親が気づかない「できる子」の自己肯定感の低さ
「この子は大丈夫」と思って放っておく子ほど、実はコミュニケーションを求めています(写真:Fast&Slow/PIXTA)
【相談】
中2女子、小5男子の子どもがいます。娘は小さいときから手がかからず、勉強もしっかりやっている子だったので、ほっておいて大丈夫な子でした。一方の息子は、癇癪持ちで手がかかり、育てるのが大変な子で毎日手を焼いています。しかし、ここ最近になって、中2の娘の様子がおかしいのです。勉強にあまり手がつけられないようですが、体の調子が悪いわけでもなく、友人関係も良好です。思春期もあるかと思いますが、「私、別にたいしたことないし」「どうでもいいし」など気になることも言い出しました。このような娘にどう対応したらいいでしょうか。
(仮名:関さん)
しっかりしている子ほど、実は自己肯定感が低い
思春期の子どもの心はさまざま揺れ動きます。特に、体と心が成長する小学校高学年から中学生の頃はそれが顕著になるときもあります。しかし、単に思春期という時期だけが原因とは限りません。関さんのお子さんは、おそらく家庭内のあることが原因でそのような状態になっていると推測されます。
これまで筆者が4500人以上の子どもたちを直接指導し、1万3000人の親御さんからの相談を受けてきた中で、関さんのようなケースがいくつもあることに気づきました。それが次のことです。
「もともとできる子、しっかりしている子は、実は自己肯定感が低いこともあります。この子は大丈夫と思って放っておく子ほど、実はコミュニケーションを求めています」
このことが初めてわかったのは、筆者が子どもたちを指導し始めて間もない頃でした。
集団授業の学習塾を経営していましたが、授業では生徒が演習をしている最中、机間巡視して指導します。そのとき、手が止まっている子のところに行き、考えるヒントを与えたり、わからない場合は教えたりしていました。一方の手のかからない生徒(勉強ができる子)は大丈夫だと思って、声をかけずに、そのまま通り過ぎていきます。すると、そのような生徒は3カ月以内にたいてい塾をやめていったのです。
はじめは何が原因かわかりませんでした。たびたびそのようなことが続くため、「もしかして声かけ?」と思い、できている子にも次のような声かけをするようにしました。
「どう? 大丈夫?」
すると「はい」と返ってきます。「その調子で進めてね」とわずか5〜6秒の対話を入れることで、やめなくなっていったのです。それ以来、筆者は、手のかからない子ほど意識して声かけをするようになりました。
「手がかからない子」にこそコミュニケーションを
実は、この現象は家庭内でも起こっています。
上の子は手がかからないからといって、手のかかる下の子ばかりを対応していたらどうなるでしょうか? 上の子と言っても、まだ子どもです。
「親に気に掛けてもらうには、弟以上に手のかかる子になってしまえばいい」と潜在的に考えないとも限りません。すると今まで手がかからなかった子が、急に手がかかる子になることがあります。この原理を知らずに親がその子を怒ってしまうと、事態はさらに悪化していきます。
しっかりしている子、勉強がもともとできる子ほど、できることが当たり前とみなされ、言葉で承認されることが少なく、その結果、自己肯定感が満たされていない状態になっていきます。
かつて東京大学で学生たちにこの話をしたとき、「実は私、自己肯定感が低いんです」と言う東大生が予想外に多かったことに驚いたことがあります。
彼らは小さいときから、もともと勉強ができる優秀な子であった可能性が高く、自己肯定感がさぞかし高いだろうと周囲は思うかもしれませんが、本人は、できることが当たりまえであり、周囲からの称賛もやがて慣れていきます。言われて当たり前と。また、短所があるとその称賛がなくなってしまうのではないかという恐怖心から、緊張状態になることもあります。
その結果、自分をダメ出ししていくことになります。これが「自己肯定感が下がる原理」です。自己肯定感とは、短所を含めて今の自分を肯定的に認めることができることを言います。ですから、周囲が思っているほど、もともと勉強ができる子の自己肯定感は高くないことがあるわけです。
以上のようなことから、関さんは、手がかかる下の子を意識して何とかさせようと思う必要はありません。なぜなら無意識のうちに親はその子に手をかけているからです。意識しておかなければいけないことは、手がかからない子のほうにこそコミュニケーションを積極的にとっていくことです。
では、どのようなコミュニケーションをとればいいでしょうか。単純に子どもと会話すればいいわけではなく、効果的なコミュニケーションをとる必要があります。
それは「雑談」をテーマとする会話をすることです。
効果的な雑談の方法
(1)雑談内容
雑談というぐらいですから、何でも構わないのですが、一つ注意しなければならないことがあります。それは「勉強関係」についてはテーマとして避けることです。なぜなら、子どもが話をしたくないテーマの一つである可能性が高いからです。そのようなテーマで話しかけると子どもは、その言葉を「勉強しなさい」と解釈したり、親の愚痴として受け取ったりします。また、思春期の子の場合は、友人関係についても触れてほしくない場合もあるので注意が必要です。
お勧めのテーマは、天気や食べ物や、今日の出来事、日常の些末な情報などです。「おはよう」や「ありがとう」という言葉をかけることでも構いません。これも雑談の一種ととらえてください。とにかく大切なことは、「子どもが自分を気に掛けてくれていると感じること」です。
(2)頻度
コミュニケーションは頻度が高いほど信頼関係が高まると言われています。その意味でも、頻度は多いほうがいいでしょう。ただ、あまりに増やしすぎると、子どもが「ウザい」と感じることもあるので、日頃、対話が少ないなと感じたら、少し意図的に増やしてみる感じで行ってください。
(3)タイミング
「子どもがすぐ自室に入ってしまうので、なかなか話ができない」「スマホばかり見ているので会話ができない」という声を聞くことがあります。
しかし、一日のうちで、少しでも会う時間はあるはずです。そのようなときに雑談をすればいいのです。親から話をして子どもが反応しない場合もあります。それでも構いません。コミュニケーションは双方向の意思疎通だと認識されることが一般的ですが、筆者の経験から言えば、一方通行でも成立します。なぜなら、子どもの耳には届いており、それがやがて子どもの反応を引き出し、そして対話に発展することが多いからです。ですから反応が薄くても、積極的にしてみてください。
(4)雑談の効用
雑談をしていると、副産物が得られます。それは、子どもから勉強の話や自分が抱えている悩みを話し出すということです。これまでの事例を鑑みると、ほぼ間違いなく子どもからそのような話が出てきます。そのときになって初めて親は勉強の話をしていきます。悩みも子どもから話をしてきたら、まずは共感的に話を聞き、次に親身に相談に乗ってあげてください。すると子どもは心をどんどん開いていきます。
以上が関さんへの回答になりますが、いかがでしたか。
「手がかからない子の自己肯定感の低さ」は、一般にあまり知られていません。そのため周囲が誤解をしたまま過ごしてしまいます。兄弟姉妹がいる家庭の場合は、頻繁に起こっている現象の一つなので、コミュニケーション頻度が少ない子がいたら、積極的に「雑談」を心がけてみてください。すると、子どもの自己肯定感も上がり、自分らしい人生を送っていくようになります。
(石田 勝紀 : 教育デザインラボ代表理事、教育評論家)