サイゼが「ミラノ風ドリア」値上げしない深い理由
創業者の正垣泰彦氏が実践してきた起床直後の「1人反省会」。その反省会がもたらしてくれるものとは?(写真:Rosette/PIXTA)
消費者に「安くておいしいものだけ」を提供するサイゼリヤ。しかし、「ラクして儲けたい」という誘惑もある。そんな時、創業者の正垣泰彦氏は、自分自身を「怠け者で、自分勝手で愚かな人間だ」とし、日々反省を繰り返し行っていた。その結果、自分の中にある弱い心をはねのけ、強い心で理想に向かって進むことができると語る――。
※本稿は、正垣泰彦『サイゼリヤの法則 なぜ「自分中心」をやめると、ビジネスも人生もうまくいくのか?』の一部を再編集したものです。
私、正垣泰彦は怠け者で自分勝手、愚かな人間だ
「私ほど怠け者で、自分勝手で愚かな人間はいない」
「だから少しでも、まともな人間になりたい」
これは、偽らざる私の本音です。
私たちサイゼリヤは、お客様に「安くておいしいもの」だけを提供しようと決めています。値上げはせず、むしろ値下げをする。そして、値段よりもずっとおいしい、お値打ち商品を提供する。その方針のもと、60年以上も努力し続けてきました。
しかし一方で、「ラクして儲けたい」という誘惑があるのも事実です。
たとえば、サイゼリヤの人気商品であるミラノ風ドリアを、300円から350円に値上げすると、どうなるか? 値上げするのですから当然、ミラノ風ドリアの出数は確実に減ります。
でも粗利は、大幅に増えるでしょう。企業として儲けることだけを考えたら、値上げしたほうがいいに決まっています。でも私たちはそれをしません。
なぜなら、お客様のため、人のためにならないからです。
サイゼリヤがフランチャイズ出店をしていない理由が、そこにあります。
フランチャイズとは、加盟金やロイヤリティを払ってもらうことを条件に、外部の人にサイゼリヤを出店・経営してもらうことです。
仮にサイゼリヤの理念に共感して、お店を始めてくれたとしても、サイゼリヤが薄利な商売をしていることに変わりはありません。
「値上げして、もっと俺たちを儲けさせろ」と言われても、期待に添うことができません。加盟店の人に喜んでもらえるシステムを提供できないわけですから、サイゼリヤは今のところ直営店のみです。
自己中心的な「肉体」と理想に向かう「精神」
私や皆さんの中では、「肉体」と「精神」が常に戦っています。
「肉体」は感覚→感情→欲望に支配されているため、「不快」なことを本能的に嫌い、できるだけ自分自身を快適にしようとします。一方、「精神」には限界がないため、理想を果てしなく追うことができます。
そこで次のような現象が起こります。「精神」が理想に向かおうとするのに、欲望まみれで自己中心的な「肉体」が邪魔をするのです。
卑近な例で言うと、「生活習慣病になりたくないから、カロリー摂取を抑えよう」と精神で思っていても、肉体は欲望に負けてどんどん食べてしまう。そして、「また食べてしまった」と自己嫌悪に陥る……。そんな現象です。
肉体を制御するのがどれほど難しいことか、あなたにもきっと覚えがあるはずです。肉体を制御し、乗り越えていく。それは人間の「進化の過程」なのではないかと考えています。
物質に感覚が備わって、植物へと進化する。さらに感情や欲望を獲得して、動物へと進化。そこに知性や精神が加われば、人間になる……というわけです。
しかし人間は本当に、知性や精神を自分のものにできているでしょうか。感覚や感情、つまり肉体が生み出す欲望に振り回されてばかりですよね。私たちはまだ進化の途上にあるからこそ、努力しなければならないのだと思います。
「私ほど怠け者で、自分勝手で愚かな人間はいない」という言葉の正体は、私の肉体です。
私たち人間は本来弱いものですから、易きに流れてしまいがち。自分の駄目さ加減を正しく認識しなければなりません。
「私はもう十分に頑張っている」「私ほど偉い人間はいない」などと自分を高く評価し、満足した瞬間から、堕落が始まっていきます。
私は満足すると、逆に不安を感じます。
なぜかというと、反省し、進化していくための材料がないからです。少しでもまともな人間になりたいのに、どこへ向かえばいいかわからなくなってしまう。迷子になってしまったように感じてしまうのです。「肉体」と「精神」の間で葛藤や対立があるからこそ、人間は進化できます。
自分を律し、己に克つ
「自分はまだまだ駄目だなあ」と反省し、ときに自己嫌悪しながらも、「明日こそは頑張ろう」と進化できるわけです。
このように心がけ次第で自己を向上させられる点が、人間の素晴らしいところです。人間は本来誰でも、自分を律し、己に克つ能力を持っています。
己に克つことを「克己」と言います。克己とは、自分の中にある弱い心をはねのけ、強い心で理想に向かって進んでいくことです。
