河原隆一インタビュー(前編)

 プロ野球で"スカウト"といえば、まず思い浮かぶのがアマチュア選手をチェックするスカウトマンだろうが、近年「現役ドラフト」がスタートするなど、その重要性を増しているのが"プロスカウト"である。

 プロスカウトとは、他球団の選手をチェックし、現役ドラフト対策はもちろん、トレードやFAを迎える選手、また自由契約(戦力外)になった選手のデータを収集、精査し、獲得に向け奔走する立場である。

「ウチのチームの環境ならば輝くことができるであろう選手を、常日頃からチェックしています」

 そう語るのは、横浜DeNAベイスターズのプロスカウティングディレクターである河原隆一氏だ。


昨年オフ、オリックスを戦力外となり今季からDeNAでプレーする中川颯 photo by Koike Yoshihiro

【伊藤裕季也と森原康平のトレード】

 河原氏は現役時代、左のリリーフとして1998年の日本一に貢献すると、2004年に現役引退。その後、おもに球団のアマチュアスカウト業に従事し、2021年にスカウト部スカウティングディレクターに就任すると、アマとプロ双方の選手を最終チェックする要職を任され、今シーズンからはプロスカウト専任としてその手腕を発揮している。

 NPB12球団に所属する選手は、育成契約も含めると900人を超える。DeNAには現在、河原氏を含め4人のプロスカウトがおり、自球団で活躍できる可能性がある選手を調査しているという。

 もちろんFAでもない限り、レギュラークラスや将来を嘱望されている選手を獲得するのは簡単な作業ではない。

 まずトレードに関していえば、互いの球団にとってメリットがあることが理想だ。ただ以前、DeNA黎明期にチーム編成を担っていた高田繁・前GM(ゼネラルマネージャー)は「トレードの案件は結構あるのですが、相手があってのことなので、成立する件数は少ない」と語っていた。

 河原氏は言う。

「たしかにトレードに関しては、タイミングがすごく大事になります。こちらが『この選手がいればチームのプラスになりそうだ』と思っても、急に一軍に上がってしまったりすることで実現の可能性が下がるなど、そういったケースは多々あります。しかし、日頃から各球団の編成の方々とコミュニケーションをとっていると、『あの時は難しかったけど、シーズンオフならば』といった話も出てくるので、常にアンテナは張っている状況ですね」

 昨今のトレード成功例は、2022年7月にDeNAと楽天の間で実現した伊藤裕季也と森原康平のケースだろう。伊藤はDeNAで内野手として、森原は楽天でリリーフとして確固たる立場を築けていない状況にあり、互いに層を厚くしたいという意図により成立したトレードだった。

「ウチとしては伊藤を何とかしたいという思いもありましたが、ほかの選手との兼ね合いもあり、なかなか難しい立場にありました。一方、当時はリリーフ陣の厚みを増したいという編成上の狙いもあって、そこで伊藤と森原のトレードが成立したんです。その後、森原はクローザーを務める大活躍をし、伊藤も楽天で出場機会が増えました。ウチに来てくれた森原の活躍はもちろんですが、トレード先で出場機会を得て戦力になっている伊藤の活躍も我々としては非常にうれしく思っています」

 その後もDeNAは、中日との間で京田陽太と砂田毅樹、ヤクルトとの間で西浦直亨と阪口皓亮のトレードを成立させている。

「環境が変われば力を発揮してくれる選手はいます。ただレギュラークラスの選手の獲得やトレードは、よほどのことがない限り難しいものです。また、トレードで獲った選手がすぐレギュラーというのも現実的ではありません。我々としても獲得後にイメージするのは、準レギュラーや、代打や代走といった有力な控え、チームにプラス効果やアクセントを与えられる選手です。ウチにくれば輝けるはず、もしくはもうひと花咲かせてくれるんじゃないかって」

 またチームの主力として期待されるFAの選手に関しては、宣言するまで接触が禁じられているため、シーズン中はいろいろな情報網を使って下調べを続けているという。

「まずはFAの可能性がある選手が、ウチに本当に必要な選手なのかを精査する必要があります。ぜひ獲得したいとなった場合でも、事前にその意思を本人に確認することはできないので、FAするかわかりませんが、いざそうなった時に出遅れるようなことがないように準備だけはしています」

