選手年収は80万円、プロ野球の2軍にも入れない…ホリエモンが画策する「独立リーグで高給取りになる」唯一の方法
■NPBは堀江よりも三木谷を選んだ
2004年のことになるが、当時、ライブドア社長だった堀江貴文は仙台を本拠地とする「ライブドア・フェニックス」を設立して日本プロ野球機構(NPB)に入りたいと申請した。それを知った楽天の三木谷浩史も本拠地を同じ仙台として参入を希望した。
その結果、新球団を作ることができるのは楽天になった。現在の楽天イーグルスがそれだ。NPBは堀江よりも三木谷を選んだ。
その時から20年が過ぎた。
堀江は現在、プロ球団「北九州下関フェニックス」のオーナーになっている。ライブドアの時と同じ球団名のチームオーナーだ。本拠地は福岡県北九州市と山口県下関市である。
北九州下関フェニックスが設立されたのは2021年で、翌22年から九州アジアリーグに属し、試合を行っている。同リーグのシーズンは3月末から10月。加盟チームは北九州、熊本、大分、宮崎の4チームで、準加盟チームが佐賀だ。参加している球団は年間に70から80の試合を戦う。また、NPBソフトバンクの3軍、4軍とは交流戦を行っている。
■プロ野球ビジネスは「まだまだ変えようがある」
さて、北九州下関フェニックスの社長は別にいて、現在は竹森広樹が務めている。総監督は元ロッテでメジャーリーグにもいたことのある西岡剛だ。
設立時の会見で堀江は「プロスポーツは裾野が広がれば広がるほどレベルが上がっていく」「夢のアイデアより現実的なアイデアをたくさん実行する」と語った。
ラジオ番組に出演した際は次のように話している。
「エンタメって毎日できるのが理想です。すごいと思うのは野球は毎日できること」
「(プロ野球は)試合数も増えて、ネットで(見てから)見に行く。そこはポイントで、SNSとかネットで情報が拡散できるようになったので、“今晩行こうよ!”が可能になったんです。携帯メールが出てきたからです」
ウェブメディア「MINKAB」(6月6日)では、プロ野球ビジネスについて、「まだまだ変えようがある」と語っている。
「アメリカのメジャーリーグ(MLB)は確かに人気ですが、他のアメリカのスポーツリーグであるNFL(アメフト)やNBA(バスケ)などと比較すると、ビジネスとしての規模は小さいです。実は、NPB(日本の野球)とMLBで、そんなに球場への来場者数は変わりません。
それでも、大谷翔平選手は、あれだけの年俸をもらえるわけじゃないですか。その一つの理由として、放映権をサブスク事業者に売っているから、というのが大きいんです。特に、プレーオフやワールドシリーズの放映権は高値で売れます」
■天然芝で、大型ビジョンを備える「フェニックス」の本拠地
「日本の野球をみても、パ・リーグの放映権は一本化できている一方で、セ・リーグはまだ一本化すらできておらず、だから放映権をまとめて売ることすらできていない状況です。『パ・リーグTV』はあっても、『セ・リーグTV』はないですよね。本当は、セ・リーグも放映権を一本化して、日本シリーズの放映権をサブスク事業者に高値で売るべきなんです。
これも、日本の野球オーナーたちにサラリーマン経営者が多いことの弊害です。僕が球団を買収しようとしたときも、渡辺恒雄さんというサラリーマン経営者は、球団を減らそうとしましたよね。本当は、球団を増やすべきだったんです。メジャーリーグは今も球団数を増やそうとしているのに、日本の野球界は既得権益に縛られていて、それができません」
さて、今年の5月末、わたしは北九州下関フェニックスが試合を行っているオーヴィジョンスタジアム下関へ出かけていった。球団社長の竹森広樹に話を聞くためだった。
同球場は収容人員が2万5000人、天然芝で、ナイター照明の設備も完備している。フルカラー大型ビジョンもある。郊外にある球場だけれど、設備は整っている。ただし、観客は多いとはいえなかった。フェニックスは下関も地元だから観客席のうち半分は埋まっていた。しかし、試合相手の大分Bリングスの観客席は空いていた。大分から下関までは遠いということなのだろう。
■野球経験ゼロから球団経営を引き受けた
フェニックスの試合相手が福岡ソフトバンクホークスの3軍、4軍で、しかも休日であれば球場が下関であっても、多くの観客が来るという。NPBに属するチームには観客動員力がある。
竹森の本業は北九州のパチンコ・スロットチェーンだ。学生時代から「パチンコが大好き」だったから、経営するまでに至った。野球にはちっとも詳しくなかったが、堀江に魅了されて、球団経営を引き受けた。丸顔の人のいいおじさんである。
