伝統的な製法を完コピして、“本物”と同様にICタグまで内蔵…「偽ブランド品」のハイレベル化で質屋の廃業が続出「息子に継がせようとは思いません」
質屋を悩ませる偽ブランド品
消費者金融が登場する前は、庶民向けの金融としてもっとも馴染み深かったのが質屋である。高級腕時計や高級ブランド品、着物などを“質草”にしてすぐにお金を借りたり、もしくは買い取ってもらったりすることもできる。現在でも、急に現金が必要になったという人から根強い需要がある。
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そんな質屋の業界を揺るがす問題が起こっている。質草として定番である高級ブランド品の、従来の“スーパーコピー”を遥かに上回るレベルの偽物が出回っているのだ。
ひと昔前であれば、偽ブランド品は素人でもパッと見ただけでわかるくらい、稚拙な出来のものが少なくなかった。ところが、近年は“品質”が格段に上がっている。なかには、プロの鑑定士でも真贋鑑定が難しい超スーパーコピーが多数確認されているという。ある地方都市で長年質屋を営むA氏は、このように話す。
「ここ数年で、偽ブランド品のレベルがとんでもなく上がりました。それらは完全に、僕たちプロを騙す目的で作られているのです。もはや融資や質草の管理よりも、鑑定の仕事がしんどすぎる。質屋にとってあまりに負担が大きすぎます」
現在の質草の主力はロレックスなどの高級腕時計や、ルイ・ヴィトンやエルメスなどの高級ブランドのバッグ、値上がりが続いている金製品や宝石などが挙げられるが、そのいずれにおいても偽物が非常に多い。さらには、科学的に鑑定する機械をも騙すほどのハイレベルな作りの偽物もあるというのだ。
馬具職人に匹敵する技術をもつ偽物職人
A氏のもとにも多く持ち込まれるのが、最高級ブランドのエルメスのバッグだ。バーキンやケリーなどの定番バッグが定価の数倍で取引されることも珍しくないため、偽物はより巧妙かつ精巧になってきているという。「店によっては毎日のように偽物が持ち込まれていますよ」とA氏が話すほど、偽物の蔓延ぶりが凄まじいそうだ。
そして、A氏が驚くのは偽物の完成度の高さである。なぜ、こんなに素晴らしい作りなのに偽物なのか……と残念がるほど、バッグ単体として見れば、本当によくできている品物が少なくないという。
「はっきり言って、日本の伝統産業の職人が作るバッグよりも、今出回っているエルメスの偽物のほうが作りはいいし、質も高い。エルメスは馬具メーカーから始まったブランドなので、バーキンには馬具を作るときに使う伝統的な製法が用いられていますが、それすらコピーしているのです」
A氏は、「この偽物を作っている職人は本物の馬具職人になれるのではないか、と思うくらいよくできています」と舌を巻く。そして、エルメスと並んで質屋に多く持ち込まれるのがルイ・ヴィトンだが、その偽物のクオリティも驚くべきものがあるそうだ。
「最近、ルイ・ヴィトンは製品の中にICタグを埋め込むようになりました。しかし、それすらコピーした偽物があります。しかも、本物が使っているメーカーと同じメーカーのICタグを使っている。いったいどこで入手して偽物に組み込むのか、謎としか言いようがありません」
しかも、新しいモデルが発表されると、数週間後にはそのモデルの偽物が出回るのだという。新作ゆえに業者にも知識がないことが多く、偽物を買い取ってしまうケースが多いそうだ。いったい偽物を作る業者はどうやって新作をコピーしているのか。A氏は「そのスピード感には、ただただ驚くしかありません」と話す。
ロレックス以外の偽腕時計が怖い
質屋に持ち込まれる高級腕時計のなかで、突出して多いのがロレックスだ。デイトナやサブマリーナー、GMTマスターII、エクスプローラーなどの人気モデルは正規店で購入が難しいほど需要が高いため、必然的に融資額や買い取り額も高額になる。手軽に持ち運びができる点も、質草としての人気が高い要因だ。
