もう老後の心配はありません…。55歳会社員「年金の上乗せ対策は完了」と余裕の笑みを浮かべていたが…突然の胃がん発覚を機に「家計破綻の危機」に陥ったワケ
投資が以前よりも身近になり、「足りない老後資金を投資で補完しよう」といった話を聞くことが増えました。しかし、きちんとした知識もなく甘い誘惑に踊らされて投資を始めて判断を誤ると、後悔をすることになるかもしれません。本稿では、投資を始めたものの予期せぬ出来事をきっかけに将来設計が大きく揺らいだ石丸さん(55歳・仮名)の事例をもとに、FPの青山創星氏が「投資のポイントと注意点」について詳しく解説します。
老後への焦りから投資を開始。「これで安泰」と笑顔を浮かべたが…
石丸元気さん(仮名・55歳)は、中古車販売会社で営業職として働く普通のサラリーマンです。妻と高校2年生の長男、中学3年生の長女との4人暮らしで、幸せな生活を送っていました。
一方で石丸さんには悩みもありました。石丸さんは、あと5年で60歳の定年を迎える予定ですが、晩婚だったため、お金のかかるライフイベントの山場がまだまだ続きます。65歳までは嘱託で働くつもりですが、給料は半減する見込み。住宅ローンの返済や子どもたちの教育費、自分と妻の老後資金の準備に頭を悩ませる日々でした。
65歳から受け取る年金見込み額は、このままいけば夫婦で月27万円程度。高齢夫婦世帯でいうと平均以上の金額ですが、石丸さんの場合は、下の子が大学を卒業するのが62歳のとき。そのため、老後は普通の生活はできても贅沢は望めないだろうと感じていました。
そんなとき、「大学時代の同級生が投資で大儲けしてFIRE(早期退職)したらしい」という噂を耳にしました。それを聞いて「これだ!」と思った石丸さん。投資がゆとりの老後を叶えてくれる救世主だと考えたのです。
石丸さんはさっそく行動に出ます。「新NISAを使うとお得」という情報はメディアを通して耳にしていたので、急いで新NISAの口座を開設。それまで地道に貯めてきた預金を解約して、成長投資枠で投資信託を240万円分満額購入し、つみたて投資枠も投資信託で毎月10万円の積立設定をしました。
さらに「新NISAもiDeCoも両方使うのがベスト」という情報を信じた石丸さんは、会社に企業年金がないことから、iDeCoも上限額の月々2万3千円を積み立て始めました。
「これで先々も安泰だ。うまくいけば老後に夫婦で世界一周のクルーズも可能かもしれないぞ。年金の上乗せ完了!」そう微笑んだのでした。
しかし、突然の出来事が起こりました。会社の定期健康診断をきっかけに、石丸さんに胃がんが見つかったのです。
まさかの「胃がん」発覚。基本給が低く保険も未加入で不安が襲い掛かる
石丸さんの生活は、胃がんの診断を受けたことで一変しました。手術は無事に終わりましたが長期療養が必要となり、仕事への影響は避けられません。中古車販売の営業職としてそれなりの収入はありましたが、石丸さんの収入の大部分は営業インセンティブによるものでした。基本給は低く設定されており、残業や休日出勤をこなし、さらに営業成績を上げることで、それなりに余裕のある家計を維持していたのです。
しかし、療養期間中は、そのような働き方は到底不可能ですし、完全に本調子に戻るには時間が必要です。「このままでは、収入がかなり減ってしまいそうだ……」石丸さんは不安に駆られました。住宅ローンの返済、子どもたちの教育費、日々の生活費。これらの支出はこの先も変わらず続きます。
そんななか、石丸さんは自分の投資状況を改めて確認しました。新NISAの成長投資枠で購入した投資信託は、240万円で買ったものが200万円まで下落していました。「増えることしか考えていなかった…このタイミングで売ったら損しただけになってしまう」と、売却の踏ん切りも尽きません。
つみたて投資枠で毎月10万円積み立てている世界株投信も、思うような成果が出ていません。iDeCoの毎月2万3千円の掛け金も、今の状況では大きな負担に感じられました。
投資を始めたときの高揚感は影を潜め、代わりに後悔の念が湧き上がります。「今はこの程度でも、この先もっともっと減るかもしれない」「保険をしっかりかけておくべきだったのかも」「貯金をもっと残しておくべきだった」……様々な思いが石丸さんの頭のなかを駆け巡ります。
妻は近隣のスーパーマーケットで事務職として働いていますが、その収入だけでは家計を支えきれません。「最悪の場合、家を売らなければならないかもしれない」という現実が、石丸さんの心に重くのしかかります。
投資の本質と危機管理の重要性
投資に人生の夢を託したつもりが、実は大きなリスクを背負っていたことに気づいた石丸さん。しかし、ここで諦めるわけにはいきません。家族のために、そして自分の将来のために、何かしらの対策を講じなければなりません。
そこで、友人の紹介でFPの永瀬財也さん(仮名)に相談することにしました。
