みんなは周りの目をすごく気にしている。恥をかきたくないとか、おかしい奴って思われたくないとか。唯一、その緊張が解けるのが酒の場で、もちろんそれは楽しい時間だと思う反面、その自制心の解放を酒に頼らずにできるなら、もっとすばらしいとも思うんだ。エズラ・コレクティヴのライブで、僕らはその開放の役目を担えたと思ってる。それが今作を通して伝えたかったこと。だから、ライブでは僕の話をちゃんと理解してほしくて通訳をしてもらったんだ。

―そうそう、観客をステージにあげて翻訳してもらっていましたよね。ところでその日本で書いた曲はどこに収録されているんですか?

フェミ:ちょっと待って調べるね……ああ、そうだ! ごめん、「Osaka」は次のアルバムに収録されるんだった。もうレコーディングは終えたんだけどさ、いい曲だから楽しみにしていて。日本にいる間にたくさん作った曲だからね。



―本作では「ダンス」がひとつのテーマになっています。ここであなたたちは「ダンス」にどんな意味を持たせたかったのでしょう?

フェミ:僕らにとってダンスは人生。生きる糧。「自由に生きろ。誰も見てやしない」とも読み替えられる。これは音楽だけにとどまらない、人生そのものも包括したメッセージなんだ。僕はダンスミュージックというジャンル用語が好きじゃない。だって、西洋の電子音楽だけがダンスミュージックじゃないから。アフロビート、レゲエ、サルサ、ジャズ……そのすべてがダンスミュージック。僕らにとって、ダンスと人生は同等の意味を持つ言葉だ。

―では、その「ダンス」が行われる「ダンスフロア」について、このアルバムではどんな場所を想定していますか?

フェミ:教会、東京、グラストンベリーのダンスフロア。僕がいた葬式場のダンスフロア……ありとあらゆる場所。すべて人生に起こりうる様々なシーンを元にした曲だから、サウンドのテイストは一曲ずつ違う。


courtesy of Ezra Collective

―『Dance, No One's Watching』のリリースに際して、ジャーナリストのEmma Warren氏と共にZINEを作ったとの情報を見ました。彼女はダンス・カルチャーの研究者ですよね。彼女と組んだ理由を聞かせてください。

フェミ:ある日、マネージャーにダンスにまつわるアルバムを制作してるって話したら、彼女がエマの本『Dance Your Way Home』をプレゼントしてくれた。ぱっと目を通したときに「これはいいアイディアだ!」と思った。この本はツアー中もずっと持ち歩いていた。ダンスについての本はたくさん読んだし、関連する映画もよく観た。踊ることについて、ダンスのカルチャーについてちゃんと知ろうと思ったんだ。

映画だと有名な『ステップ・アップ』や『ダーティ・ダンシング』を観た。あと、なんだっけね、うーん、ド忘れした……ああ! スパイ映画だ。スパイ映画なんだけど、バレエの要素が入ってるんだ。名前が思い出せない。そんな感じでダンスとは一見関係のないコンテクストやシナリオ上で、ダンスがどう描かれるのかに僕は興味があった。

あとはミュージックビデオ。大抵はダンスが中心だからね。影響を受けたのはカニエ・ウェストの「Fade」。エズラ・コレクティヴの「The Traveller」とカニエ・ウエストの「Fade」はミスター・フィンガーズ(ラリー・ハード)の同じ曲(「Mystery of Love」)をサンプリングしてるんだ。そのMVではテヤナ・テイラーが踊っている。誰も見てない中、彼女が一人踊っている姿がすごくいいんだ。

―ハウスをサンプリングすることでもダンス・カルチャーを表現していると。Emma Warren氏の本を読んで、アルバムのインスピレーションになった部分を教えてください。

フェミ:一番は「ダンス」がいかに巨大な言葉かということ。アイリッシュダンス、サルサ、トゥワーク、それにダブルダッチ……ダンスの解釈は人それぞれ。彼女は本の中でいろんなタイプのダンスやスペースを取り上げている。ダンスのコンセプトはすごく広くて、そのことが今作のインスピレーションになってるよ。

―僕も読みましたが、あの本の冒頭にはセオ・パリッシュの言葉が引用されています。「ダンスがもたらすのは連帯感(Solidarity)」と。この考え方はエズラ・コレクティヴの音楽における「ダンス」と繋がるものなのではないかと思ったのですが、どうですか?

