火星は太陽系の惑星の中でも比較的地球に近い環境を持っており、将来的にテラフォーミングが実現して人類の入植地になるのではないかという期待もあります。「火星をテラフォーミングするならどのような植物を持ち込むべきか?」を検討した新疆生態地理研究所の研究チームは、コケの一種が有力な候補だと主張しました。

The extremotolerant desert moss Syntrichia caninervis is a promising pioneer plant for colonizing extraterrestrial environments: The Innovation

https://www.cell.com/the-innovation/fulltext/S2666-6758(24)00095-X



This Plant Is So Extreme Scientists Think It Could Thrive on Mars : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/this-plant-is-so-extreme-scientists-think-it-could-thrive-on-mars

陸上がほとんどの生物にとって暮らしにくい環境だった太古の地球において、コケはいち早く陸上へ進出した植物の一種でした。コケは岩からしみ出したり岩の上を流れたりする栄養素をうまく吸収する能力を持っており、他の生物が暮らせないような厳しい環境でも耐え忍ぶことができたため、最終的に他の生物が生息できるような土壌を生み出しました。

現代のコケも厳しい環境で生き抜くための遺伝子を持っているため、一部の科学者らはコケを利用して火星などの惑星をテラフォーミングし、他の植物や動物が生きるための基礎を築けるのではないかと考えています。



研究チームは火星のテラフォーミングに適したコケの候補として、「シントリキア・カニネルウィス(Syntrichia caninervis)」という世界中の砂漠に生息するコケに注目しました。シントリキア・カニネルウィスは中国やシベリア、アメリカなどの砂漠に加えて、チベットや南極付近の厳しい環境にも生息しているとのこと。

例えば、新疆ウイグル自治区の北部を占めるグルバンテュンギュト砂漠はセ氏-45度〜65度と非常に気温の差が激しく、相対湿度は最低で1.4%まで下がる非常に乾燥した気候です。それにもかかわらず、グルバンテュンギュト砂漠は他のどこよりも高い密集度でシントリキア・カニネルウィスが生息しています。

研究チームは、実際にシントリキア・カニネルウィスを極限の環境にさらし、どのような反応や回復力を見せるのかを調べる実験を行いました。

まず、シントリキア・カニネルウィスを風に当てて極端に乾燥させる実験では、水が失われるにつれて緑色だったシントリキア・カニネルウィスが黒色に変色していきました。しかし、99%以上の水分が失われた状態からでも、水を与えれば即座に水分含有量が回復し、再び緑色に戻りました。また、光合成をする能力は乾燥と共に減少しましたが、これも水を戻せば回復したとのことです。



さらに、長期間にわたる凍結状態を生き延びられるかどうかを調べた実験では、実際に超低温冷凍庫を使って「-80度で3〜5年」、液体窒素タンクで「-196度で15〜30日」にわたり凍結状態のまま放置しました。

これらの低温処理をシントリキア・カニネルウィスは生き延び、通常の生育条件下に戻すと5日〜15日で回復し始めました。



さらに、シントリキア・カニネルウィスにガンマ線を照射する実験では、500〜1万6000Gy(グレイ)という高線量のガンマ線が照射されました。なお、ヒトであれば1.5Gyの放射線を吸収すると死亡する可能性が出てくるとのこと。

この実験でも、シントリキア・カニネルウィスはヒトの致死量を大幅に上回る最大4000Gyまで耐えることが可能でした。



さらに、気圧や二酸化炭素濃度、気温の変化といった条件を火星の中緯度と同程度にした環境にさらされても、シントリキア・カニネルウィスは生き延びることができました。

研究チームは、「地球外惑星に自給自足の居住地を作るには、まだ長い道のりがあります。しかし、私たちは火星で生育するパイオニアになる植物として、シントリキア・カニネルウィスの大きな可能性を実証しました。将来的にはこの有望なコケを火星や月に持ち込んで、宇宙空間における植物の植民地化と成長の可能性をさらに検証できると期待しています」と述べました。