かつて人気だった雑誌の休刊が相次いでいる。雑誌はもう役目を終えたのだろうか。ライターの栗下直也さんは「日本で唯一の麻雀漫画専門誌『近代麻雀』(竹書房)は、noteで記事を販売しており、年間4000万円を売り上げている。これは雑誌にしかできない取り組みではないか」という――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
『近代麻雀』の金本晃編集長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「麻雀雑誌」というオワコンの代表格

雑誌が売れない。看板雑誌の廃刊も珍しくない時代だ。だが、果たして雑誌のコンテンツそのものに価値がなくなったのだろうか。何か売る方法があるのではないだろうか。

そんな思いを抱き、ネットでの有料記事の販売で、超低空飛行から脱した雑誌がある。『近代麻雀』(竹書房)だ。果たして「麻雀」という決して新しくないコンテンツをどう売ったのか。

ばくち・酒・たばこ……。麻雀は長らく、負のイメージにまみれた「昭和の遊び」とされてきた。「いまどき麻雀? 古くない?」と思った人も少なくないだろう。実際、警察庁の統計によると雀荘の店舗数は約7000店舗(2022年)で1970年代に比べると5分の1に減っている。

しかし、麻雀は「オワコン」ではない。

例えば、「健康マージャン」という言葉をご存じだろうか。「お金を賭けない・ゲーム中にお酒を飲まない・たばこを吸わない」の三つの「ない」を徹底した文字通り健康志向の麻雀だ。麻雀のどこかダークで不健康なイメージを一掃して高齢者の間では市民権を得ている。

女性にも人気で、健康マージャンを掲げた女性専用の教室は平日の昼間にもかかわらず満員だという。その隆盛ぶりはねんりんピック(全国健康福祉祭)の種目になっていることや、文部科学省が後援する全国大会もあることからもわかる。

■ここ1年での売り上げは約4000万円

「健康麻雀が人気? 学生時代に親しんだ高齢者がやっているだけでしょ」と突っ込みたくなるかもしれないが、高齢者だけでなく、若者の間でも麻雀は再注目されている。起爆剤となったのが2018年に始まった「Mリーグ」だ。

プロ雀士がチーム対抗で戦う仕組みで、各チームはプロ団体に所属する選手4人で構成される。対戦はネット(ABEMA)で生中継され、勝負の駆け引きが視聴者を惹きつける。麻雀の持つ不条理さや、喜怒哀楽に満ちた人間ドラマは映像コンテンツとしての相性も抜群で、麻雀をプレイしなくても対局の観戦だけを楽しむ人もいるほどだ。そこには、紫煙の中で酒を飲みながら、切った張ったの世界はない。

こうした新しい潮流を的確にとらえ、多様な切り口でコンテンツを生み出しているのが『近代麻雀』だ。同誌は漫画を中心にコラム、プロ雀士の対局情報など、麻雀に関するあらゆる情報を掲載しているが、出版不況の中、こうした紙のコンテンツのネット販売に活路を見出した。

『近代麻雀』がコンテンツを販売する場はインターネットサービス「note」。文章やイラストを投稿でき、単発(ばら売り)や定期購読、投げ銭などさまざまな課金機能がある。

近代麻雀noteより
近代麻雀noteのトップページ - 近代麻雀noteより

『近代麻雀』の金本晃編集長(45)は「ここ1年のnoteでの売り上げは4000万円ほど。始めてから2年半。右肩上がりで伸び続けています」と語る。課金の一部をnoteに支払うが、紙のビジネスに比べれば利益率はケタ違いに高いのはいうまでもないだろう。

■どうにかして雑誌を存続させたい

『近代麻雀』の創刊は1972年11月。活字の麻雀専門誌として生まれた。当時は阿佐田哲也の小説『麻雀放浪記』がヒットしていたころ。麻雀人気を取りこむ狙いは当たり、部数は順調に伸びた。

5年後には漫画雑誌『劇画近代麻雀臨時増刊』が誕生。空前の麻雀劇画ブームを追い風に10誌以上が競合するまでに市場は急拡大した。一方、本家の『近代麻雀』は部数を落とす。70年代後半に麻雀ブームが落ち着いたことや、活字文化の衰退で平成が訪れるころに活字としての『近代麻雀』は廃刊になった。

