ベイスターズの下位指名選手はなぜ育つのか? 河原隆一が語るドラフト戦略と選手獲得秘話
河原隆一インタビュー(後編)
横浜DeNAベイスターズの河原隆一プロスカウティングディレクターは、アマチュア担当時代も含め10年以上に及ぶスカウト活動において、この仕事の醍醐味や面白さについて次のように語る。
「やはり獲得した選手が活躍することに尽きますね。たとえばドラフト上位選手が期待どおりの姿を見せてくれればホッとしますし、また下位指名で入った選手が想像以上に成長、活躍してくれると、この仕事の醍醐味を感じられます」
2012年からDeNA体制となったわけだが、チームが低迷していたこともあり、当時は、ドラフト会議で即戦力投手中心に上位指名してきた歴史がある。
首位打者を2度獲得するなど、セ・リーグを代表する強打者に成長した宮粼敏郎 photo by Koike Yoshihiro
これまで三嶋一輝(2012年/2位)や山粼康晃(2014年/1位)、石田健大(2014年/2位)、今永昇太(2015年/1位)、濱口遥大(2016年/1位)、東克樹(2017年/1位)、上茶谷大河(2018年/1位)などが上位指名され、チーム力の底上げに成功している。
「やはり当時はチームが弱かったので、球団としては1位と2位は大学か社会人の投手。なおかつ他球団と競合しない選手をピックアップしていきました。たとえば今永などは、学生時代に故障があったので大丈夫なのかという話もありましたが、そこはしっかりと調査をして獲得を決めています」
その後、投手が揃ってくるとDeNAは上位でも野手を指名するようになっていく。神里和毅(2017年/2位)や伊藤裕季也(2018年/2位)などがそうだ。
しかしながら、チーム事情とはいえあまりに上位に即戦力投手をピックアップしてしまうと、野手のボリュームがなくなり、長い目で見ると厳しい状況に陥ってしまうが、そこを補完したのがDeNAならではの下位指名の野手たちの成長だ。
その代表的な存在が、ともに首位打者を獲得した宮粼敏郎(2012年/6位)と佐野恵太(2016年/9位)である。
「社会人出身の宮粼に関しては、当時セカンドでしたが、他球団の評価も打つのはすばらしいけど守備に難があるというものでした。難しいところでしたが、球団としては、『とにかく打てるのであれば代打でも』というイメージで獲得したと思います」
その後の宮粼の活躍は言うまでもないだろう。35歳になる現在もその打棒は衰えず、守備でもサードでゴールデングラブ賞を獲得するまでに至っている。
河原氏はアマチュアスカウト時代、「セ・リーグだから、まずは守れなくてはいけない」という固定観念があったことを正直に告白する。
「どうしても私は、レギュラーを獲ることのできる野手は"攻守に長けた選手"というイメージが強かったんです。現有戦力と比較して、はたしてこの選手は勝てるのか。そうするとやはり守備に目がいってしまっていました」
佐野の獲得もそんなジレンマの渦中にあり、担当者は河原氏だった。
「明治大時代の佐野はファーストで、どうしてもそのポジションは外国人選手のものと考えがちです。しかし球団としては『打てるヤツはいないか。代打でもいいよ』という考えだったので、佐野を推薦したんです」
ある意味守備を度外視した一芸に秀でた打者という球団の判断は、ハードルを下げることになり、各スカウトの手札が増えたと河原氏は述懐する。
「スカウトたちの意識はそこでずいぶん変わったと思います。考えてみれば、野手は打てなければ試合には出られませんし、一軍に上がるのもファームに落ちるのも打撃の調子が左右します。そこでとにかく重要なのは"打てる打者"ということになり、スカウトたちの選択肢が増えたと思いますね。守備に関しては宮?しかり、試合に出続けることで、だんだんと磨かれていきますからね」
その後もDeNAは楠本泰史(2017年/8位)や蝦名達夫(2019年/6位)、梶原昂希(2021年/6位)というように、定期的に打撃センスが高い野手を下位指名で獲り続けている。
「まさに楠本は、バッティングセンスはどこのスカウトが見てもすばらしいと言うけど、当時は肩回りのケガもあって、スローイングに苦しんでいて評価を下げてしまった選手でした。ドラフトが始まると下位に残っていたので、ぜひ獲ろうということになりました。蝦名と梶原はとにかく身体能力が高く、いい部分を伸ばせれば戦力になるという判断でした。どの選手も想像を超える成長をしてくれていると思いますね」
宮粼や佐野といった下位指名でも球界トップクラスになった選手がいることで、DeNAの野手は下位指名であってもネガティヴな感覚を持ち合わせていない。楠本や蝦名、梶原、さらに昨年のドラフトで6位指名された独立リーグで2年連続本塁打王になった井上絢登(けんと)などに話を聞いても、「自分も宮粼さんや佐野さんのように」という言葉をよく口にし、チャンスをつかもうと日々努力している。
【近年は将来性豊かな高卒選手を獲得】DeNA体制も13年目となりドラフトの傾向も変化している。チーム力が充実してきた近年では、森敬斗(2019年)や小園健太(2021年)、松尾汐恩(2022年)といった将来性豊かな高卒選手を1位指名するなど新たなフェーズに突入している。
もちろん、獲得した選手全員が成功するわけではない。一方で、育成出身の高卒投手である宮城滝太や中川虎大(こお)が支配下登録され一軍でプレーするなど、興味深いことが起こっているのも事実である。
そういった状況で異彩を放っているのが、2017年に9位指名された捕手の山本祐大である。今季はチームのレギュラーとしての地位を固め、そして侍ジャパンにも選出されるなど、日に日に存在感を増している25歳。高校卒業後、独立リーグで1年プレーをしてプロになった山本だが、9位指名ということでチームとしても過度の期待はなかったはずだ。河原氏は当時を振り返る。
「山本はとにかく肩が抜群によかったんです。近年は松尾のように打てるキャッチャーといった選択をしていますが、当時は、とにかく肩が強いというのが選択肢として大きかったんです。肩の強さは持って生まれたものであり、鍛えても強くならない。バッティングは試合に出ていくうちによくなっていく素質があると見込んで、球団は山本を指名したんです。キャッチャーは身に付けることも多く、成長には時間がかかるものですが、本人の努力もあって山本は予想以上のスピードで成長してくれました」
下位指名の意外性。河原氏も冒頭で語っていたが、これこそがドラフトの醍醐味であろう。下位指名ばかりではなく、DeNAはアマチュア時代にケガをした選手を徹底的に調べ大丈夫だと判断したら積極的に獲得をしたり、ポジションがかぶっていても戦力となり得る選手だと思えばコンバートを視野に入れ積極的に指名し、また動作解析の専門家が選手の動きを分析して将来性を評価するなど、王道だけではない独自性のあるスカウト活動をしており、それがチームカラーに反映されているように感じられる。
「すべてはリーグ優勝、日本一になるためです。即戦力の指名はもちろん、数年後を見据えながらアマチュア選手しかり、プロ選手のトレードやFA、外国人選手の獲得など、打てる手はすべて打っていきたいと思います」
河原隆一(かわはら・りゅういち)/1971年8月10日、神奈川県生まれ。横浜商、関東学院大を経て、93年のドラフトで大洋(現・DeNA)を逆指名して1位で入団。プロ入り後は制球力に苦しみ、サイドスローに転向するなど試行錯誤を繰り返したが、2004年に現役を引退。引退後は横浜の球団職員に転身し、スカウトとして活躍。24年からはプロスカウティングディレクターに就任した。