【現役ドラフトは難しい】

 そしてプロスカウトとしての手腕が最も発揮されるのが、自由契約になった選手の獲得である。他球団から諸事情でリリースされ、一度は行き場を失った選手に与えられる復活戦。はたして、どこをポイントにして獲得に至っているのか。

 DeNAは今季、100セーブ&100ホールドを達成している森唯斗(前ソフトバンク)、地元・横浜生まれで桐光学園出身のサブマリン・中川颯(前オリックス)、そして神奈川県秦野市出身の堀岡隼人(前巨人)を獲得している。

「森投手に関しては前球団をリリースされたとはいえ、もともと力のある選手ですし、多彩な変化球を投げることのできる器用なタイプです。たしかに全盛期に比べればストレートの球速は落ちていますが、獲得に至りました。なによりも豊富な経験と、気持ちの強さという面でチームにいい影響を与えてくれると思いました。

 堀岡選手は、非常に馬力のある選手。巨人はチーム内で若い投手が育ってきて、堀岡選手の序列は下がっていたんですが、いいフォークを投げますし、ウチであればよさを生かせるのではないかと考え、獲得しました」

 中川颯については地元出身ということに加え、過去3年、ケガはあったもののファームでは好投を続けており、自由契約になった際、河原氏が自ら連絡をして勧誘している。

「オリックスではチーム事情もあって、なかなかチャンスをつかめない状況で自由契約になってしまいました。ほかの選手もそうなのですが、学生時代から調査してきた選手でしたし、環境が変われば実力を発揮できるはずだと考えて声をかけました。アンダースローはウチにいないタイプでしたしね」

 中川にとってベイスターズは、幼い時から馴染みのある憧れのチームである。現在、ケガで離脱しているが、開幕から先発ローテーションの一角としてチームの勝利に貢献。

 そして現役ドラフトだ。戦力として、確固たるポジションを得られなかった選手のチャンスの場であるが、編成に関わる人間としては頭を悩ませることも多いという。

「誰を獲得するかはもちろんなのですが、ウチから誰を出すのかは難しい判断になります。この選手は環境を変えてあげたほうがいいのかもしれない、と。それに現役ドラフトはルールが複雑で、各球団の判断もあって、どの選手を獲れるのかは本当に読めないので、しっかり情報を集めて臨むことになります」

 磨けば光る素材、あるいは実績があり再び力を発揮してくれるのではないかと思わせる存在。ここはプロスカウトとして眼力を試される場面だ。河原氏は、「現役ドラフトは難しい」と語ったが、この制度自体をどのように見ているのだろうか。

「すごくいいシステムだと思っています。正直なところファーム慣れしてしまって、チャンスはもうないかもしれない、と考えている選手は少なからずいますし、新たな環境でチャンスがあるのであれば、それは大きなモチベーションになるはずです。これは私個人の意見ですが、トレードに関してももっと活発にしていければいいと思っているんです。とくに同一リーグのトレードは躊躇される傾向にありますが、新たな球団で活躍してくれたらそれでいいんだって考え方になっていってもらえたらなと考えているんです」

 河原氏は、若干強い口調で続けた。

「だって、まだまだいい選手はいっぱいいますからね」

 毎年、100人前後のアマチュア選手がドラフトを経てプロになるが、一方でほぼ同数の選手がこの世界を去っていく。そのなかには実力を示すことなく辞めていく者もいる。ある意味、プロスカウトはそういった選手たちの最後の砦でもある。

「大事なことは、言うまでもなくチーム力をアップさせることです。補強ポイントをしっかりと精査しつつ、何度も言いますが、環境を変えれば輝くことのできる選手を今後もしっかりと調査していきたいと思います。トレードやFA、自由契約になりそうな選手や現役ドラフトに向け、これからも情報をアップデートしていけたらと」

 26年ぶりの日本一を目指すDeNAに、今後どのような新たな戦力が加わるのかその動向に注目したい。

後編につづく>>


河原隆一(かわはら・りゅういち)/1971年8月10日、神奈川県生まれ。横浜商、関東学院大を経て、93年のドラフトで大洋(現・DeNA)を逆指名して1位で入団。プロ入り後は制球力に苦しみ、サイドスローに転向するなど試行錯誤を繰り返したが、2004年に現役を引退。引退後は横浜の球団職員に転身し、スカウトとして活躍。24年からはプロスカウティングディレクターに就任した。