麻雀劇画市場も読者の高齢化や遊びの多様化で縮小の一途をたどる。競合他社は相次いで撤退し、竹書房も『近代麻雀オリジナル』『近代麻雀ゴールド』を廃刊し、残すは漫画に鞍替えして復刊した『近代麻雀』だけとなった。

競合はいないものの雑誌離れの流れには抗えず、「ここ10年で部数は半減。読者も高齢化し、採算が非常に厳しい状態が続いていた。会社の意向はともかく、個人的にはあと数年で廃刊すら頭によぎっていた」(金本編集長、以下同)

撮影=プレジデントオンライン編集部
仕事も趣味も麻雀一色という金本編集長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■東大卒という異色のキャリア

このところ主力雑誌を廃刊する出版社は珍しくない。だが竹書房にとって『近代麻雀』は特別な雑誌だ。同社は『近代麻雀』のために誕生した会社だからだ。社名の「竹」は麻雀の索子の竹の絵柄から。近年はアニメやライトノベルが堅調だが、竹書房の原点はあくまでも麻雀だ。

そして、『近代麻雀』に誰よりもこだわりを持っていたのが金本編集長でもある。東京大学在学中から雀荘で働いて留年するほどの麻雀好き、そして『近代麻雀』の大ファンで「この雑誌をつくりたい」と竹書房に飛び込んだ。

それ以降の約20年、『近代麻雀』編集部一筋。東大卒の入社も入社後のキャリアも同社では異色だ。「ほかに何もできないと思われているだけですよ」と謙遜するが、雑誌を守りたい気持ちは人一倍強い。

読者の頃から愛し続けてる雑誌、だからこそどうにかして存続させたい。そのためにはこれまでと違う形で利益を上げなければいけない――。約4年前に編集長についたときからその手段として、ネットでの展開を視野に入れていた。

当時も今も雑誌のウェブサイトは、広告収入モデルでの無料配信が主流で、アクセス数重視の傾向が強い。『近代麻雀』も「近代麻雀THE WEB」という広告収入型のサイトをすでに開設していたが、金本編集長は「そこを伸ばす発想はなかった。自社のプラットフォームにこだわらずに、自社のコンテンツをどうにかしてWEBで売れないかを考えていた」と語る。

■「とりあえずやってみよう」

きっかけとなったのが、プロ雀士の黒木真生氏からの相談だった。麻雀の正しい歴史をまとめたいが無料で書くのはつらい、手伝ってくれないか。

収益を折半することで編集業務を請け負った。noteで「近代麻雀黒木」を共同で立ち上げたところ、月に数十万円の利益を安定的に生み出せた。「これならば、会社として力を入れれば一定の成果が見込める」と判断し、21年10月に「近代麻雀note」をスタートした。

「何か戦略があったのかと聞かれますが、特にありませんでした。雑誌を転載するわけですから、元手がかからない。だから、極論を語れば、売り上げがゼロでもリスクはありません。それならばとりあえずやってみようと」

現在は月に40本の記事を販売している。雑誌からの転載と書き下ろしのオリジナルコンテンツの比率は半々だ。note専業の編集部員は置かず、『近代麻雀』編集部の編集長以下6人で対応しているので人件費もかからない。

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noteを始めるにあたっての設備投資はなし。「そういった気軽さもnoteの良さです」(金本編集長) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

コンテンツの中で人気なのはMリーグ関連の漫画とオリジナル記事。プロ雀士による対局直後の「生の声」は引き合いが強い。

「どうして、あの牌を切ったのか」「あの待ちはないだろ」。そんな視聴者の素朴な疑問にプロ雀士が興奮冷めやらぬ中で赤裸々に解説する。「コンスタントに数万円売れ、定期購読者が増える人気コンテンツです」

将棋囲碁麻雀の決定的な違い

なぜ、そこまで読者を惹きつけるのか。その答えは麻雀の競技性にあるという。

将棋囲碁では、アマチュアがプロに勝つのは現実的ではありません。ですが、麻雀は運の要素も大きく実力差が出にくいため、アマチュアも自分の意見を言いやすい土壌があります。Mリーグの視聴者同士や視聴者とプロとの間で議論が生まれやすく、紛糾して時に『炎上』します。炎上しやすい競技だからこそ、見ている側は打ち手が何を考えていたかを知りたいのでは」