【竹森】パチンコ・スロット店「ベガ」グループの経営をやっています。私はパチンコ店に勤めていたのですが、そこが倒産した時、投資家から「竹森くん、社長をやったらどうか」と勧められて、今に至ります。横浜にも店舗があるので、全部で4店舗です。
堀江さん、とても魅力的じゃないですか。堀江さんの思考を深く知りたくて社長を引き受けました。初めてお目にかかった時、圧倒的な頭脳だな、と感嘆しました。知識に対して貪欲だし、先のことを見ている。それで、堀江さんのオンラインサロンに入会したんです。
■最初の大仕事は「魅力的な監督を探すこと」
2021年、堀江さんが「福岡県の野球の権利を手に入れたけど、やりたい人は?」と。
私はすぐ「お手伝いします」と言ったんです。学生時代はバドミントン部ですし、野球のことは知りません。でも、堀江さんが僕の地元の福岡県で何かやってくれるなら手伝いたいと思った。
当時、実際にフェニックスの経営をしたのはオンラインサロンの若いふたりでした。久留米の社会人チームを獲得しようとしたけれど、断られてしまったり、マスコミから派手に叩かれたり。それで疲れ果てた若い社長がやめてしまった。
次に、久留米でなく北九州でチームを立ち上げることになりました。そうなれば仕事もしていて、しかも、ここに暮らしている自分が何かをやらなくてはならない。それで社長になったんです。
今、堀江さんと直接会って話をするのは2カ月に一度くらい。それ以外はオンライン会議でやってます。
僕が社長になって最初にやったことは監督を連れてくること。堀江さんが「監督は大切だからネームバリューが必要だ。プロ野球の有名人をよろしく頼む」と。
何人かの球界OBに連絡をとってはみたものの、まったく無理でした。しかしその過程で今の総監督の西岡さんを紹介され、やっと引き受けていただいた。
西岡さんはレジェンドです。西岡監督に決まったとたん、「野球を教わりたい」という選手が10人、やってきました。ありがたかったです。
■5チームのトップになっても、NPBには入れない
これは堀江さんも思っていることですが、野球ってキングオブスポーツなんだなと痛感しています。
たとえば私の大好きなバドミントンで全国で30番目に上手だからといっても、まったく稼ぐことはできません。一方、野球で全国で30番目に上手だったら、年俸1億円はもらえると思うんです。やっぱりキングオブスポーツです。
〈北九州下関フェニックスが参加している独立リーグはチーム優勝したからといって、NPBへ入ることができるわけではない。まったく別個の組織だ。サッカーであれば地方の新興チームであってもJリーグの傘下だ。下部リーグで優勝したら、次の段階に進み、最終的にはJ1に昇格することができる。
ところが日本のプロ野球界はそうではない。NPBはこれ以上、1軍のチームを増やすつもりはない。独立リーグのチームをNPBに受け入れる気もない。
そこで、独立リーグのチームは自分たちの道を模索するしかない。
堀江、竹森はNPBがやらないようなスポーツエンタテイメントを考えている。新しい施策を行い、アジアのチームを加えてリーグの国際化を考えている〉
■“本拠地被り”では2軍にすら入れない
【竹森】日本のプロ野球界は問題が多いんです。独立球団は今、全国に30チームあります。NPBの3軍、4軍と交流戦はできますが、1軍、2軍とはできません。完全に地位が下なんです。
今年、新潟と静岡のチームがNPBの2軍と試合ができることになりました。静岡の「くふうハヤテベンチャーズ」、新潟の「オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ」です。しかし、彼らもまた1軍には行けません。NPBは1軍のチームを増やす気がないからです。
堀江は反対でしたが、私は北九州下関の方々に喜んでもらうべく、新潟や静岡と同じようにNPBの2軍を目指そうと思ったのです。しかし、これもまた規約があって、「NPBチームの本拠地がある県では新規参入は認められない」のです。
福岡県にはソフトバンクがあります。山口県には岩国市に広島カープの2軍本拠地があるからダメ。福岡と山口を本拠地にしているからNPBの2軍に入ることはできません。独立リーグにいるしかないのです。
うちのチームは昨年、2位でした。優勝は熊本の火の国サラマンダーズ。リーグで優勝した熊本は2023年、2022年と独立リーグ日本一決定戦で連続優勝しています。しかし、そこでおしまい。上に行けません。独立リーグのチームには出口がない。選手たちはドラフトでNPBへ行けるのですが、そこまでですね。ですから、堀江さんと一緒にこのチームをアジアに持っていこうと話しています。