そんなロレックスは、スーパーコピーも年々精度が上がっており、「はっきり言って業者でも日々実物に触れていないとわからない」ほどの偽物が多く出回っている。
だが、A氏は、「ロレックス以外の腕時計を持ち込まれたほうが、緊張する」と話す。
「ロレックスは偽物が多いので、僕らも身構えて相当丁寧に見るんですよ。厄介なのは、“まさかこんなブランドには偽物がないだろう”というブランドの偽物です。そんなブランドは、わざわざ偽物を作っても価格的に割が合わないように思うのですが……」
具体的にブランド名を挙げると、数万円程度で新品が購入できるセイコー5や、オリエントスター、G-SHOCKなどの偽物だ。仮に質屋が買い取っても1〜3万円ほどだが、たかが数万、されど数万である。痛手になることには変わりない。“まさか偽物はないだろう”という心理を、偽物を作る業者は突いてくるのだ。
A氏は、プロの業者ですら見分けがつかない偽物が多い現在、素人がフリマサイトやオークションサイトでブランド品を買うのは、危険すぎると警鐘を鳴らす。実際、フリマサイトで買った偽ブランド品を本物と信じ、質屋に持ち込む人は多いそうだ。
“金”の偽物が出回っている
また、近年目立つのが金製品の偽物である。2024年9月9日現在の金の店頭小売価格は、1gあたり1万2657円(税込、田中貴金属工業のサイトより)に達している。1万円をゆうに超え、歴史的な高価格となっている。そのため、金地金や金製品の偽物を持ち込む人が後を絶たないという。
しかし、どの質屋にも金の成分を科学的に分析し、鑑定できる機械があるはずだ。しかし、A氏によると、そういった機械をも騙す偽物が出現しているというから驚きである。いったいどのようなものなのか。
「タングステンの表面に金をメッキし、金であるかのように偽装したものが出回っています。金と比重が同じなので機械が騙され、買い取ってしまう店が続出しているのです。さらに、天皇陛下の在位60年を記念し、昭和61〜62年に発行された10万円金貨の偽物も多い。金貨が入っているブリスターパックもそっくりで、本当によくできているんですよ」
10万円金貨は、製造された当時は地金にして4万円程度の価値しかなく、ボッタクリだと批判されたこともあった。ところが、現在は金の高騰によって地金の価格が10万円を遥かに上回っており、30万円以上で買い取っている業者も多い。
10万円金貨はかつて大規模な偽造事件が起こり、社会問題化したことがある。忘れた頃にまたやってくるということなのだろうか。こうした偽金貨は3Dプリンターを使って作られたものもあり、表面の刻印から側面のギザまで、本当に良くできているのだそうだ。
質屋の未来は明るいのか
ここ数年の間で偽物のレベルが上がりすぎて、勉強しても勉強しても追いつかないほどだとA氏は苦労を語る。さらに、リサイクルショップやフリマサイトの台頭によって、モノを売買するハードルが下がったことも質屋にとって逆風になっている。3年以上続いたコロナ騒動の中で、フリマサイトのユーザーが大きく増えた。こうした影響を受け、廃業する店も相次いでいるそうだ。
現在、質屋は銀行や消費者金融でお金を借りることができない人の“最後のセーフティーネット”になっているという。「消費者金融などでブラックリストに載っている人でも、質草さえあればお金を借りることができる。そういうお客さんが増えましたね」と、A氏。
質屋の歴史は鎌倉時代まで遡るといわれる。A氏の話を聞くと、現在の質屋業界は、質屋というビジネスが始まって以来の岐路に立たされていることがわかる。A氏の質店は代々続く店だが、息子に跡を継がせる予定はまったくないと言う。
「質屋はもう、僕の代で終わりですかね。本当に大変なことばかりで、息子に継がせようとは思いませんよ。業界は先細りになっていくと思います。ただ、地元に必要としてくれる人がいる限りは、続けていこうと思っています」
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部