永瀬さんは石丸さんの状況を丁寧に聞いたあと、まず投資と投機の違いについて説明しました。「石丸さん、あなたがやっていたのは投資ではなく投機に近いものです。短期的な利益を追求する投機は、ほとんどの場合、プロでさえ長期的には負けてしまうんです」
石丸さんは驚きました。永瀬さんは続けます。「投資には基礎知識が不可欠ですし、投資に回すのは余剰資金が鉄則です。目的別に資金を区分することが重要です。日常生活費や緊急時の資金は預金として持っておくべきですし、住宅費や教育費など中期的な特定の目的のための資金は安全性を重視した運用が必要です」
新NISAやiDeCoについても、永瀬さんは重要なポイントを指摘しました。「これらは税制優遇があり有利な商品ですが、iDeCoは60歳まで引き出せないことを忘れてはいけません。また、投資信託を選ぶ際は、初心者の方にはリスクを抑えてコストも安いインデックス型が有力な選択肢となります」
実は、石丸さんはつみたて投資枠ではインデックス型(世界株)の投資信託を選んでいましたが、成長投資枠で選んだのはアクティブ型の投資信託でした。しかし、ろくに勉強をせず勢いで投資を始めた石丸さんは「アクティブ型」と「インデックス型」の違いもよくわかっていなかったのです。永瀬さんにその違いを聞き、ようやく理解したのでした。
投資戦略や家計の見直しに着手
FPの永瀬さんとの対話から多くを学んだ石丸さんは、自身の投資戦略を根本から見直すことにしました。
まず、新NISAの成長投資枠で買ったアクティブ型の投資信託については、すべてを処分して預金に移し、緊急時の資金に充てることにしました。つみたて投資枠の投資信託の設定は、世界株の毎月10万円から無理のないバランス型の3万円に変更しました。
iDeCoの掛金は、当面の間、最低額の5,000円に減額しました。「将来のための備えは大切だけど、今の生活を壊してまでする必要はない」と石丸さんは判断しました。
「掛金をゼロにすることも可能ですが、手数料がかかり続けるというデメリットがあります。また、最低金額でも掛け続けると、引き出すときに税金が優遇される退職所得控除の控除枠が増えてお得です」と永瀬さんから聞いてこの金額にしました。さらに、家計の見直しも行いました。
「投資だけでなく、支出の管理も重要だと気づきました。家族にとって緊急事態と言える状況ですから、協力して家計を見直してできる限り無駄な出費を削減することにしました。妻も勤務日数を増やしてくれたんです」
65歳からもらえる年金も、収入減が続けばこれまで見込んでいた金額よりも減る可能性が高くなります。しかし、まずは健康の回復を最優先にしようと決めました。
経験から得た教訓とは?
石丸さんは、「投資において重要なのは、損失を避けることだ」という永瀬さんから教わった投資の神様ウォーレン・バフェットの言葉を思い出していました。
友人の儲け話を聞いて、リスクを考えず利益ばかりを求め、たくさんのお金を投資に回してしまった自分の欲深さを反省していました。投資では確実にもうかることはない、どうやって損失を避けることができるかというリスクのコントロールが最も大事だと思い知らされました。
石丸さんは最後にこう話しました。
「この経験を通じて、お金の管理だけでなく人生の優先順位についても深く考えることができました。どうしても厳しければ家を売ってもいい。自分の家族の健康と幸せが何より大切だということを改めて実感しています」
1. 投資と投機の違いを理解する
- 短期的な利益を追求する投機はリスクが高い
- 投資は長期的な視点で行うべき
2. 基礎知識の重要性
- 投資を始める前に、十分な知識を身につける
- 必要に応じて専門家(FP等)に相談する
3. 資金の目的別管理
- 日常生活費と緊急時の資金は預金として確保
- 中期的な目標のための資金は安全性を重視
4. 投資制度・商品の特性を理解する
- 新NISAやiDeCoは、税制優遇だけでなく、リスクや制約も把握
- iDeCoは60歳まで引き出せないので、一時的に掛け金額を無理のない金額に下げるという選択肢もある。但し、引き出し時の税金優遇(退職所得控除枠を広げる)のためには、可能であれば最低額(5千円)でもかけ続けるとよい
- 初心者にはアクティブ型よりもバランス型やインデックス型の投資信託が適している
5. リスク管理の重要性
- 資産分散や時間分散(積立)によりリスクをコントロール
- 投資だけでなく、事情に応じて適切な保険加入も検討
- 特に突発的理由により収入での生活ができなくなることへの補償は、所得補償保険も選択肢
6. 定期的な見直し
- 投資計画は定期的に見直し、必要に応じて調整
- 家計の支出管理も併せて行う
7. 人生の優先順位を考える
- お金は重要だが、家族の健康と幸せが最優先
- 投資は人生を豊かにするための手段であり、目的ではない
以上の点を踏まえ、慎重かつ賢明な投資行動を心がけることが、長期的な資産形成と豊かな人生につながります。
青山 創星
ファイナンシャルプランナー