腸チフス

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監修医師:
岡本 彩那(淀川キリスト教病院)

兵庫医科大学医学部医学科卒業後、沖縄県浦添総合病院にて2年間研修 / 兵庫医科大学救命センターで3年半三次救命に従事、近大病院消化器内科にて勤務 /その後、現在は淀川キリスト教病院消化器内科に勤務 / 専門は消化器内科胆膵分野

腸チフスの概要

腸チフスは、チフス菌(Salmonella enterica subsp. entericaserovar Typhi)という細菌が原因で発症する感染症です。主に汚染された食べ物や水などを摂取することで感染し、発展途上国など衛生環境が十分でない地域で多く見られる病気です。日本では現在(2024年時点)、感染症法における3類感染症に位置づけられています。

世界で年間、約2690万人が感染していると推定されており、特に南アジアや東南アジア、中央・南アメリカ、アフリカでの感染者が多くみられます。なかでも、南アジアで好発しており、日本においては毎年20~30人程度の感染が報告されています。このうち70~90%程度は海外渡航時に感染した輸入感染であるといわれています。南アジアのような発症リスクが高い地域に渡航する際には、十分な注意が必要です。
(出典:NID国立感染症研究所「腸チフス・パラチフスとは」)

腸チフスは、最大3~60日の潜伏期間(通常は7~14日)を経て高熱や倦怠感、頭痛、腹痛、下痢や便秘などの消化器症状があらわれます。初期の症状はインフルエンザに似ていますが、放置すると重症化し、命に関わることもあります。実際に、腸チフス患者のうちおよそ1%程度が死亡しています。
(出典:厚生労働省検疫所 FORTH「腸チフス(ファクトシート)」)

腸チフスの原因

腸チフスは、チフス菌への感染が原因で引き起こされます。チフス菌は、汚染された飲料水や食べ物を介して体内に入り、腸に感染します。

感染の原因として挙げられるのは、不衛生な水源の利用や汚染された食材の摂取です。生の野菜や果物、調理が不十分な食物から感染することが多く、感染者の排泄物に含まれるチフス菌が、手指や食器などを通じて広がることもあります。

また、感染者が適切な衛生管理を行わずに食事の準備をした場合や、便などによって人から人に感染する場合もあります。

腸チフスの前兆や初期症状について

腸チフスは、風邪やインフルエンザに似た体調不良から始まります。具体的には、発熱や倦怠感、全身のだるさ、頭痛、筋肉痛に加えて、食欲不振や下痢などの消化器症状が挙げられます。
その他、腸チフスの典型的な症状として、比較的徐脈、バラ疹(淡い赤色の発疹が胸や腹部にあらわれる)、脾腫(脾臓が腫れた状態)の3つが挙げられます。ただし、これらの兆候は必ずしもすべてが出現するとは限りません。

症状が重篤化すると、高熱や消化器症状の持続および悪化だけでなく、意識障害や腸出血、腸穿孔が生じる場合があります。

腸チフスの検査・診断

腸チフスでは、患者の症状や感染の可能性がある地域への過去2ヵ月以内の渡航歴、飲食の状況を確認します。腸チフスが疑われる場合は、正確な診断を下すために、細菌培養検査でチフス菌を同定することが必要です。

細菌培養検査は患者の体液や組織サンプルを増殖させることで、感染の原因となる細菌を特定する検査方法です。主に血液、便、尿などを採取した後、細菌を培養することでチフス菌を同定します。

最も一般的な方法は血液培養であり、発熱症状がある場合に実施すると検出率が比較的高めです。発症から一定期間が経過している場合は、便や尿からの細菌培養が行われますが、血液培養に比べて検出率は低いです。また、他の方法での検出が難しい場合、骨髄培養を行うこともあります。

ただし、培養検査自体それほど検出率は高くないため、腸チフスが疑われるケースでは培養検査を繰り返して行います。

腸チフスの治療

腸チフスでは、抗菌薬による治療が主となります。 以前は、ニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として使用されてきましたが、この薬が効かない耐性菌が出現、増加してきており、特に南アジアからの帰国者では、ニューキノロンへの耐性菌の割合が多くなってきたため避けるようになりました。

このような状況を受けて、現在では第三世代セファロスポリン系抗菌薬やアジスロマイシンが治療に使われるようになっていますが、日本では保険適用とされていません。さらに近年は、第三世代セファロスポリン系抗菌薬やアジスロマイシンに対しての耐性菌が確認されたことも報告されており、治療が難しくなっていくことが考えられています。

抗菌薬での治療は、点滴や経口薬で2週間ほど継続して行われ、症状が改善した後も体内に菌が残っているかどうかを確認するために、便培養検査が必要です。

胆石が原因で菌が体内に残る可能性がある場合は、胆のう摘出手術が必要になることもあります。

適切な治療が行われなければ、長期にわたって保菌者となり、感染を広げることになるため、自身の健康だけでなく周囲の健康を守るためにも迅速な治療が重要となります。

腸チフスになりやすい人・予防の方法

腸チフスになりやすい人は、衛生環境が整っていない地域に住んでいる、またはそのような地域に渡航する人に多いです。

発展途上国や水道設備が不十分な場所では、チフス菌が蔓延している可能性が高いです。それに伴い、腸チフス感染者も多い傾向があるため、感染者と接触することで、病気が広がる可能性があります。

予防としては、腸チフスの発症が多い地域への渡航を避けるのが一番の予防方法です。もしそういった地域に渡航する場合は、飲食物に細心の注意を払いましょう。また石鹸などを利用して清潔な水で手洗いを行うことも重要です。
特に発展途上国では、ビンに入ったミネラルウォーターを飲んだり、一度沸騰させた水を摂取するようにしてください。食材を水で洗うだけでも、チフス菌が食材に感染するおそれがあるため、注意しなければなりません。

また、生の野菜や果物、調理が不十分な肉や魚は、チフス菌に汚染されている可能性があるため、避けるべきです。

上記に加えて、予防接種も腸チフスの発症予防に効果的です。腸チフスが流行している地域に渡航する際には、事前にワクチンを接種することが推奨されることがあります。
ただし、国内には承認されている腸チフスのワクチンはないため、一部の医療機関で受けられる海外からの輸入ワクチンを接種する必要があります。


関連する病気

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参考文献

一般社団法人日本感染症学会「腸チフス・パラチフス」

日本臨床微生物学会「腸チフス・パラチフス」

一般社団法人日本感染書学会「JAID/JSC 感染症治療ガイドライン 2015 ―腸管感染症―」

NID国立感染症研究所「腸チフス・パラチフスとは」

今日の臨床サポート「腸チフス・パラチフス」

厚生労働省「腸チフス」

厚生労働省検疫所 FORTH「腸チフス(ファクトシート)」