湘南ベルマーレMF
田中聡インタビュー(前編)

 ピッチでまとう空気や、醸す存在感が増している──。

 湘南ベルマーレの試合に足を運ぶと、チームの中央に位置する「背番号5」の動きに目を奪われた。

 あれはリーグ開幕の川崎フロンターレ戦だった。得点には至らなかったが、アンカーながら攻撃に顔を出そうとする姿勢と、攻撃を彩るプレーに目が留まった。


湘南ベルマーレの中盤に君臨する田中聡 photo by Sano Miki

 その直感は、第4節の浦和レッズ戦で確信に変わった。

 4-4の撃ち合いになった試合で、23分に得点のきっかけとなるスルーパスを、鈴木雄斗へと通したのである。それだけではない。32分にはゴール前に走り込み、パスを受けると、密集で反転してシュートを選択。そのボールが鈴木章斗に当たり、ゴールが生まれた。

 今季のベルマーレの明暗、むしろ趨勢(すうせい)は、田中聡が握っている。

 過去・現在──覚醒しつつある彼の変遷が知りたいと、好奇心がくすぐられた。本人に思いを告げると、「ありがとうございます」と言って、田中は真っ直ぐにこちらを見つめた。

 インタビューは、本人にとってはもしかしたら嫌な、もしくは避けたい話題からスタートした。1試合の出場に終わったAFC U23アジアカップである。

「全然、いいですよ」

 少しも顔を反らすことなく、終始、こちらの目を見て答えるのは、はっきりと自分の現在地を見据えているからだろう。

「優勝が初めての経験だったので、その一員になれたことが本当にうれしかったんです。自分は試合に出られず悔しかったですけど、素直に応援できるいいチームでした。準々決勝、準決勝、決勝と勝ち進んでいくにつれて、チームもまとまっていき、一体感がものすごかった。自分もみんなと、めちゃめちゃ仲よくなりましたからね。だから、悔しかったけど、充実感はありました」

 特に悔しさを覚えたのは、グループステージの第1節と第2節で出場機会を得られなかったことだ。

「自分に何かしたら足りないから、チャンスが与えられないことは理解していましたけど、それでも悔しさはありました。だから、その悔しさを(第3節で)ぶつけてやろうという気持ちではいました」

【なぜか代表だと緊張しちゃって...】

 出場したのは、グループステージを連勝して迎えた第3節のU-23韓国代表戦だけだった。

「チームは連勝して突破は決まっていたので、それまで試合に出ていないメンバーにチャンスが来るとは思っていました。それで気負いすぎたところもありましたし、めちゃめちゃ緊張もしました。リーグ戦など、ふだんの試合ではそれほど緊張しないんですけど、なぜか代表だと緊張しちゃって。気持ちも入りすぎたし、そもそも実力的に通用もしなかった。これが今の自分の実力なんだなと、韓国戦が終わったあとに感じました」

 自分を認められる潔(いさぎよ)さは、言い換えると強さでもある。


U-23ウクライナ戦ではゴールも決めたが... photo by Sano Miki

「守備で自らボールを奪うシーンがそもそもなかったし、かといって攻撃でチャンスを作り出せたわけでもなかった。本当に何もできなかったというか。

 ふだんの自分ならば、ボールを奪えるところでも、ボールを奪いきれなかったり......。自分の力が100パーセント出せないのか、相手の力が上回っているのか。その両方があったと思いますけど、難しかったですね。

 もし自分が韓国戦で点を取ったり、いいプレーができたりした実感があって、その後もチャンスをもらえなかったとしたら、悔しさはあったと思います。だけど、自分がそもそもラストチャンスだと捉えていた韓国戦で結果を残せなかったので、力不足を認めざるを得なかった」