この先ずっと戦っていくなんて、大変だと思うかもしれませんね。せめて今日1日だけ、「人のため」と頑張ってみませんか。あまり先のことは考えなくて大丈夫。
たった1%でも、精神が肉体よりも優位であれば合格です。
そして今日1日が終わったら、明日もまた「今日1日だけ、まともに生きてみよう」と願うのです。
反省とは、自分の至らなさを見つめることです。見たくないものを見て、認めたくないものを認めていく。人によっては、つらいことかもしれません。
たとえば、取り返しのつかないことをしてしまったとき。それを反省しようとすると「なぜ、あんな失敗をしてしまったのか……」と、傷口にわざわざ塩を塗り込むような気持ちになってしまうかもしれません。
でも本当に、反省とは、苦しいことなのでしょうか。
私は、反省をしているときが人生で一番幸せです。
心は最高に穏やかで、「もういつ死が訪れてもいいな」と思ったりします。なぜなら、反省によって、今この瞬間、自分が正しい方向に向かっていることが、はっきりとわかるから。
間違っている方向に向かっているときは、そうとすら気づかないものです。逆に言えば、「間違った方向に向かっている」ことがわかれば、あとは軌道修正をすればいいだけ。
それは「正しい方向に向かっている」も同然ではないでしょうか。もちろん、明日は何が起こるか、誰にもわかりません。それでも、今この瞬間だけなら、正しい方向に進んでいるかどうかがわかります。
「自分が今、確実に正しい方向に進んでいる」これを確認できる唯一の行いが、反省なのです。
「自分が正しくない」と認めたら、自己成長の一歩
人間とは不完全なものです。
「やってはいけないこと」をやり、「やらなければいけないこと」からは逃げ続け、怠けたがる。そういう自分中心の本能を持っています。
「お酒の飲みすぎは駄目だ」と思っていても深酒してしまったり、健康被害を知っていながら喫煙習慣から抜け出せなかったり……どうしようもない生き物なのです。
反省しなければ、本能によって、自分中心の方向へ引きずられてしまいます。しかし反対に言えば、反省をすることによって、「人のため」に生きることだってできるのです。
反省とは、階段を1つ上ること。人が成長し、進化する瞬間とは、良い結果が出たときではありません。褒められたときや、自己満足に浸っているときでもありません。
悪い結果が出て、反省をし、「自分が正しくない」「自分中心で、独りよがりになっていた」ということがわかった瞬間こそ、確実に成長しています。
失敗してしまったのなら、その原因である考え方を変えていけばいい。もちろん、また同じ失敗をしてしまうかもしれませんが、階段を1段上った分だけ、
「人のため」という視点で事後対応ができるかもしれません。これは十分な成長です。
反省とは、毒素を抜いていくこと。
思い通りにならないこの世界で、自分中心に生きていくことは苦しみをもたらします。反省とは、自分中心という毒を抜いていく治療行為のようなものでもあるのです。
サイゼリヤ会長が欠かさずに行う朝の習慣とは
私は起床直後の「1人反省会」を日課にしています。
「あのとき出した指示は、間違っていたのではないか」
「打ち合わせで、誤解を与えてしまったのではないか」
「説明不足で、相手を混乱させているのではないか」
「人のため、正しく、仲良く」というサイゼリヤの基本理念と自分の言動を照らし合わせ、それができているかをチェックしています。
どうして朝なのかというと、まだ寝起きで頭がぼんやりしているので、自分中心の私利私欲が入りにくいからです。
本当は日中の活動時間帯に、その都度反省できればいいのですが、次々とスケジュールをこなさなければならないので、私にはその余裕がありません。まずは1日を一生懸命に過ごすこと。それから、次の日の朝に1日分をまとめて振り返り、反省するというわけです。
この世界は、あなたを中心にできているわけではありません。思い通りにならないことばかりです。生きていれば、自信を失うようなことばかり起こるでしょう。たとえ人生がつらくても、反省し続けている限り、「自分もまだまだ捨てたもんじゃないな」と思えます。
間違えてしまったけれども、間違いを素直に認められるだけの謙虚さがある。反省している今この瞬間、正しい方向に向かっていることがはっきりわかる。自分のことが好きでいられる。
これはとても幸せで、ありがたいことだと思うのです。
そして、反省ができるのは、かかわりあっている皆さんがいてくれているからですね。何のかかわりもなく、1人で生きていたら、成功も失敗もありませんから、反省のしようがありません。
間違った考え方を直すきっかけを与えてくれたことに感謝の気持ちが芽生えてくれば、みんなのことが好きになって、この世界と調和していきます。あなたの心は、ますます穏やかになっていくでしょう。反省を積み重ねることこそ、幸せな人生を紡いでいくことなのです。
(正垣 泰彦 : サイゼリヤ創業者)