【エースに対し「ドラフト1位で指名されるとはこういうことだ」】

 東京六大学の春季リーグは、6月2日の試合で慶應大を12−2で下した早稲田大学が、全チームから勝ち点を挙げる強さを見せつけ、リーグ最多47回目のリーグ王者となった。


東京六大学の春季リーグを制し、選手たちに胴上げされる小宮山監督 photo by Sankei Visual

 早川隆久(楽天)らを擁した2020年秋以来となる7季ぶりのリーグ制覇を成し遂げ、現役時代の背番号と同じ14度宙に待った小宮山悟監督は「(試合途中に雨天による中断があり)『このまま行くとノーゲームになるのでは......』と不安になったが、無事に試合を終えることができてよかった。今回は前回と違って正真正銘の完全優勝ですから(2020年は短縮日程の10試合。早稲田大は7勝3分で優勝)、立派だなと思います」と、表情を和ませて選手たちの健闘を讃えた。

 4年で主将の印出太一(いんで・たいち)も「昨年までは、"ここぞ"という場面で力を発揮しきれなかったり、 勝負どころでミスが出たりして負けてきた。技術よりも野球に向かう姿勢や、個々の粘り強さがチームの強さの要因になっている」と、成長の手応えを語る。

 昨春に就任した金森栄治助監督の指導が実った打線は、リーグ1位のチーム打率.304。それに加えて、チーム防御率1.57の安定した投手陣と、リーグ最少の4失策という堅い守備が優勝を手繰り寄せた。

「優勝の要因はディフェンス。僕はピッチャー出身で『絶対に打たれまい』と思って試合をしてきたので、そんなに簡単には点が取れないと思っている。つまらないエラーやミス守備に関しては厳しく注文をつけてきた」

 そう今季を振り返った小宮山監督だが、昭和の野球を知る指揮官の言葉の節々から、"令和の選手たち"の練習との向き合い方、彼らとのコミュニケーションの取り方に悩んできた印象を受けた。

 今季から早稲田大のエースナンバーの背番号11を背負う伊藤樹(3年)が、完封勝利を挙げた4月29日の明治大戦では、11回を伊藤ひとりに任せたことについて「今の時代はパワハラ案件になりかねない」と、小宮山監督が冗談混じりに語る場面もあった。

 伊藤は6月1日の慶應大戦にも登板し、8回1失点の好投で勝利投手に。小宮山監督は「この春に投げたピッチングはすべて見事な投球で、11番を渡してよかった」と褒め称えた。伊藤にエースナンバーを託すことを決めたのは昨年の秋。小宮山監督は1989年のドラフト1位でロッテに入団する前の、自身の早稲田大での4年間の登板記録を手渡し、奮起を促したという。

「伊藤は『ドラフト1位でプロに行きたい』と夢見て早稲田に来たはずなのに、昨秋までを見る限りでは『到底無理だろう』と。『ドラフト1位で指名されるとはこういうことだ』と知ってもらおうと思って、僕の記録を手渡しました。

 それで冬の間にどれだけ頑張れるか楽しみにしていましたが、見事に奮起してくれた。春の伊藤の投球を見て、きっとドラフト指名候補リストにも名前が載ったんじゃないかと思いますし、ここから本人の努力次第で、さらに夢に近づけるんじゃないでしょうか」

 その小宮山監督の記録を寮のドアに貼りつけているという伊藤も、「これまでは僕自身も納得できていないところがある中で、監督から発破をかけていただいた。『もっと走り込みやトレーニングに励まないといけない』と思いました」と監督の思いを受け取り、今季は3勝。最優秀防御率を逃した悔しさを滲ませながらも、「コントロールの向上が安定した投球に繋がった」と振り返った。

【早慶戦で2本塁打の吉納は「プロの世界に出しても恥ずかしくない」】

 優勝インタビューで、選手たちの血の滲むような努力に感謝を述べた小宮山監督は、「歯を食いしばって努力をしなければなりませんが、一歩間違ったら故障に繋がるような時は『それはやりすぎだ』と止めるのが大人の仕事。(自身の感覚では)まだまだ物足りなさはあるが、それでもいいバランスでできているんじゃないかと思う」と、今季のチームに言及。時代に合わせた努力で実力を磨き上げてきたチームは、毎試合さまざまな選手が日替わりで活躍し、勝利を積み重ねてきた。

