なんの変哲もないATMから…

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新1000円札に謎のスタンプ

 池袋駅前にある銀行のATMで預金を引き出した筆者は、目を疑った。手にした1000円札の中央から下の部分に、何やら陰謀論めいたメッセージのスタンプが捺されていたのである。しかも、そんな紙幣が2枚も出てきたので、面喰らってしまった。おいおい、せっかくの新紙幣なのに……。その文面はこうである。

【驚愕】池袋駅近くのATMから出てきた「告発文つき新札」の異様な姿

「検察庁のうね本直美検事総長は共犯者として 証明書を大量に書換えて捏造し犯罪してます 検察庁法務省はマスコミとゆ着して情報操作」

 ここに書かれている“うね本直美”とは、女性初の検事総長として知られる畝本直美氏のことだろう。畝本を“うね本”と書き、癒着を“ゆ着”と書いているが、なぜか捏造は“ねつ造”と書かないなどなかなか個性的な文面であるが、そんなことはどうでもいい。いったい、なぜ紙幣にこんなスタンプを捺したのか。捺した人物はいったい何を訴えたいのか。

なんの変哲もないATMから…

 Xで検索をかけてみたら、どうやら同じ紙幣を受け取った人は他にもいるようで、筆者同様に困惑している様子だった。そりゃそうだろう。よりによって新1000円札、しかもピン札の目立つ位置にくっきりと捺印されているのだから。

紙幣に落書きやスタンプ、犯罪ではない?

 詳しく調べてみると、この紙幣をばらまいていると思われる人物をXで特定できた。その人物のアカウントによれば、同様の紙幣を500枚ほど(どうやらすべて新札で統一しているようだ)都内にバラ撒いたらしい。その主張についてここで言及するつもりはないが、問題なのは紙幣にこういったスタンプを捺す行為だ。犯罪にはならないのだろうか。

 結論から言えば、好ましい行為ではないものの、犯罪とはいえないようだ。紙幣を印刷している国立印刷局のホームページにはこのように書かれている。

「法令上、直ちに違法な行為とは言い切れませんが、皆様が傷みの激しいお札や、本物にあるはずのない書込みや印字がされている変なお札を手にしてしまった場合、偽札かどうかの見分けがつきにくくなります。また、ATMや自動販売機で使えなかったりするなどのトラブルのもとになります」

紙幣で折り紙や肖像で変顔をするのは?

 今回の紙幣はATMを問題なく通って筆者のもとに届いてしまったわけだが、スタンプを捺す場所によっては、弾かれてしまう可能性もあるのだろう。そして、国立印刷局はこうも記している。

「お札を切り刻んだり、燃やしたりして損傷する行為はもちろんのこと、ちょっとしたいたずら程度と思われる行為も、お札を使う場面では大きな支障となることがあります。お札はみんなで使うものですから、大切に使ってください」

 したがって、紙幣で折り紙をしたり、肖像の部分を折り曲げて“変顔”させたりする行為も“直ちに違法な行為とは言い切れない”、つまりは犯罪には当たらないようだ。

 SNSを検索したところ、新1000円札の北里柴三郎に鼻毛を生やしたり、旧1万円札の福沢諭吉にグラサンをかけさせたり、はたまた自身の性癖を告白した文面を記すなど、“受け取りたくない”紙幣の画像が大量に出てきた。教科書の落書きのようなことを紙幣にする感性は理解できないが、これらも芳しくはない行為だが犯罪ではないという、微妙なラインといえるだろう。

硬貨にいたずらする行為は?

 ちなみに、紙幣に落書きするのとは異なり、硬貨にいたずらをする行為は貨幣損傷等取締法という法律で禁じられており、明確に犯罪にあたる。この法律では「貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない」とし、「違反した者は、これを1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」とある。

 具体的には、硬貨に穴をあけてペンダントにしたり、表面を削って傷つけたりするなどの行為である。中学生の頃、技術・家庭の授業をサボっている友人が1円玉をトンカチで叩いてプレスして遊んでいたが、これはれっきとした犯罪といえる。また、筆者の故郷では死者の棺桶に10円玉を入れて焼く風習が残っているが、やはり法的にはマズい行為といえよう。

 ただし、法律が適用されるのはあくまでも“現在も使用できる硬貨”に限られる。例えば、明治時代に発行された金貨を地金にするために潰したり、江戸時代の寛永通宝をペンダントに加工したりする行為は問題がない。基本的に通貨としての効力がなくなった硬貨であればどう扱おうと自由であり、偽物を作っても罰せられることはない。

 なお、昭和33〜41年にかけて発行された100円銀貨は、硬貨に含まれる銀の地金の価値が、現在では100円より上回っている。そこで潰して地金にして儲けよう……などと考えてしまうが、それはご法度である。この年代の100円銀貨は現在も使える硬貨なので、犯罪になってしまうのだ。

 同じように、昭和26年の年号が刻まれたギザ10には、わずかながら金が含まれているという説がある。そこで、大量に集め、溶かして金を取り出そうと考えてしまうが、もちろんこれもNGだ。そもそも、含まれていてもごくわずかな量なので、さきの100円銀貨と異なり、まったく儲けにはならないといわれている。

いったいどこで使えばいいのか

 いかがだろうか。お金にいたずらをする行為は、紙幣は“好ましくはないものの罪ではない”、硬貨は“明確にNG”という、なんとも不思議な決まりになっていることがわかった。では、YouTubeなどで流行している“コイン磨き”はどうなのだ……などと検証していくとキリがないのだが、とにかく紙幣も硬貨も余計なことはせずに素直に使うことをおすすめしたい。

 そんなことより、謎のスタンプが捺された新1000円札を手にしてしまった筆者は大いに困ってしまった。こんな紙幣、いったいどこで使えばいいんだ。少なくとも近所のスーパーや書店のレジでは出したくない。最寄りの銀行や、日本銀行の支店などの窓口に行けばきれいなものと交換してもらえるようだが、今のままでも使うことはできるのだから、わざわざ銀行に行くのも手間である。

 結局、自動販売機や券売機で黙って使うしかないか……、でも、受け取った人は嫌だろうなあ……などと頭を抱えてしまい、使うことができずにまだ手元にある状態だ。とにかく、主張があるならデモでもやればいいと思うし、紙幣にいたずらをするのは慎んでほしいものである。

ライター・宮原多可志

デイリー新潮編集部