音楽座ミュージカル『ホーム』稽古場より

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アガサ・クリスティーの原作を見事にミュージカル化した『SUNDAY(サンデイ)』で注目される相川タローとワームホールプロジェクト。このチームによる2024年秋の新プロジェクト、『ホーム』公演の稽古場を取材した。
※一部ネタバレあり

新作のみならず、近年では『ラブ・レター』や『7dolls』など音楽座ミュージカルの財産演目を再解釈しての上演も高く評価されているチームが、今回は『ホーム』を手掛けるという。『ホーム』といえば、昭和の家族や学生運動の闘士たちの生き様を描いた感動作である。2010年にはじめてこの作品に触れ、2018年の上演でも自分の親や祖父母のこと、自分を生かしてくれている祖先たちに思いを馳せ、涙を止めることができなかったほど印象深い作品がどうなってしまうのか。不安たっぷりで稽古場に向かった。

この日の稽古は通し稽古で、衣裳や大道具などは一部本番仕様、といったところ。一番大きな大道具は現代風に華やかな色合いに変わっている。キャストは、主人公の山本哲郎に小林啓也、その妻となる麻生めぐみと娘の山本広子を森彩香、学生運動の闘士である藤井宏を安中淳也、恋人の坂本いずみはWキャストのうち岡崎かのんだった。

さて、幕があく。最初はたしか、私たちを取り巻く森羅万象的存在であるオリジンの華やかなダンス!…ではない。リュックを背負った女性、スマホで自撮りする人、ごく普通の「今」の人たちが何人も通り過ぎていく。ああ、さっきこの光景を見た。そんなことを考えているうちに、宇宙が膨張するような、もしくは収縮するような不思議な音が聞こえ、生命力に溢れた音楽とダンスがはじまった。さっき通りすぎていった「今」の人たちが華やかな衣裳に身を包んで踊っている。これはあの人たちの魂なのだろうか。それとも祖先たちの姿なのか。昭和を懐かしむつもりで準備してきた感情が、あの音とともに無重力の彼方に放り出されてしまった、そんな感覚。ああ、これは未来で過去で、つまり「今」の物語なんだ。

その衝撃から始まったから、そこからはじまる物語も今までと全く違って見える。ストーリーとしてはさほど以前のものと変わっていないにも関わらず。物語の舞台は昭和34年からはじまる。特攻隊員だったが生き残って終戦を迎え、アドバルーンの見張りをやりながら日々をなんとなしに生きている(結婚もしていない)山本哲郎が、その仕事場であるデパートの屋上で麻生めぐみという若い女性と出会い、そのまま成り行きで結婚する。ああ、そんな若い可愛い女性に騙されて大丈夫かしら、と思っていたら、赤ん坊が産まれた途端にめぐみは蒸発し、赤ん坊とめぐみの母親の豊(清田和美)だけが残され…ほら、言わんこっちゃないという物語だが、これが実話をもとにしているというから事実は小説より奇なり、人生は不思議に満ちている。

余談はさておき、昭和34年と言えば最初の安保闘争の真っ只中で、哲郎とめぐみが出会ったまさにその時も「安保反対!」の声が聞こえてくるような時代だった。当時は学生たちによる学生運動も盛んで、皆、青春の全てをかける形でデモに励んでいた。坂本いずみも、この世界を変えるのだ、と恋人の藤井宏とともに(宏にそんなに甘いものではないと言われながらではあるが)学生運動に加わっていた。ちょうど哲郎とめぐみに子どもができたのと同じ頃に宏との子を身籠り、幸せな将来を夢見るいずみだったが、宏が警察に捕えられてその未来予想図は一変してしまう。面会に行ってもいずみに累が及ぶことを恐れて知らない人だと言い張る宏に絶望するいずみ…ここまでですでに何作か見たような気持ちになるほどの盛りだくさんなエピソードだが、まだこれで序盤である。

ここから先はぜひ劇場でご覧いただきたいのでネタバレはほどほどにしておくが、妻の蒸発で自暴自棄だった哲郎は、やがてふとしたきっかけからその状況を引き受け、そこから人が変わったように額に汗して一所懸命働くようになる。そんな哲郎の生き方が様々な縁を引き寄せていくから、ここからのエピソードも序盤に負けず劣らず濃厚なのだ。それで休憩を入れながらも約2時間半。それでもストーリーが飛び散ったり、はたまた濃厚すぎて自家中毒に陥ったりしていないのは、確実にひとりひとりの人間の物語でありながら、何か大きな河の流れのようなものの上にその小さな物語がしっかりと乗っかっているからだろう。それぞれの物語にしばしば目頭が熱くなりながらも、最後に印象に残るのはその大河の流れのほうで、これが音楽座ミュージカルの特徴なのかもしれない。これまでの『ホーム』ではどちらかというと個々のエピソードのほうに感情を持っていかれていたから、もしかすると今の時代の、相川タロー率いるワームホールプロジェクト作品の特徴なのだろうか。

最後のシーンでそれまでドラマの中心にいるように見えた人たちが皆、オリジンといわれる森羅万象的存在に戻っていく姿はその真骨頂とも思え、こちらの魂まで震えるようだった。たしかに、生きている瞬間瞬間、自分たちの身に起こる出来事は重要で重大なものであるし、そのドラマは決して軽いものではない。でも、最後にああやって「何か」に戻っていくのだ。私たち自身も間違いなく。それなのに、何に今大騒ぎし、身悶えし、嫉妬し、小競り合いをし、はたまた国同士で戦ったりしているのだろう。全てが同じ「何か」から生まれ、また「何か」に戻っていくとすれば、他人と比べたり、自己というものに過剰にこだわったりすることは無意味で馬鹿馬鹿しいことなのだ。もっとおおらかに「何か」が生み出した波の一つとして生きてもいい。なんというあたたかい、希望のある作品なのだろう…!

今回の通し稽古での衣裳はまだ本番通りではないが、昭和の時代感というよりは現代に近いようなものになるのだそう。照明には、音楽座ミュージカル作品で2020年、2023年と日本照明家協会の賞を受賞している渡邉雄太というから、これが入った本番への期待はいやが上にも高まってくる。作品とよく似た雰囲気の稽古場からの帰り道、これは名作誕生の予感、と思わず小躍りしてしまった。

公演は10月14日(月・祝)あしかがフラワーパークプラザ(足利市民プラザ)文化ホールでの公開プレビューののち、11月末に大阪、愛知(主催:幸田町文化振興協会)、そして東京での公演と続く。チケットはイープラス他で発売中。