フェミ:そのとおり。誰かと一緒に踊る時に争いは起きたりしない。踊りはいろんな垣根を越える。そう言うとヒッピーっぽくて耳触りのいい言葉に聞こえるかもしれないけど、これは嘘じゃない。踊っているといろんな違いが気にならなくなる。唯一共有することといえば、僕らは同じ音楽を好きだということ。ダンスフロアでは金持ちと貧乏、男と女、若者と年寄りじゃない。一人のダンサーとダンサーがそこにいる。それがダンスのパワーで、それを僕は連帯感(Solidarity)と呼ぶ。僕はナイジェリア人、ロンドンに住んでいるブラックだ。でも東京でライブをしたとき、僕らはあのダンスフロアで(日本の観客たちと)すべてを共有していた。ダンスは連帯感を生みだす。そういう場所が増えると暴力は減っていくと思うんだ。

アルバムと曲の繋がり、過去作や先人たちとの繋がり

―本作ではインタールードのような曲がいくつもあり、全体が繋がっています。そのこととアルバムのコンセプトやダンスに対する考え方は関係がありますか?

フェミ:ああ、それはあえてやったんだ。最近は昔みたいに始めから終わりまで通しでアルバムを聴くようなことはしないから、そういった構成にするのは勇気が必要だった。だけど、始まりがあって終わりがあるーーその過程を描くことは僕らにとってすごく大事なことでもあった。これはシングルの寄せ集めじゃなくてアルバムなんだ。

このアルバムでは、ダンスフロアの物語を語っている。インタールードは物語のナレーションのようなもの。ダンスフロアって旅に似ているんだよ。ライブにやってきた君は、知らない人たちの空間に少し緊張して不安を抱く。でも、曲が始まるとその緊張は少しずつ解れていく。次の曲で君は楽しくなって、周りのムードに身を任せはじめる。最高の夜を経験した君は帰路につく……そういったことをアルバムという形で表現したいと思ったんだ。

―全体を通して曲がスムーズに繋がっていることから僕は「DJの一夜のプレイ」を思い浮かべました。このようなアルバムの作り方について、インスピレーションになったDJやクラブはありますか?

フェミ:ああ、もちろん! サウンドシステム「Channel One」のマイキー・ドレッドからはすごくインスピレーションを受けた。それからジャー・シャカ。彼はすばらしいDJだ。すばらしいDJって自然と踊らせるんだよ。あと、ジャイルス・ピーターソン。何がすごいって、彼はニーナ・シモンをかけた後にケンドリック・ラマーを持ってきたんだ。だけどみんな踊り続けていた……あれには驚いたな。ベンジー・Bやクエストラヴもお気に入り。彼らはサンバやファンク、サルサといったジャンルじゃなく、「音楽そのもの」をプレイできるDJ。ダンスや音楽の捉え方を再認識させてくれるよね。

―紆余曲折の物語がありながらも、アルバム全体がすごく綺麗に繋がりを持って作られていると感じました。一曲一曲を並べたというよりは全体を考えて作られたと思いますが、どういったプロセスでこのアルバムは作られたんでしょうか?

フェミ:うん……いうなら、すべての曲は材料。ライス、チキン、にんじん、胡椒……その材料を調理することが、僕らにとってアルバムを作るということ。そうだな……じゃあ、日本料理を例にとってみよう。

―(笑)。

フェミ:僕はラーメンも寿司も大好きだけど、だからといって寿司をラーメンに入れたりしない。それと同じことで、材料を持ってさえいれば寿司にもラーメンにも応用できるし、とっておきのスペシャルな料理を生み出すことだってできる。一つ一つの曲は材料で、一つの料理、つまりアルバムというまとまりになってようやく魔法が宿る。だから、曲の順番を決めるのにはかなり時間をかけたし、この曲の次はこういう曲がくるべきだと思ったら、一旦空白にしておいて、当てはまる曲を後から作ったりもしてた。……そうだ、思い出した。「Ajala」と「The Traveller」のパートではDJみたいな感じを出したかったんだ。DJがムードの流れを操っていく、そのタイミングを楽しむように。イントロがあってエンディングがある。そこでは新たな旅へと進んでいくようなものにしたかった。


courtesy of Ezra Collective

―個々の曲について聞かせてください。「Intro」ではサン・ラの「Love in Outer Space」が聴こえるんですが……。

フェミ:『スター・ウォーズ』は観たことある?

