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結婚して長く連れ添った2人。多くの場合、同じタイミングで死を迎えることはなく、やはりどちらかが先立ちます。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が、Aさん夫婦の事例とともに財産の遺し方について解説します。

ごく普通のサラリーマンだった夫

かつての日本の夫婦の考え方は、「夫が外で働き、妻が家庭を守るべきである」が一般的であった時代にを生きてきたAさん(67歳)。妻Bさんは夫の扶養内で働いてきた専業主婦(66歳)です。地元が同じ幼馴染である2人は結婚から40年以上経過しています。

毎年、厚生労働省から発表される「令和6年度の年金額改定についてお知らせします」によりますと、平均的な年金額は夫婦2人で月23万円です。Aさん夫婦は、平均より少なめの月17万7,000円。長く一緒にいるAさん夫婦ですが、いつも仲が良く、みんなが羨む「おしどり夫婦」といわれていました。

Aさんは高校卒業後、就職しましたが、職場の環境や上司の嫌がらせなどで、なかなか仕事が長続きせず、転職を繰り返していました。次の会社が決まるまで、本来は国民年金に加入することになりますが、Aさんの若いころは任意加入だったため納めていない「未納」の期間もあって、年金額は平均より少なめです。

[図表]Aさん夫婦の年金額 出所:筆者作成

※老齢基礎年金は816,000円×400月÷480月で計算。Aさんの平均標準報酬月額は32万円の400月。妻の平均標準報酬月額は20万円の24月と老齢基礎年金に振替加算額34,516円(2024年度額)を含む。老齢厚生年金は差額加算を考慮せず。

定職についてからの給与は高いとはいえませんが安定した収入ができ、3人の子どもを育て上げました。しっかり者の夫と、穏やかな妻。そんな2人ですから、老後は退職金を含めた貯蓄は約500万円と毎月の年金17万7,000円でも「贅沢はできないけれど、夫婦水入らずでいままでのように楽しく過ごそうね」と笑って話をしていました。

しかし夫が退職してから少し経ったころのある日の夕方、Aさんはちょっとコンビニまで出かけたのを最後に帰らぬ人に……。交通事故でした。

妻Bさんはは「こんなはずじゃなかった」と泣き崩れます。最愛の夫との突然の別れ。これからどうしたらよいのか……。

少なすぎる遺族年金

葬儀から一段落したころ、「手続き関係ではこれが最後ね」と訪れた遺族年金の請求。遺族年金は亡くなった人と生計維持関係のある家族が生活保障として受け取ることができる年金です。

年金事務所に遺族年金と未支給年金の請求に来所し、見込額を出してもらいました。Bさんが受け取る遺族年金は、亡くなったAさんの報酬比例部分に3/4を乗じた額です。妻自身の年金は終身で受け取ることができますが、妻の老齢厚生年金があるため、遺族年金は差額支給となります。

遺族厚生年金=70万1,568円×3/4=52万6,176円

妻が受け取る遺族年金=52万6,176円−2万6,309円=49万9,867円

Aさんの妻の今後の年金額は、自身の年金と遺族年金をあわせて124万692円(月額103,391円)です。物価高や亡き夫との思い出の家の維持等、一人になった寂しさと経済的不安でいっぱいの毎日を過ごしていました。3人の子どもたちもそんな母の姿になんとかできないかと頭を悩ませていました。

悲しみに暮れていた妻にまさかの贈り物

Aさんの死から約3ヵ月後。Aさんの親友である税理士のHさんから連絡がありました。海外に行っていたため、訪ねるのが遅くなったとのこと。遺産分割協議をする前に大事な話があるとのことです。

Hさんがいうには、「実はAさんから預かっているものがあります」と通帳と保険証券を渡してくれました。

結婚当時はお金の蓄えがなく、結婚式、新婚旅行もできなかったから、子ども達が独立したら妻とのんびり温泉旅行にでも行こうかなと笑って、毎月妻には内緒で積立てをしていました。

家計管理は夫が担当していました。正直、妻は給与明細も見たことがなかったのです。ですが、毎月決まった日に生活費を渡してくれていたので、不満はありませんでした。通帳には毎月1万円が入っていました。25年間で300万円。教育費が落ち着いてからの10年間は積立額が毎月5万円に。約800万円になっていました。65歳になったとき、800万円のうち500万円を、Aさんの妻を受取人にした一時払いの終身保険にしていたようです。

生命保険保険金は受取人の固有財産となり、原則として遺産分割協議の対象外となります。万一の場合、あらかじめ指定された保険金受取人に現金をのこせます。仮に子ども達と遺産分割でもめた場合でも、妻の生活を第一に考えていたのでしょう。

生命保険の活用の際は要確認

誰も知らなかった天国からの贈り物に妻は号泣します。

子ども達も「お父さんらしいね」と一緒に涙しました。「お父さんが天国から見ているから、早く笑顔を取り戻して、元気になってね」と母を懸命に励まします。子ども達の言葉に、妻の涙の半分はうれし涙にかわりそうなのはいうまでもありません。

今回、Aさんは生命保険の活用により、大切な財産を妻へ届けることができました。一方で生命保険による贈与は契約形態により、受取の際に税金がかかるケースもあります。想いを台無しにしてしまうことのないよう、契約の際には十分に注意を払うようにしましょう。

<参考>

厚生労働省:令和6年度の年金額改定についてお知らせします

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000191631_00018.html

公益財団法人生命保険文化センター:生活基盤の安定を図る生活設計「生活基盤の安定を図る生活設計」

https://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/833.html

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表