サイバーエージェントの社員だった日本人夫婦がベトナムでピザ店を開店、あっという間に人気を博し麻布台ヒルズに進出。いまや予約困難の人気店になっています(写真:4P’s Holdings提供)

「ベトナムの経済成長には目を見張るものがあります。ベトナムに足を運んでみれば、誰もがその活気に驚き、多くのビジネスチャンスがあることにワクワクするはずです」

そう語るのが、28歳で日本人初のベトナム公認会計士となり、ベトナム初の日系資本会計事務所(現・I-GLOCALグループ)を創業、現在はホーチミン、ハノイ、東京に拠点を設け、大手上場企業を中心に1000社超の日系企業のグローバルビジネスをサポートしている蕪木優典氏だ。

蕪木氏の新刊『加速経済ベトナム――日本企業が続々と躍進する最高のフロンティア』の内容の一部を編集・抜粋し、ベトナムビジネスの魅力の一端をお届けする。

「日本食」ではなく、ピザで外食産業に挑戦

一般的に新興国で外食産業をはじめとした食にまつわるビジネスに参入することは、あまり得策ではないとされています。客単価が日本以上に低いことや、大勢のスタッフをマネジメントするのが難しいからです。


しかし、ベトナムで事業を成功させるという「情熱」とたしかなクオリティがあれば話は別です。

そのことを見事に体現しているのが「Pizza 4P’s」(社名は4P’s Holdings)です。店舗数は今やベトナムとカンボジア、そして2023年末に麻布台ヒルズにオープンしたPizza 4P’s Tokyo、インドにオープンしたPizza 4P’s Indiaを含めると36店舗に達しています。

ベトナムを代表する外食チェーンとなったPizza 4P’sを経営するのは、もともとサイバーエージェントで働いていた益子陽介さんと高杉早苗さん夫婦。2011年に益子さんが前職時代にベトナムでの投資事業を担当することになったことを機に同地の魅力に惹かれ、設立に至ったそうです。

それにしても、メディア事業やインターネット広告事業などを主軸とする前職とはかけ離れた外食産業、しかも日本食や寿司といった日本人の強みを発揮できそうなジャンルではなく、あえて「ピザ」に着目したのはなぜなのでしょうか。

その背景には益子さんのピザと人々の幸福をつなぐユニークな体験がありました。

「以前、自宅の裏庭に泥だらけになりながらピザ窯を自作し、焼きたてのピザを仲間たちとシェアしながら楽しんだ些細なひと時が、自分にとってかけがえのない幸せだと感じた。それこそがPizza 4P’s の原点であり、それからというもの『心を豊かにし、世界中に幸せを広めることは、これほど小さいことからはじめることができる』という思いでひた走ってきた」と益子さん。

その思いを胸に、益子さんはベトナムでピザを主軸にしたレストランを展開し、「Make the World Smile for Peace」(平和のために、世界を笑顔に)というビジョンを追求し続けているのです。

フレッシュチーズを自前でつくる

看板商品であるピザには益子さん夫婦のビジョンへの想いが詰まっています。創業当時、ベトナムではほとんど見かけることがなかったフレッシュチーズづくりに着手したのも、ベトナムの人たちに幸せと笑顔、そして平和を届けたいという思いがあったからです。

「起業して間もなく、自宅兼店舗の地下にあった小さなキッチンでフレッシュチーズづくりに取り組みはじめた。生産環境は決して良好とはいえなかったが、トライ&エラーを繰り返し、少しずつレベルを高めていった」と益子さんは話します。

試行錯誤の末にできあがった風味豊かなフレッシュチーズとそれを用いたピザは、顧客の心を着実に掴んでいきました。

まずは日本人の駐在員たちの間で人気と知名度が高まっていき、今度はベトナムの人たちにもその魅力が受け入れられるように。次いで外国人旅行者にも知られるようになり、Pizza 4P’sを旅の目的地としてくれる方々もあらわれるようになったそうです。

経営が軌道にのってからも、益子さん夫婦は本物志向を貫き続けました。

たとえば、チーズに関しては「2020年からは高原地帯のダラットに工房を立ち上げ、専属のチーズ職人たちを雇用し、一貫生産している。来店してくれるお客さまや社内のシェフからのフィードバックを受けて、常に改善を続けている」とのことです。

チーズだけでなく、益子さん夫婦は野菜をはじめとした食材にも徹底したこだわりを持っています。

「かねて無農薬野菜にこだわりたいと思っていたが、当時のベトナムでは有機野菜や無農薬野菜に取り組んでいる生産者が少なく、有機・無農薬農家を探すのにも苦労するような状況だった。また、どうにか仕入れることができても、品質が悪くて使えないこともしばしばあった」と振り返ります。

それでも根気強く、さまざまな農家と取引を続けた末に、同社が見出したのがダラットのティエンシンファームでした。聞けば、このファームはJICAプロジェクトで10年以上、無農薬栽培の指導を受けた実績があり、現在も農薬や殺菌剤、除草剤を一切使用していないほか、リーズナブルに高品質な食材を流通させることを目標としているそうです。

この思いに共感した益子さんはすぐさまティエンシンファームに契約栽培を依頼。その関係性は現在も良好で、スタッフたちがお互いに店舗とファームを行き来するなど、交流を深めながらビジネスを展開しています。

日本やインドでの新たな店舗展開

コロナ禍が収束して以降、Pizza 4P’sはこれまでに培ってきた「幸せの輪」をさらに広げるため、ベトナム、カンボジア以外の国々にも進出しはじめています。2023年末には東京、そしてインドにも出店を果たしました。

その一角を担うPizza 4P’s Tokyoはまさにフラッグシップになっており、内装やデザインにもストアコンセプトである「ONENESS-Earth to People-」を感じさせるこだわりとストーリーが満載。

食材や調理へのこだわりも素晴らしく、店内で製造しているフレッシュチーズはもちろん、日本のオーガニックや不耕起栽培など自然に寄り添った生産者から仕入れた肉や野菜などにも1つひとつにストーリーがあります。

麻布台ヒルズという話題の商業施設に店舗を構えたこともあり、開業当初からPizza 4P’s Tokyoはベトナムの店舗を訪ねたことがある人や元駐在員、そして東京のフーディー(食の愛好家)や地元住民、観光客など、幅広い客層に支持され、今も予約が困難な人気店となっています。

「ベトナムでの評判やベトナムで培ってきた駐在員の皆さんとのつながりのおかげで、日本での出店はきわめてスムーズに進んだ。食材にしても、日本には良い食材が本当に多く、足を運べば運ぶほど良いものに出会えたし、その出会いが次の出会いにつながっていった。おかげで、順調に自分たちが思い描く店づくり、メニューづくりを進めることができた」と益子さんは笑顔を見せます。

ピザ店から商社ビジネスへ

ちなみに、今回の日本進出はたんに外食業態のグローバル展開を意識したものでなく、日越間で商社ビジネスを展開する布石にもなっています。

「起業してからのビジネスで、私たちはベトナムと日本の素晴らしいものにたくさん触れることができた。今後はそれらを外食という形態だけでなく、物販という形態でも紹介し、日越双方がお互いの魅力をさらに知る機会をつくっていきたいと思う」と益子さん。

ピザを切り口に幸せを届ける──。益子さん夫婦のビジョン達成への強い想い、そして「情熱」はベトナムで見事に花開き、世界に広がりつつあります。

(蕪木 優典 : I-GLOCALグループ代表)