―もちろん。

フェミ:『スター・ウォーズ』ってエンディングが次作の冒頭に繋がっているよね。それと同じように、『Chapter 7』のエンディングの「Colonial Mentality」は『Juan Pablo: The Philosopher』のイントロ。『Juan Pablo: The Philosopher』の終わりの「Space is the Place」は『You Can't Steal My Joy』のイントロ。『You Can't Steal My Joy』のエンディングの「Shakara」は『Where I'm Meant to Be』の頭の曲「Life Goes On」にサンプリングされていて、エンディングの「Love in Outer Space」が『Dance, No One's Watching』のイントロにきている。

―そんなふうに過去のアルバムを遡れる仕掛けがあったんですか。その構想は当初から考えていたんですか?

フェミ:ああ、作品には繋がりを持たせたいと思ってた。作品は人生そのものだから、むしろ繋がっているのは自然なこと。ちなみにいつも、レコードの始まりと終わりはカバー曲にしてるんだ。それは、僕らは先人たちの音楽を再解釈してきたバンドだから。このアルバムを締めくくる「Everybody」は、ナイジェリアのバプテスト教会の曲をアレンジしたもの。そうやって僕らの作品は繋がり続けている。エズラ・コレクティヴのレコードが10、20、50、100……と増えていって、それら全部で一つのレコードになるんだ! それが僕らの夢だね。

―今、思い出したんですけど、2018年のシングル「Samuel L Riddim」「Dark Side Riddim」のジャケットは、メンバーが『スター・ウォーズ』のコスプレをしているイラストでしたよね。そういうヒントもあったわけですか。

フェミ:ああ。あれはまたすぐにやらなきゃね。

君はダンスフロアで自由に表現できる

―「No One's Watching Me」の歌詞はアルバムのコンセプトと繋がっていますよね。その繋がりについて聞かせてください。

フェミ:それは「今を生きろ」というメッセージ。周りの目を気にせず、自分の今を生きていくということ。それはダンスフロアに限らない、人生においてもそう。周囲の目を気にすることっていろんな機会を奪うんだ。幼い頃、僕はほんとうはナイジェリアの言語のヨルバ語を学びたかった。だけど、周りにどう思われるか怖くて言えずじまいになってしまった。結局、僕はヨルバ語を話せないんだ。一時の不安が、一生を共にすることさえできた言語との機会を奪ってしまった。だから、もしそういう気持ちを抱いたなら、周囲の目なんか気にせずにやればいい。間違える自由は存分にある。間違えてやり直すことだって楽しい。それが「No One's Watching Me」のすべて。もし君が何かを始めようとしていて、うまくいかなかったらどうしよう、やっぱりやめようかなって思っているとしたら、僕はこう言うよ。「誰も見てやしないんだ。少なくともトライしてみなよ」ってね。

―2曲目の「The Herald」はハイライフのようなサウンドです。この曲名を付けた理由は?

フェミ:「ヘラルド(Herald)」には「喜びをもたらす者」っていう意味がある。僕らはその意味をもってこのアルバムをスタートしたかった。ダンスフロアは喜びをもたらしてくれる場所だから。この曲はアグレッシブで騒がしくて、まさにぴったりのタイトルだと思う。

―では「God Gave Me Feet For Dancing」はどうですか?

