ドルーリー朱瑛里と久保凜 初出場の日本選手権で輝いたふたりの高校2年生ランナーが心に固めた今後への決意
ドルーリー(左)、久保ともに初出場の日本選手権で今後につながる走りを見せた photo by 岸本 勉
6月27〜30日、新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行なわれた陸上日本選手権(兼パリ五輪代表選手選考会)。女子中・長距離「期待の新星」と注目を浴びていたドルーリー朱瑛里(津山高・岡山)と久保凜(東大阪大敬愛高・大阪)のふたりの高校2年生は、併催されたU20日本選手権ではなく、オリンピックを目指す選手たちと同じ舞台に出場。今後への期待を大いに感じさせる走りを見せた。
ともに初挑戦となった日本選手権。
ドルーリー朱瑛里(しぇり)は1500mで7位入賞を果たしたが、「まだまだ全然だな、というところがあります。本当に不甲斐ないというか、悔しいレースになったなと思います」と厳しい自己評価をした。一方、800mで自身が持つU18日本記録を更新する2分03秒13で優勝した久保は、「狙っていたタイムに届かなかったので少し悔しい部分はありますが、初めての日本選手権で優勝という結果を残せたことは率直にうれしい」と笑顔を見せた。
結果は対照的なものになったが、ともに得るものは大きい大会となった。
先に登場したのは、1500mのドルーリーだった。大会初日に行なわれた予選では200m過ぎにオープン参加のヘレン・エカラレ(豊田自動織機)に前に出られたが、きっちり2番手で追走。2位集団でラスト1周(400m)の鐘を聞いて速いペースに切り替える。ラスト250m付近から苦しい表情になり、東京五輪出場の卜部欄(積水化学)などに抜かれ始めたが、最後のコーナーで後ろとの差を確認し、セカンドベスト(自己2番目によい記録)の4分16秒69で組6着になり決勝進出を決めた。
ドルーリーは今回、U20日本選手権ではなくシニアで戦うことを選んだ理由について、「今後につながる大会にするため」と説明。予選のレースを冷静に振り返った。
「6番以内(オープン参加選手含め、決勝進出順位のライン)に気持ちよく入ることを目標にしていました。7番とは差があったので、そこはしっかり明日に向ける、ということで走りきれました。調子もいいので、明日につながる走りができたかなと思います」
決勝の目標は、自己記録の4分15秒50の更新。「タイムを出せば順位もついてくると思うので、タイムも順位も狙いつつというところで、自分の走りに集中したい」と話した。さらに第一人者の田中希実(New Balance)との対戦にも「スピードに余裕を持って練習を積めているので、どこで仕掛けてきても対応できるようないいレースをしたい」と明るい表情で答えていた。
だが、翌日の決勝は、文字どおり五輪選考会レベルのスピードを目の当たりにすることになる。スタート直後から前に出た田中がペースメーカーのエカラレを利用して記録を狙うハイペースの展開を作り出し、ラスト300mは独走で五輪参加標準記録を突破する4分01秒44で優勝する力を見せつけた。そのなかでドルーリーは、4分11秒台を狙える第2集団の5〜6番手にポジションを取り、予選よりリラックスした冷静な走りをした。だがその後、第2集団の争いにおいて後れをとり、シニアの選手に突き放され、4分18秒16で7位という結果に終わった。
「位置取りもよくできて、気持ちよく1000mも通過することできました。今回のレースはラストの切り替えでどこまでいけるかを課題にしていましたが、そこで切り替えられなかったところがよくなかった」と反省する。
課題として挙げたのは「ラスト300mからの切り替え」。これは、日本高校記録4分07秒86の突破を目標にしたいという夏のインターハイ、その先のU20世界選手権でしっかり勝負したいという気持ちがあるからだ。
自己記録更新という目標は果たせなかったが、その悔しさとともに、世界で戦う田中が体現した「記録を狙う走り」を肌で感じたこと、シニア選手との競り合いを経験できたことは大きい。
「(田中との)差を少しずつでも詰めていきたいという気持ちも強くなった」と言うドルーリーはこのあと、7月のホクレンディスタンスで調整を兼ねて1本走り、7月28日からのインターハイに臨む予定。まずは、留学生たちとの勝負の場へ向けても、課題が明確になる大会になった。
ドルーリーは卜部(左)ら日本代表クラスの走りを体感した
800m決勝、久保は武器のラストスパートで勝ちきった
800mに出場した久保は今大会の走りで、大きな自信と次への意欲を掻き立てた。