「生の声」を多くのファンは自分の考えと照らし合わせて読むことで、さらに議論が生まれたり、Mリーグを観戦する楽しみが増したり、麻雀サークル内に良い循環が生まれている

もちろん、ニーズがあるとはいえ、誰もが自身の対局を振り返ってくれるわけではない。「お願いしても2回に1回は断られる。断られるとけっこう、ショックなんですよ」と苦笑するが、依頼の成功率5割は驚異的な数字だろう。依頼方法が気になるが非常にシンプルだ。

■プロ雀士の本音が知れる

対局後に気になった打ち方をしたプロ雀士にLINEで編集長から直接依頼する。

「『あの局面であの牌をなんで切ったんですか? 書いてくれませんか』のように直球でお願いしています。『えっ、そのネタで?』とちょっと渋い返信が来るケースも当然ありますが、朝起きると原稿が届いているから、ありがたいですね。きつい依頼だと思うのですが頑張って書いてくれることにすごく感謝してます」

金本編集長とプロ雀士との信頼関係の深さがうかがえる。

書いてもらう中身は多岐にわたる。対局の振り返りだけでなく、成績不振なプロ雀士に「最近どう? なんか書いてよ」と頼むこともある。

共通するのは、本音で書いてもらうこと。「特に形式はありません。『文章はめちゃくちゃでもこっちでサポートはするから、今感じていることを包み隠さず書いて欲しい』とお願いしています」

プロ雀士たちが何を考えているか、何に突き動かされているか。本音が見えるからこそ、読者は読みたくなる。それが年間4000万円という売り上げにつながっているのは間違いない。

猿川真寿プロが書いたnoteの一部。金本編集長の依頼に対し、猿川プロは「厄介な指令」と書く。とはいえ、猿川プロが自分の打った手をしっかりと説明しており、2人の信頼度の高さがうかがえる(近代麻雀noteより)

■コンテンツの売り方はまだ試行錯誤

noteでのコンテンツ販売は現在「近代麻雀note」(月額980円)、「Mリーグ記事特化型note」(月額500円)、「麻雀マンガ特化型note」(月額500円)、の3つのマガジンを用意している。

当初はすべてのコンテンツを読める「近代麻雀note」だけだったが、Mリーグ関連コンテンツの人気もあり、コンテンツの出し方を試行錯誤して3つの形態で展開する。

月額契約とは別にコンテンツの単発売りも手がけるが、「こちらもまだ実験段階」。同じような内容でも、分量に応じて値付けを変えたり工夫を重ねる。

「単発売りのコンテンツの適正価格はまだわかりません。値付けを高くすると月額購入に流れるのか、あまり影響がないのか。また、紙とウェブで読者層がどこまで違うのか。そうした点はまだ見極められていません。」

現在は定期購読の大半が「近代麻雀note」で購読者数は1500人ほど。コンテンツの充実とともに単発売りでの販売も増えているという。

■なりふり構わず、とにかく稼ぐ

「紙とネットを合わせれば『近代麻雀』の収益性は劇的に改善しましたが、紙の雑誌を継続するには今後もとにかく稼がないといけない。こういう話をすると『金本は守銭奴だ』、『金儲けばかり考えている』とSNSでたたかれるのですが、稼ぐことで雑誌だけじゃなく麻雀ファンが望んでいるコンテンツを出し続けられる。面白い記事はその後雑誌に掲載したり書籍化もしてます」と語る。

紙とデジタルにとらわれず麻雀ファンに喜ばれるコンテンツを純粋に追求し続ける。そのためには何でもする。それが金本編集長の信念だ。形式とメンツにこだわって身動きが取れない出版業界への痛烈なメッセージではないだろうか。

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栗下 直也(くりした・なおや)
ライター
1980年東京都生まれ。2005年、横浜国立大学大学院博士前期課程修了。専門紙記者を経て、22年に独立。おもな著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)がある。
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(ライター 栗下 直也)