フェミ:それはアニー・マックのポッドキャスト「Changes」で彼女と話した時のこと。僕はこんなことを言ったんだ。「僕は神さまが食べるためだけに指を与えたとは思えない。きっとピアノを弾くためでもあるんだ。食べ物を味わうためだけに唇をこんな形にしたとは思えない。きっとトランペットを吹くためでもある。狩りでかけ回るために足を与えたとは思えない。きっとダンスをするためでもある」ってね。つまり、僕らはみんなダンサーなんだよ。どこで生まれて、何者で、どんな過去を背負ってきたとしても、僕らはみんな踊ることができる。それがこの曲に込められているメッセージ。歌詞にある”Give me bassline…God gave me feet for dancing” がすべてを語ってるよ。

―その「God Gave Me Feet For Dancing」のビデオでは男女が様々な場所で踊っています。前作収録の「Victory Dance」「Life Goes On」のビデオもダンスでしたが、ダンスが表現しているものは異なるんじゃないかなと。

フェミ:自然にああなっていったんだ。表現したかったのは、喜びに満ち溢れたダンス。ダンスで怒りを表現することもできるけど、僕はただ楽しんでほしかった。難しすぎるテクニックもいらない。体が弾むような軽やかな楽しみ、それがうまく伝わるビデオになったと思う。

―たしかにダンスの在り方が自由ですね。僕はダンスがコミュニケーションの手段になっているところに意味があると感じたんですが、そこはどうですか?

フェミ:さっき話したことと同じで、それは連帯感を表現している。(MVに出てくる)あの二人はあの夜ケンカしたりしないだろう。二人の人生、旅の始まり、ダンスフロア……そういったことが詰まってる。それから、いろんな場所で踊っているのは、どんな場所でもダンスフロアになりうるってことを示したかったから。人生そのものがダンスフロアなんだ。

―次は「Ajala」です。ライブ録音された音源から始まって、観客の手拍子も曲に一部になっています。このような作りにした理由は?

フェミ:友人や家族、数百人が部屋に集まって僕らの演奏を観ている状況で録音したんだ。ダンスについての曲を作ってるんだし、僕らの演奏に合わせてみんなが踊ってくれることでリアルを感じられるから。あの曲の冒頭で「手拍子してくれると思ったのに。ほら! もう一回!」って僕が言ってるだろ? あれは録音した時のそのままの音源なんだ。それを入れたほうがリアルだと思ったから敢えて消さなかった。完璧なダンスなんてものは存在しなくて、不完全さがダンスフロアを輝かせる。あの曲もそう。目を閉じて聴いてみたら、僕らと同じダンスフロアにいるかのような、そんな気持ちになれるはずだから。

―「Hear My Cry」は日本でのライブでもやっていた曲で、めちゃくちゃ盛り上がっていたのを覚えています。この曲名の理由は?

フェミ:聖書に「困難で心が打ちのめされそうな時、私より大きくて高くて偉大なものに導いてもらえる」という一節がある。つまり、心配はいらないということ。それがこの曲で伝えたいことなんだ。

―「Expensive」はフェラ・クティのカバーですが、原曲の名前は「Expensive Shit」です。この曲を選んだ理由と、曲名から”Shit”を省いた理由を聞かせてください。

フェミ:フェラ・クティの音楽は僕らが表現したいこととシンクロしていると思った。その中でも、僕は音楽と歌詞のカバーと、音楽だけをカバーすることに違いをつけたかった。「Expensive」にしたのは、自分自身を価値のある存在だと感じられた時の、その感情を込めたかったから。誰も君を見ていなくたって、君は存在するに値する。それを感じられてやっと、君はダンスフロアで自由に表現できる。

―そして、終盤の「Have Patience」は美しいピアノソロです。この曲名に”Patience(忍耐)”が必要だった理由は?

フェミ:人生は忍耐の連続で、たとえ踊りたいと思う瞬間が訪れても、どうにも自信が湧いてこない時がある。耐えることって、明日はきっといい日だって信じることだと思うんだ。それに、これはダンスにまつわるアルバムだけど、みんなを圧倒してかき乱したいわけじゃない。深呼吸ができるような、そんな要素を含んだレコードにしたかったんだ。

アーセナルへの愛情と「Black History」

エズラ・コレクティヴはここ数年の活躍で、UKにおけるブラックカルチャーのアイコンとなり、音楽以外にも様々なフィールドで存在感を発揮している。そのひとつがフットボール(サッカー)。コレオソ兄弟は筋金入りのグーナー(アーセナルのファン)であり、最新作でも「Shaking Body」のイントロに同クラブのレジェンド、イアン・ライトのボイスメッセージが使われている。バンドへの理解をさらに深めるべく、アーセナルについても話を聞いた。

―SNSでもたびたびアーセナルの話をしていますが、のめり込んだきっかけは?

