中央左からPPIH上席執行役員の森谷健史氏、タレントの山之内すずさん、エックスモバイルの木野将徳社長(筆者撮影)

競争激化が続く格安SIM市場に、異業種とのコラボレーションという新たな展開が生まれている。

大手小売りグループのパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)が、格安SIMサービス「マジモバ」を開始。自社の小売りビジネスと連携させた独自の特典を打ち出し、通信と小売りの相乗効果を狙う。

異業種コラボで新たなサービスを開始

PPIHは9月12日、新たな格安SIMサービス「マジモバ」とモバイルWi-Fiサービス「最驚Wi-Fi」の提供を開始した。同社は、ドン・キホーテやアピタなどの小売店を運営する企業グループだ。

今回のサービスは、格安SIM事業者の中でも新興企業であるエックスモバイル株式会社と提携して展開される。マジモバの「驚安プラン」は、月額3GBで770円(税込)からとなっている。このほか、「最驚プラン」として15GB、25GB、50GBの各プランも用意されており、最大で月額50GBで6050円(税込)となっている。


「驚安プラン」として3GB/700円のプランを用意、「最驚プラン」として3つの容量を提供する(筆者撮影)

一方、モバイルWi-Fi「最驚Wi-Fi」は、1日10GBまで(最大月300GB)で月額4180円(税込)で提供される。この「最驚Wi-Fi」は、ドコモ、au、ソフトバンクの3大キャリアの回線を利用可能で、エリアによって最適な回線に自動で切り替わる仕組みを採用している。これにより、国内のほとんどの地域で安定したネットワーク接続が可能となる。さらに、海外151の国と地域でも追加の設定なしで利用可能という特徴を持つ。


使い放題のWi-Fiルーターも提供する(筆者撮影)

興味深いのは、「最驚プラン」と「最驚Wi-Fi」ユーザーの特典として提供される「#今月のおごり」だ。

この特典は、電子マネー「majica」のアプリを通じて、店頭で引き換えられるクーポンとして提供される。ドン・キホーテのマスコット「ドンペン」、アピタ・ピアゴの「アピタン」、そしてプライベートブランド「情熱価格」を代表する「ド情ちゃん」が、テーマに合わせた商品を“おごってくれる”という設定で、ユーザーはこれら3種類の中から1つを選んで無料で受け取ることができる。

具体的な商品例としては、「ドンペンのおごり」ではドン・キホーテらしいバラエティ感のある商品、「アピタンのおごり」では日用品や生活密着型の商品、「ド情ちゃんのおごり」では「情熱価格」の人気商品が提供される。PPIHは、この新サービスを通じて顧客との接点を増やし、既存の小売事業とのシナジーを狙う。


契約者特典の「#今月のおごり」では、毎月店舗の商品をプレゼントする(筆者撮影)

サービスの申し込みは2024年9月13日からウェブサイトで開始される。実店舗での展開については、MEGAドン・キホーテ三郷店(埼玉県)とMEGAドン・キホーテ成増店(東京都)が先行して9月13日から特設カウンターを設置し、申し込みからサービス開始までの対応を行う。その後、10月7日からは他の一部店舗でも取り扱いを開始する予定だ。PPIHは当面、月間3000件の契約を目標としている。


MEGAドン・キホーテ成増店での店頭販売ブース(筆者撮影)

顧客接点の獲得が主な目的

今回のサービスは、MVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)のサービスとして展開される。MVNOとは、大手携帯キャリアから回線を借り受けて通信サービスを提供する事業者のことを指す。その中でも、大手キャリアよりも安価な料金プランを提供するMVNOのサービスは一般に「格安SIM」と呼ばれている。

PPIHは、MVNO事業者であるエックスモバイルと提携してこのサービスを展開する。ここで重要なのは、PPIHが直接MVNOとして参入するわけではないという点だ。

エックスモバイルが通信サービスの提供や技術面を担当し、PPIHは「マジモバ」というブランド名でサービスを企画し、自社の店舗やウェブサイトで販売する。つまり、PPIHは通信事業者としてではなく、自社顧客向けの新たなサービスとして「マジモバ」を展開するのだ。


店頭でSIMを販売するスタッフは当初はエックスモバイルが派遣する。研修を実施してドン・キホーテのスタッフも販売現場に投入する方針だ(筆者撮影)

このアプローチは、通信業界への本格参入というよりは、PPIHのアプリ「majica」ユーザー向けの顧客サービスの一環としての位置づけだ。PPIHの上席執行役員、森谷氏は「利益重視の新事業ではなく、お客様との継続的な接点を作り出すためのCRMの装置と捉えている」と説明している。

小売業ではイオンモバイルが自社でMVNOとして展開し、スマホと回線を販売している例もあるが、PPIHはそこまで踏み込まず、サービス運営はエックスモバイルに委託する形で行われている。

格安SIM事業は、収益性の面で課題を抱えている。その主な理由として、大手キャリアから回線を借りる仕入れコストの高さが挙げられる。この費用は年々逓減傾向にあるものの、依然として収益を圧迫する要因となっている。

加えて、格安SIM市場は激しい価格競争に陥りやすく、顧客獲得のために常に低価格を維持する必要があるため、結果として利益率が低くなる傾向にある。さらに、自社で通信インフラを持たないため、サービスの差別化が難しい点も課題だ。品質向上や独自の付加価値をつけにくく、価格以外での競争力を持ちづらい状況にある。

既存ビジネスと連携するMVNOが生き残る?

PPIHの今回の動きは、小売業界における新たな顧客獲得戦略の一つとして注目される。通信サービスという新たな切り口で顧客との接点を増やし、既存の小売事業とのシナジーを模索する試みだ。一方で、格安SIM市場の厳しい競争環境や収益性の課題を踏まえると自然なアプローチと言えそうだ。

この「既存事業と連携したMVNO戦略」は、実はPPIHに限った動きではない。旅行業界大手のHISグループも、同様の取り組みを始めている。HIS mobileは9月5日、新たなプランを発表した。このプランは、単なる通信サービスの提供にとどまらず、HISグループの強みを活かした特典を付与することで差別化を図っている。

具体的には、ハワイのトロリー乗り放題パスの無料提供など、MVNOの月額料金以上の価値があるサービスを特典として用意しているのが特徴だ。これは、HISグループが既に保有している観光資源やサービスを、新たな形で顧客に提供する試みと言える。HISモバイルは、こうした戦略を通じてHISグループの新たな顧客接点を生むMVNOとして、事業を加速しようとしている。


HISモバイルの社長、猪腰英知氏(筆者撮影)

将来的には、HISモバイルのユーザー限定で、通常より安価に観光サービスを提供するなど、新たな顧客接点として活用したい考えだ。旅行と小売りと業界は異なるものの、既存事業とMVNOを連携させ、新たな顧客価値を創出しようとする戦略は似通っている。

このように、既存ビジネスと連携するMVNOの登場は、通信業界だけでなく、小売や旅行など他の業界にも波及し始めている。今後、こうした異業種からのMVNO参入がさらに増加し、業界の構造を変える可能性もある。通信事業者としての収益性よりも、本業とのシナジーを重視する“異業種MVNO”は、格安SIM市場の競争環境を大きく変化させる要因となりそうだ。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)