■「年収80万円」独立チーム選手の給料事情
堀江が買収した福岡県のCROSS FMが従来のFM放送局とは違うことをやっているのと同様、フェニックスもまた新しい試みを導入している。
【竹森】DJ・GINTAさんというインフルエンサーを1日監督にしてゲームをやりました。こういうのはNPBではできないでしょう。
堀江は野球全体をエンタテイメントとして楽しんでもらおうと考えています。私も野球を知らなくても球場に来た人が楽しめるようにしたい。球場の外でバンドの演奏をやったり、チアのダンスを楽しんでもらったり、屋台を並べてフードフェスをやったり……。芝生でバーベキューができるとか、サウナと温泉を併設するとか。北海道のエスコンフィールドみたいにしたい。
また、掘江は「サッカーみたいに球場を経営者の社交場にしよう」と言っています。堀江がヨーロッパへサッカーを見に行った時、サッカー場が社交場になっているのを見たんです。そこにはVIPの部屋があって地域の社長たちが集まって情報交換をやり、新しい事業を生み出していた。それはやります。
地域貢献にも力を入れています。選手たちは率先して試合や練習の合間に地域の清掃活動、小学校や介護施設の訪問などをやっています。地域の祭りにも参加します。彼らの給料は月10万円が平均。シーズンが8カ月しかないから年収は80万円です。
■NPB入りを諦め、社会人野球を目指す選手も
スポンサーから用具をいただいたりはしますが、バットだけは自分で買わなくてはならない。給料が10万円の選手が試合に出て、バットを折ったとします。バットは1本で2万円はするから、その月のお小遣いはそれでおしまい。応援してくれるスポンサーを探すのも私の仕事ですので、スポンサー紹介をぜひよろしくお願いします。
野球教室もやりますよ。ただ、プロアマ規定という日本学生野球憲章が定めた規定があるから、現役のプロ選手が高校生、大学生を教えることはできない。中学生までは教えてもいい。だから、中学生までの野球教室は年中、やっています。野球の試合が終わった後、子どもたちを教える場合は地域貢献活動として無料ですが、通常の開催時はお金を取ります。
そうでないと、選手たちは生活できませんよ。選手たちはNPBを目指しているのですけれど、なかなか簡単ではありません。今では安定志向で社会人野球を目指す選手も増えました。
地域貢献、野球教室、球場におけるエンタテイメント化……。球団がやっている新しい施策は他のチームでもすでに手掛けている。
わたしが「それ以外に何かありませんか」と訊ねたら、竹森は「アジア、アジアマーケットです」と言い切った。
■独立リーグのビジネスを成功させるために
【竹森】うちが加盟しているのは九州アジアリーグです。九州という地の利がありますから、私はアジアとアジアマーケットを見据えて球団を成長させていくしかないと思っています。堀江も賛成しています。
「NPBは結局、日本のことしか見ていない。野球はアジアではそれなりに好かれているスポーツだから、アジアマーケットを見ないとダメだ」
確かに、台湾、韓国、中国、フィリピン、インドネシアは野球がさかんです。まずはそういった国々と交流して、試合もやっていきます。
たとえば、うちの球団も、僕のような日本人が社長でなくともいいんですよ。半導体世界大手のTSMCなど日本の大企業よりも大きな会社がアジアにはいくつもあるのだから、そこに協賛してもらい、台湾の人が社長になってもいいわけです。アジア、アジアマーケットが何よりも僕らの強みです。
九州アジアリーグは今年から、準加盟で佐賀が入りました。「佐賀インドネシアドリームズ」には特徴があって、インドネシア、フィリピン、シンガポール、スリランカ、日本の選手が所属していて、選手の半数はインドネシア人。佐賀の武雄嬉野を本拠地にしています。
佐賀インドネシアドリームズみたいな方向性はうちでも考えられます。現在も韓国やドミニカの選手が在籍していますが、多くのアジア人選手に入ってもらおうとも考えています。
堀江は言ってます。
「外国から人を連れてくるとか、就労させるとか上から目線じゃ長く働かないだろう。普通に一緒に働く。普通に一緒にビジネスするという感覚が大事なんだ」
私もそれが当たり前だと。選手やスポンサーに来ていただき、対等に商売をやっていきたい。それが新しいプロ野球ビジネスになると思ってます。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)