フェミ:まあ他に選択肢がないというか。まず、親がアーセナルのサポーターだったから、ロンドン、ナイジェリアのアイデンティティを形成していくのと同じように、自然と僕の一部になった。10代の頃よりも歳を重ねた今の方が熱心なサポーターになっていると思う。それは音楽がメインになっている生活環境で、音楽と距離をおきたい時の一番の場所になっているからかもしれない。試合を観戦するのも、自分でプレイするのも、マーチを買うのも、テレビで観るのも全部好き。つまりアーセナルの大ファンだってこと。

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アーセナルのユニフォームを着た6歳のフェミ・コレオソ

―アーセナルの存在は、自分が作る音楽に影響を与えていると思いますか?

フェミ:エミレーツ・スタジアム(アーセナルのホーム・スタジアム)のピッチやスタンドではダイバーシティに富んだ光景を目にする。それはまさにロンドンを象徴していて、僕はそのロンドンという場所からすごく影響を受けている。ロンドンに生きる人たちのことを音楽に反映していて、そういう意味でいえば、アーセナルってロンドンを感じるのにふさわしい場所なのかもしれないね。それに、アーセナルがゴールを決めた時のヴィクトリーダンス! あの時の気持ちをどうにか音楽で表現したいって思ってるんだ。音楽には僕の生活、人生が描かれている。だからフットボールも切り離せない。何らかの形で繋がってると思うよ。

―以前、Black History Monthでアーセナルについてのインタビューを受けていましたよね。アーセナルは、アフリカ系のプレイヤーを積極的に獲得していた印象があります。最近では『Black Arsenal』という本も出版されたほどで、あなたはそこにも出ています。アーセナルにおける「Black History」の部分も、アーセナルに惹かれた理由の一つと言えそうですか?

フェミ:そうだね。僕が生まれる以前からブラックの人々はアーセナルに惹かれてきた。70年代のブラックの選手の活躍、それにポール・デイヴィス(80〜90年代の16年間、アーセナルを支えた)。アーセナルは輝かしい歴史を築いてきた。そういったカルチャーや歴史があるからこそ、僕の家族はアーセナルをサポートしてきたわけで、その点に僕も共感しているんだ。そのファンベースを受け継いでいるっていえばいいかな。

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『Black Arsenal』のパネルディスカッションに登壇した時の写真

―「Black History」といえば今年、大英図書館で『Beyond the Bassline: 500 Years of Black British Music』というエキシビションが開催され、オープニングイベントでエズラ・コレクティヴが演奏していました。あなたも『Beyond the Bassline』をご覧になったと思いますが、その感想も聞かせてください。

フェミ:エズラ・コレクティヴとしてあの場で演奏できて光栄だった。展示自体は、まあまあだったかな。何でもそうだけど、自分が好きなものとかパッションを持ってるものを見たいって思うからね。そういう意味では、僕はUKインストゥルメンタルミュージックが他のジャンルと同等のボリューム感で展示されていたかというと、そうは思わなかった。UKジャズの歴史が展示自体から抜け落ちていた印象を少し持ったんだ。ただ、UKミュージックのサウンドに大きく影響を与えたウィンドラッシュ世代の記録を見られたのはよかった。僕の近年の音楽はその影響が大きいから。あとはグライム、ジャングル、ドラムンベースのアーカイヴもよかった。あのアイコニックな大英図書館で注目を集めている展示に参加できたのは、すごく光栄なことだったよ。


エズラ・コレクティヴ
『Dance, No One's Watching』
発売中
日本盤ボーナス・トラック5曲収録
詳細:https://bignothing.net/ezracollective.html