 だが、勢いに乗るチームの中でひとり取り残されていたのが、今秋のドラフト候補と目される外野手・吉納翼(4年)だ。

「少し力み過ぎですが、どうしてもネット裏(スカウト)の評価が気になるでしょうから。平常心でやれ、というほうが無理な話ではある」

 そのように吉納の心情を慮(おもんぱか)った指揮官は、首位打者とベストナインを獲得した尾瀬雄大(3年)、宗山塁(明治大4年)らを押しのけてベストナインを手にした山縣秀(4年)、4番で主将の印出ら3割打者が並ぶ打線の中で、本調子ではない吉納の起用を続けた。

 なかなか調子は上向かなかったが、6月1日の早慶戦では、「毎試合、違うヒーローが出てきていたので、『そろそろ僕の番だな』と思っていた。自信を持って試合に臨めた」と吉納自身が振り返った通り、2本塁打、4打点の活躍でリーグ優勝を引き寄せた。

 それまでの2週間は、2020年まで早稲田大の打撃コーチを務めた徳武定祐氏の下に出向くなど、「とにかく(バットを)切り込むことを意識しながら死ぬ気でやってきた」と話す。それを経ての、約3万人の観衆が見守る早慶戦での活躍については「本当に気持ちよかったですし、特に2本目の本塁打を打った時の歓声は、僕が死ぬまで絶対に忘れられないと思う」と語った。

 普段はあまり選手を褒めない小宮山監督も、「本人がプロでやりたいという希望を持っている。NPB球団の判断次第ですが、プロの世界に出しても恥ずかしくないバッティングだったと思います」と、吉納の実力に太鼓判を押す。対する吉納は、リーグ優勝を決めた6月2日の試合後、今後の成長について次のように述べた。

「リーグ戦は平常心でやっているつもりでしたが、やっぱり『いいところを見せたい』という思いは多少ありましたし、本当に不甲斐なさを感じる部分もあった。開幕から今日のような活躍ができていたら、もっと楽に試合を進められたんじゃないかと思う。これから全日本選手権が始まりますが、自分がチームを日本一に導きたいと思います」

 昨秋のリーグ戦を制し、明治神宮野球大会で日本一を手にした慶應大の堀井哲也監督さえも「伊藤くんや宮城(誇南)くん(2年)をはじめとする投手陣が安定していて、それを支える打線も非常に活発。優勝にふさわしいチームだったと思います」と唸らせた早稲田ナインは、6月10日からの全日本選手権大会に挑む。

 主将の印出は、「伝統ある早稲田大学で主将を任せていただき、最終学年で優勝できるのは本当に幸せなこと。仲間や応援してくださるみなさんに感謝しながら、入学を決めた時に『日本一の胴上げをする』と話した小宮山監督との約束をなんとしても実現させたい」と意気込む。そして小宮山監督も、「東京六大学の代表として、優勝を目指して戦わないといけない。本当に難しい試合ばかりになると思いますが、あと4勝して(東京六大学が)日本で一番優れたリーグであることを証明したい」と、選手に負けない闘志を燃やしている。

「僕は勝負どころで1球に魂を込める姿勢が大切で、それができたら負けることはないと信じている。全日本選手権や連覇を目指す秋のリーグ戦に向けて、選手たちがどのように努力して試合に臨むのか。その姿勢にかかっているんじゃないかと思う」

 兜の緒を引き締めることも忘れなかった小宮山監督は、印出に対して選手権での30回の胴上げ(現在の自らの背番号と同じ)を厳命。「そのつもりで腕立て伏せをやっておけよ!」と"試練"を与えた。

 前回の2020年秋の優勝は、小宮山監督の学生時代に早稲田大を指揮し、この年に野球殿堂入りを果たした石井連蔵氏への思いも強かった優勝だった。今度は全国制覇で、「鬼の目にも涙」が見られるだろうか。