無愛想でクールすぎる科捜研の若きエースが活躍する鑑定ミステリー『科捜研の砦』

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 テレビドラマの影響で一般認知も高い「科捜研(科学捜査研究所)」。あくまでも科学的な見地から事件の捜査および鑑定を行う組織とあって、フィクションの世界でも熱血刑事とは一味違うクールさが印象的に描かれるもの。第171回直木賞候補作となった『われは熊楠』など次々と話題作を刊行し続ける気鋭の作家・岩井圭也さんの新刊も、そんなクールな科捜研の技官が大活躍する鑑定ミステリー『科捜研の砦』(KADOKAWA)だ。

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 キーマンとなるのは、科捜研トップの鑑定技術力と幅広い知識を持ち、「科捜研の最後の砦」と呼ばれる土門誠だ。表情がほとんど変わらない驚くほど愛想のない人物だが、科学鑑定には並々ならぬ熱意を捧げ、遺体や現場に残された少しの違和感も見過ごさず、事件の背後にどれほど残酷な事実があったとしても必ず真実を追究する――クールすぎて何を考えているかもわからない不思議な男・土門の圧倒的な実力&存在感が、切れ味鋭い4つの連作短編でじわじわ沁みてくる。

 1話目は科警研(科学警察研究所)の尾藤宏香の視点で描かれる「罪の花」。千葉県警から彼女のもとに持ち込まれた依頼は、山中に数か所に分けてバラバラに埋められた謎の白骨遺体の鑑定だった。「ウチがわざわざ担当しなくてもいいのでは?」と若干投げやりな気持ちを抱いていた尾藤だったが、現場検証を担当した科捜研の若きエース・土門誠の鋭さに圧倒され次第に前のめりに。後日、一緒に遺体発見現場に向かったふたりはあるものを発見する――。

 泥酔した大学生三人が起こした深夜の交通事故について、事件を担当する捜査官の三浦を軸に描く第2話「路側帯の亡霊」。正体不明の粉末の解析のため研究協力体制にある東洋工業大学のキャンパスを訪れた土門と、大学講師の菅野が共に解析を進める中で、キャンパスで起こったもう一つの事件が明らかになる第3話「見えない毒」。科捜研から科警研の尾藤のもとへと持ち込まれてきた死因不明の遺体の鑑定依頼をめぐる第4話「神は殺さない」。

 何を考えているかわからない土門は時に相手をイライラさせるが、どんな時も全く動じない姿がむしろ頼もしく思えてきたり…。実は物語が進む中で、愛想がなさすぎる男だったはずの土門は尾藤の夫となり(なんと尾藤から迫ったらしい)、表情のちょーっとだけ緩む瞬間があったり、薄い表情でも激しい憤りが噴出している瞬間が垣間見えたりと、少しずつ人間味が出てくる(というか、土門というキャラがわかってくる)のも面白い。若きエースからベテランとなり、ついには恩師と火花を散らして対決する瞬間が訪れ……捜査官としての「強靭度」も増していく土門は、さらに最強になっていく。

 そして意外な結末が……とはいえ、それも含めて今後の展開に期待したくなるのは私だけではないだろう。クールすぎる科捜研の砦・土門誠。また新しいヒーローが誕生した。

文=荒井理恵