【Ｗ杯最終予選】10日対戦の「サウジ･サッカー」を徹底解剖する
Ｗ杯アジア最終予選に挑んでいるサッカー日本代表が、10月10日にアウェーでサウジアラビア、15日にホームでオーストラリアと対戦する。
日本は9月には、中国に7対0、バーレーンに5対0と圧勝したが、中国やバーレーンは日本にとって明らかな格下。それに対して、10月の対戦相手であるサウジアラビアはFIFAランキング56位、オーストラリアは25位と、日本（16位）が所属するグループの中では上位のチーム。どちらも、2022年のカタールＷ杯に出場した強豪国だ。
とくに、サウジアラビア戦はアウェー戦ということもあり、予選前半の最初のヤマ場と言っていい。
しかし、日本有利は間違いない。
3年前のカタールＷ杯予選で日本はアウェーのサウジアラビア戦で敗れたが、唯一の失点は中盤での致命的なパスミスを拾われたもので、内容的にはけっして劣勢ではなかった。しかも、9月の2試合でも見られたように、現在の日本のチーム力は3年前とは比べ物にならない。
最大の敵は、最高気温が35度を超える気象条件だ。10月に入っても、アラビア半島はまだまだ酷暑の中にある。
ただ、日本代表は9月には、やはり高温多湿のバーレーンで戦って完勝した。1か月前の経験は必ず役に立つはずだ。
欧州で活躍している日本選手にとって、Ｗ杯予選での最大の問題は長距離移動だ。しかも、週末に各国リーグの試合を終えてから東京まで移動すると、全員が集まれるのは早くても月曜日の夜となり、試合までに中2日しかなくなる。
だが、10月10日の試合会場は、紅海に面した港町ジッダだ。
欧州から見ると日本よりはるかに近く、移動時間も短くて済む。欧州中央時間（夏時間）との時差はわずか2時間だ。日本までの移動よりはるかに楽だし、現地到着後のトレーニングにも長い時間が割ける。
「グループ首位」目前のサウジアラビア
サウジアラビアは、9月の試合は1勝1分の勝点4を獲得しており、10日の試合で勝利すれば、日本に代わってグループ首位に立てる。
だが、試合の内容を見ればサウジアラビアは大苦戦だった。ホームでのインドネシア戦は1対1の引き分けに終わり、2戦目も中国に先制されて大苦戦。CKからサウジアラビアの決勝ゴールが決まったのは、試合終了直前の90分のことだった。
しかも、この中国戦で主力の1人MFモハメド・カンノが退場処分となったため、日本戦は出場停止。また、GKのモハメド・アルオワイスなど複数の選手が負傷で欠場となっており、万全の状態からはほど遠いようだ。
ちなみに、15日に対戦するオーストラリア代表は9月の初戦でバーレーンに敗れ、インドネシアとも引き分けに終わって勝点1にとどまった。これを受けてグラハム・アーノルド監督が辞任。現役時代にサンフレッチェ広島で日本代表の森保一監督とチームメートだったトニー・ポポヴィッチが、急遽監督に就任した。
つまり、現在のチーム状態を見れば、日本が圧倒的に有利な状況にあるのだ。日本側もDFの冨安健洋や伊藤洋輝が負傷で長期離脱中だが、バックアップの層が厚いことは9月の2試合で証明済みだ。
それでも安心できないのは、サウジアラビア、オーストラリアにこれまで何度も苦戦を強いられてきたからだ。
オイルマネーによる強化で「アジア最強」へ
サウジアラビアは、1980年代から90年代にかけて「アジア最強」を誇っていた。4年に一度のアジアカップでは1984年大会で初優勝してから、なんと5大会連続して決勝に進出し、そのうち3度優勝を飾っている（残り2度は日本に敗れた）。
Ｗ杯予選はなかなか突破できずにいたが、1994年の米国大会に初めて出場すると、グループリーグを突破して見せた。アジア勢としては、1966年イングランド大会の北朝鮮以来のことだった。
サウジアラビアのサッカーが強くなったのは、1970年代以降のことだ。
1973年に起こった第4次中東戦争（ヨムキプル戦争）をきっかけに、石油輸出国機構（OPEC）がイスラエルを支援する西側諸国に対する原油輸出を停止。世界中で原油価格が急騰し、日本でも物価が急上昇して「狂乱物価」と呼ばれる事態となったが、産油国は巨額なオイルマネーを手にした。
そうした、収入の一部がサッカー強化に使われた。
選手たちの給料は政府によって支払われ、政府の資金で立派なスポーツクラブがいくつも建設された。筆者は1997年にサウジアラビアのクラブを取材したが、どのクラブの施設もデザインがそっくりだったのは、政府が建設を急いだためだ。そして、欧州から多くのコーチがやって来た。
サウジアラビアは、サウード家の王族が富と権力を独占している独裁国家だ。そうした国の指導者は、どこの国でも国民の離反を怖れ、国民に娯楽を提供する必要に迫られている。1970年代以降のサウジアラビアでは、その一つがサッカーだったというわけだ。
行き詰ったサウジアラビアの「急成長」
筆者は、1984年のロサンゼルス五輪予選（当時、五輪のサッカーにはフル代表が出場していた）や、1986年のソウル・アジア大会で、「黄金時代」のサウジアラビア代表を見た。とくに、アジア大会でのクウェートとの準決勝は、ボール・テクニックやスピード感、当たりの激しさなど、当時のアジアのレベルを大きく超えたゲームだった（サウジアラビアがPK戦で決勝進出を決めた）。この大会、日本はクウェート、イランに完敗を喫しており、将来、日本代表が中東勢に勝てるようになるとは想像もできなかった。
だが、Jリーグ開幕を控えて初の外国人監督ハンス・オフトの下で急成長した日本代表は、1992年に広島で開催されたアジアカップ決勝で、サウジアラビアと対戦。高木琢也のゴールを守り切った日本が初優勝を飾った。
それまで、サウジアラビアの強さを何度もこの目で見てきただけに、試合終了後にピッチ上に倒れ込んだサウジアラビアの選手たちの姿を見て、筆者は信じられないような気持ちになったことを思い出す。
こうして「アジア最強」を誇っていたサウジアラビアだが、1990年代に入ると日本が急成長し、対抗して韓国も強化を進めた。さらに2006年には、それまでオセアニア連盟に所属していたオーストラリアがアジアに転籍。サウジアラビアの地位は相対的に低下していった。
最近も、サウジアラビアでは2034年のＷ杯開催に向けて施設の拡充に力を入れている。また、巨額の移籍金を使ってクリスティアーノ・ロナウドなどワールドクラスの選手たちを国内クラブに入団させているが、その分、自国選手の強化は進んでいない。準ホームだったカタールＷ杯でも、初戦でアルゼンチンに勝利して世界を驚かせたものの、その後2連敗してグループリーグ最下位で敗退している。
また、日本人選手が次々に欧州のクラブに移籍して成長しているのに対して、国内リーグでも高額の年俸を受け取れる中東諸国の選手は、ほとんどが国内または近隣諸国のリーグでプレーしている。これも成長を阻んでいる原因だ。
こうした状況を考えるなら、たとえアウェー戦であっても、日本代表にはしっかりと勝利してほしいものだ。
