久保建英にシステム変更のストレスなし シリア戦は「楽しみたいより楽しませたかった」
「僕はもともと代表に選ばれた時から、『出たらやれる』と思っていました。けど、実際に言える実力もついてきたんだと思います。常に自信を持っていないと、代表には来られない。変わったのはそこだけで......」
シリア戦後のミックスゾーン、久保建英は自分に向かって突き出されたレコーダーの群れに向かって、淡々と話していた。
――(自信が実力に)変わった瞬間はあったんですか?
どこかの記者が聞いた。
「あれだけスペインでやっていたら、代表でやれない理由はないんで」
太々しいほどの落ち着きだった。
シリア戦に先発、後半17分までプレーした久保建英 photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA
6月11日、広島。久保がボールを触ると、超満員のスタジアムにどよめきが起こった。
ミャンマー戦はもも裏を痛めたことで大事をとって欠場したが、シリア戦は「60分間限定」という条件つきで先発。「少しケガが怖かったけど」と言いながら、後半17分まで活発なプレーを見せた。森保ジャパンがミャンマー戦から採用した3−4−2−1というシステムの2シャドーの一角で、違和感なくプレーしていた。
3バックか4バックかというシステム論争があるが、適応力が求められるスペインでプレーする久保にとって、アジャストさせるのは造作もないことだろう。所属するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)でも、昨シーズンは4−4−2の中盤ダイヤモンドの2トップの一角で、今シーズンは4−3−3の右アタッカーが主戦場だった。
<欧州4大リーグのスペイン1部のトップクラブで、2年連続ヨーロッパのカップ戦出場という成績を収める>
そもそも、その価値が日本で正しく伝わっていない。日本人選手として未曾有の快挙と言えるだろう。今シーズンはチャンピオンズリーグ(CL)でイタリア強豪のインテル、ポルトガル王者のベンフィカを抑えて、ベスト16に勝ち進んだ。
抜け目のない久保は、システムのなかで自分の立ち位置を見つけ、周りを生かし、自らも生かされる術を知っている。
「コンビネーション能力がすばらしい」
ラ・レアル関係者はそう口を揃えるが、周りのレベルが高いほど、無限に選択肢が広がるのだ。
【「守備ができる」も見せておきたかった】シリア戦での久保は、ボールを扱うのがうまいだけでなく、人やスペースを使う力量も高かった。前半19分の2点目では、自陣中央を豪快にドリブルで攻め上がると、堂安律にラストパスを託し、ミドルをアシストした。
「(右ウイングバックに入った堂安が)中にカットインしてくるので、彼に近すぎない(関係性を)、と思っていました。ボールを受けたらすぐにターンして、"もし僕がウイングだったらボールほしい"と思ったんで、簡単にパスを出すようにしていました。楽しみたい、というよりは、余裕も出てきて、みんなを楽しませるプレーを入れていきたい、とは思っていましたね」
久保はそう言うが、プレー強度、精度を加速させていった。
前半22分、久保は力強くボールを運ぶと、左サイドを破るパスを相手が必死にカットしようとしたところ、オウンゴールを誘う。連係によって、相手を凌駕。27分には高いスキルと敏捷性でディフェンスを外し、預けたパスを上田綺世がターンからシュート。32分には中盤でボールを受けると、左でフリーになった中村敬斗を見つけ、南野拓実がシュートを打っている。
44分のプレーは圧巻だった。一瞬で、ラインをひとつ超えたパスの道筋を見つける。スルーパスが上田につながり、判定こそオフサイドにはなったが、出色のスキルとビジョンだった。
「プレッシャーをかけに行ったが、ことごとく突破されてしまった」
シリアのエクトル・クーペル監督は試合後に語っていたが、久保は敵の防御線を突き崩す"騎兵"の先陣をきっていた。その進撃はシリアにとって悪夢だっただろう。相手のカウンターに対しては、自陣までプレスバックしてパスカットするなど、どこにでも出没した。
「攻撃ができるのは、みんなわかっていると思うので、守備ができる、というのも見せておきたかったし、『そこがネック』と言われたくなかったので」
久保は語るが、守備の逞しさと献身はスペインで実証している。本場で、「守備ができない」などと誰も言わない。
後半はややペースダウンしたが、それも適応の結果だったと言える。前半から田中碧との連係は良かったし、右に敵を集めて左の南野に出したパスも絶好だった。
「後半も、(チームメイトとは)『楽しかったね』って話していました。3−0になって、攻めなければいけない試合展開じゃなかったので、前半に比べるとセンターバックとサイドバックでパスが行き来するというのは、見ている人からしたら少し退屈だったのかもしれませんが、攻め急いでのカウンターはまずいので、あれでよかったんじゃないかなって思います」
あらためて、久保は格の違いを見せた。フォーメーションやポジションに左右されない。それは一流のカーレーサーが、どんな車を与えられても、自在に最大の出力を出せるのに似ているか。
「(3バックに関しては)本当に強い相手とやらないと、正解かはわからないですね。今は見守るというか、試したことに価値があって、どうなっていくのか楽しみです。最終予選は厳しい戦いになるでしょうけど、本当に強い相手はもうひとつ上にいるので。まあ、引いてくる相手には有効かなと」
久保はそう言って、すでに先を見据えていた。
「今シーズンは長かったですね」
そう語る口調に実感がこもった。主力が突然いなくなったラ・レアルを牽引し、自身初のCLを戦い、アジアカップを挟みながら、最後はヨーロッパリーグ出場権を勝ち獲り、2026年W杯アジア最終予選へと向かう。
「来季のことはシャットアウトして考えていません。どうなるにせよ、今シーズンは達成できなかった二桁得点の目標をクリアできるように......」
しばらくは翼を休める時間だろう。