6月29日の予選。「初めての日本選手権という舞台でしたが、自分は優勝を狙っているので、まずは予選をしっかりと1番でゴールすること目的に走った」と言うように、田中や卜部と同組になったが、プランどおりに最初から後続を引き離して前に出ると、400mを1分01秒で通過。その後、田中や卜部に追いつかれたが、ラスト100mからのスパートで再び突き放し、2分03秒60で余裕の1位通過。
「田中さんに迫られたのは場内放送でわかっていましたが、焦ることなく自分のリズムを保てました。全力で走ることを意識して、実際リズムよく走れていたので、もう少し余裕はあるかなという感じです」と気持ちの余裕も見せていた。
今年になって注目度も高まった。もちろん緊張はするが、それをあまり考えず気にしないようにしているというメンタルの強さの片鱗を見せたのは、翌30日の決勝だった。
レースでは、シニアの選手たちも意地を見せる走りをした。2分02秒57の日本高校記録を持つ塩見綾乃(岩谷産業)と自己ベスト2分02秒71の川田朱夏(ニコニコのり)が久保の前に出る展開に。
「予選のように自分が前に出ることも考えていましたけど、塩見さんが先に行ったのでそこは落ち着いて、レースプランを変えて走ることができました」
久保は、前方が空いている外側にポジションを取り、3番手で落ち着いて追走した。そして400mを通過すると外側から一気に先頭の塩見に競りかけ、そのまま併走でバックストレートに。550m付近ではそこに田中が外側から競りかけてきたため、久保は一時3番手になったが、「落ち着いてラストの250mぐらいから仕掛けると考えて走っていたので、田中選手が前に出た時は『絶対に、ここで抜かれてはいけない』と思った」と、ふたりの間に割り込むように、前に抜け出す気の強さを見せた。
その後は伸びのあるフォームで先頭の位置をキープ。最後の直線(ホームストレート)に入ってからは直近の数レースでも威力を発揮してきたラストスパートで後続との差を開き、2分03秒13でフィニッシュ。2位に上がった卜部に1秒13差をつける見事な勝ちっぷりだった。
「レース前は少し緊張もあったけど、この大きな舞台を楽しもうと、監督とも話をしていたので、楽しんで勝ちきることができてよかったと思います。大きな大会を勝ちきることができてうれしい気持ちのほうが大きいですけど、タイムを狙っていた部分もあったので、その部分は少し悔しかったかな......。高校記録更新とあわよくばパリ五輪の参加標準記録(1分59秒30)も考えていたので、その部分は悔しいです」
女子800mは、世界選手権には2022年大会で田中が日本人女子選手として史上3人目の出場。オリンピックにおける出場も、戦前の1928年アントワープ大会で銀メダルを獲得した人見絹枝、開催国枠出場だった1964年東京大会・木崎正子、2004年アテネ大会に現在も日本記録保持者(2分00秒45)の杉森美保と、世界に遠い種目だ。だが久保は、800mのみならず1500m、冬期には駅伝と幅広い種目に挑むことでレベルアップを図るなか、「800mという種目が好きだから、2分を切る選手になって世界で戦いたい」と言いきる。
「今年中には2分2秒(57)の高校記録を更新して、来年の試合では1分台という部分を目指して、というふうに頭に入っています。前半の400mからしっかりスピード上げて1分を切って入らないと(最終タイムが)1分台というのも無理なので、レース序盤からスピード(を上げ)、それをラストまで保てるように練習を積む必要があると思います。
(単種目の)400mも今は自己ベストが55秒0だけど、最初の入りを意識していかなければいけないので、もう少しタイムを上げて800mにつなげていきたいなと思っています」
同じ日程で行なわれた男子800mでは、高校3年の落合晃(滋賀学園)が予選で日本記録にあと0秒07に迫る1分45秒82のU20日本記録を更新。決勝では、目標に掲げていたパリ五輪参加標準記録(1分44秒70)突破はならず悔しさを露わにしていたが、積極的なレースを展開し2位に1秒10差をつける圧勝をしていた。今季、同じ近畿、同じ種目でともに記録を伸ばし続ける落合の存在も大きな刺激になっているという久保は、今後に向けての意気込みを力強い言葉で口にする。
「来年の東京世界選手権、4年後ロス五輪もありますけど、今日からその大会に向けて『絶対に出場する』という気持ちを持って、日々練習に取り組もうと考えています」
「日本人には無理だろうという思いを払拭したい」、そう言って田中希実が切り開き始めた中距離での戦い。
今回の日本選手権で高校2年のふたりは、その背中を追いかけ、追い詰めていきたいという気持ちを強くアピールした。