金石昭人さん [撮影]=戸張亮平

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 広島、日本ハム、巨人で通算72勝、80セーブを挙げたピッチャーとして20年、オールスターゲームや日本シリーズも経験して、年俸も1億円を超えた。引退後は都内に寿司屋と鉄板焼きのお店を開いて25年、今も客足が途絶えることはない。プロ野球選手としても実業家としても花を咲かせた金石昭人さんに、セカンドキャリアの心得を語ってもらった。(前後編の後編)

――― 引退後のことを考えるようになった、きっかけを教えていただけますか?

 プロ野球選手として20年、いつまでも野球ができるわけじゃないんだなと考え始めた頃、初めてこれから先は何をしようかと考えるようになりました。じつは現役の頃、ある人に「金石さんは知り合いが多いから食べ物の商売でもやったらどうですか」と言われたことがあって、その言葉がずっと頭の中に残っていたんです。僕は野球をやりながら全国のいろんなお店を食べ歩きましたから、そういうお付き合いを長く続ける仲間はたくさんいました。そんな仲間の一人が、今の『鮨かねいし』の大将です。

――― それが始まりだったのですね。

 不思議なことに、大好きなお寿司を食べられるお店を自分でやろうかなと思っていた時、行きつけの寿司屋の大将がお店を畳むという話を聞いて、だったら一緒にやらないかという話がトントン拍子に進んで……すべてはタイミングなんですよね。プロ野球選手のセカンドキャリアとして飲食業は難しいと言われますし、実際、難しいんですが、そこは仲間とタイミングがあってこそだと思います。自分で寿司を握れるわけじゃないし、職人さんがいなければ何もできません。そう考えると、僕はスタッフに恵まれていたと思います。



 店の屋号に金石の名前をつけたからには、自分が顔を出せる範囲内でやろうと思っていました。金石が店を出すと聞けば、一度は行ってみようと思ってくれる人は少なからずいたと思うんです。そういう人にリピーターになってもらうために大事なことは、味、おもてなしの心、厳しい目の3つです。

◆ 味、おもてなしの心、厳しい目

――― 大切にしている3点について、それぞれどのように重要だと思われますか?

 まず、美味しいと思ってもらえなければ2度目はありません。そこは僕がお寿司が大好きですから、自分で美味しいと思うことが一番です。実際、僕は客として自分のお店でお寿司を食べて、自分の舌で味を確かめて、代金を支払って帰りますからね。高いなと思ったら、やっぱり2度目はないでしょう。それで1度きりになるなら、その半分のお金で2度、3度と来てもらったほうがいいに決まってますからね。

――― お客さんの目線でお店を見ているということですね。

 そうやって客としてお店に来れば、「旬のものを食べたい」とか「産地から直に仕入れた珍しい魚を食べたいな」とか、寿司好きとしての自分の願いを大将に伝えることができます。つまり、お店は自分の家の食卓なんですよ。自宅にお客さんを招いて、喜んでもらいたい……そのおもてなしの心が僕の店の原点にあります。僕が食べて美味しいなら大丈夫だという感覚が、商売としてのお店を成り立たせるためのノウハウになると思っています。



 だから、お客さんが喜んでくれるかどうかは厳しい目でチェックしなければなりません。一口食べた瞬間、美味しいか不味いかは必ず表情に出るんです。それを見るためには僕がお店にいなければなりませんし、人任せにするお店を何軒も広げてしまったらお店に顔を出せなくなってしまいます。僕は自分の目が届く範囲でお店をやってきましたし、これからもそうするつもりです。お客さんやスタッフが僕のところに集まってくれるとしたら、それって「金石のところなら行きたい」と思ってくれるからでしょう。僕の野球人生、ずっと補欠で下積みが長かったから、上から目線でものを見ない、というところは染みついているかもしれません。実際、お店を支えてくれているのは周りの人です。僕が寿司を握ったり、お好み焼きを焼くわけじゃない。僕ができるのは、お客さんのテーブルに顔を出して「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と挨拶することだけです。

 そういうお店にいつもいるのが小っちゃい人間だったら、いいスタッフ、いいお客さんは集まらない。僕がサインをする時、色紙に書く『大い成る心』を大事にしてきたからこそ、お店にみんなが集まってくれるんだと思っています。ドンと構えて、いちいち細かいことを気にしない。何事もいい方へ、いい方へ持っていくように考える。プロ野球選手を20年、飲食業を25年……ごく自然に、みんなが行きたいと思える場を用意したいと思ってきたから、ピンチの時にタイミングよく人が集まってくれたのかな。今は、お店に昔馴染みのお客さんがひょっこり訪ねてきてくれて、それで美味しい、楽しいと喜んでいる顔を見ることができたら、それが僕にとっては何よりも幸せなことですね。(終わり)

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取材=石田雄太

撮影=戸張亮平

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