 6月に行なわれたアメリカ遠征に臨むU-23日本代表のメンバーに、田中の名前はなかった。パリ五輪出場への道は、遠のいたと言えるかもしれない。

「当然、(パリ五輪には)行きたいですけど、今のままでは難しいかなと思います。また選ばれるように、ベルマーレで結果を残していくしかない。そもそもアジアカップに出場するメンバーに選ばれたのも、(3月25日の)ウクライナ戦でゴールという結果を残せたから。今の自分はそれくらいの立場というか、序列にいる。だからこそ、ベルマーレで結果を残していくことが大事だと思っています」

【先輩からは「考えすぎるな」と言われる】

 U23アジアカップでアンカーを務めた藤田譲瑠チマ(シント・トロイデン)や2列目でプレーした松木玖生(FC東京)や荒木遼太郎(FC東京)、山本理仁(シント・トロイデン)といった選手たちと、日々を過ごし、刺激を受け、自分に足りないところも明確になった。

「みんな、そもそもの技術が高いですけど、ああいう大舞台でもパフォーマンスが出せるメンタリティーを持っていた。おそらく彼らは持っている力の120パーセントが出ていたと思うので、試合に出るに当たって気負いすぎ、緊張してしまった自分と比べると、素直にメンタルがすごいなって感じました。試合に対しても、自分のプレーに対しても強気でしたし、自信もあった。自分のプレーへの自信の差は、ちょっとあったかなと感じています」

 U23アジアカップを戦ったカタールから帰国し、再び湘南に活躍の場を戻した田中は、「ここ最近、自分自身が納得できるパフォーマンスは残せていない」と言いきる。

「データを見ても、ボールを触る回数、プレーに関与する回数が明らかに減っているので、取り組まなければいけない。今はなぜ、そうなっているのかを考えているところです」

 おそらく、明確になった自分の課題に対して、向き合おうとしているためだろう。成長するために、殻を破るために苦しんでいる。田中は、生みの苦しみを味わっていた。

 さらに突き抜けるために、何が必要か──。

「すべてですけど、しいて言うならば、自ら攻撃に関わっていくところだと思っています。その安定感。簡単にボールをさばいて、チームに攻撃のリズムをもたらしたり、さらには自らゲームを作っていったりできるようなボランチ。たまに攻撃に打って出て、ドリブルで相手をかわすこともそう。守備だけでなく、攻撃もできる選手になりたいし、ならなければいけないと思っています」

 愚直で、ひたむきな田中の性格を知る先輩たちからは、「考えすぎるな」と言われているという。だが、さらに巧く、強く、たくましくなるために、彼はそこに挑んでいる。

【自分が悪ければチームもダメになる】

「やりながら答えを探していければと思っています。自分のコンディションが上がっていないのは理解している一方で、メンタル的にはミスをしても怖がってはいない。どんどんボールを受けようとは思っているので、それを続けながら、見つけていければと。だって......」

 その先に、彼の責任と目指す未来がある。

「アンカーは常にボールに絡み、ボールが自分の近くにあるポジションです。自分が攻守によかったらチームも調子がいいし、自分が悪ければチームもダメになる。それくらい責任のあるポジションだと思っています」

 U23アジアカップで、同世代のライバルたちにメンタルの強さを見た。強気であり、自信を形成する姿勢は、自分にも備わりつつある。

 あとは殻を破るだけだ──。やはりベルマーレの趨勢は、背番号5が握っている。

(後編につづく)

◆田中聡・後編>>理想像は遠藤航。殻を破るカギは『お前からチームに発信しろ』(6月19日配信)


【profile】
田中聡(たなか・さとし)
2002年8月13日生まれ、長野県長野市出身。AC長野パルセイロU−15を経て湘南ベルマーレU−18に加入。2020年7月、横浜F・マリノス戦でJリーグデビューを果たす。2022年8月にベルギーのKVコルトレイクにレンタル移籍して15試合に出場。2023年6月に湘南に復帰した。日本代表では2019年のU−17ワールドカップメンバーに選出、2024年4月のU23アジアカップにも出場した。ポジション=MF。身長175cm、体重73kg。