池袋にある「五感」はあっさりした味が特徴(写真提供:赤池洋文)

「現在、ラーメン業界で『今はこういうジャンルが流行っています』ということを、明確に挙げることは難しいのですが、一つ傾向があります」

そう話すのは、『ラーメンWalker』(KADOKAWA)の百麺人として活躍する赤池洋文さん。日夜、ラーメンを食べ歩くラーメン通――にして、本業はフジテレビ編成制作局バラエティ制作センターのテレビマン。『ネプリーグ』や『オドオド×ハラハラ』などの番組で、チーフプロデューサーを担当する。

そんな異色の百麺人である赤池さんに、最近のトレンドを問うと、冒頭の言葉が返ってきた。

「比較的新しくオープンし、話題となっているお店に共通していることがあります。それは、有名店出身にもかかわらず、その店とは異なる自分の味を提供しているということです。こうした動きもあって、ここ最近はラーメンの多様化が著しく、さまざまなラーメンが登場するようになっています」(赤池さん、以下同)

修業先の味を引き継がない

具体的な例を挙げて説明する。

「池袋にある『五感』というお店は、とてもあっさりしたラーメンを提供します。店主は、あの「一風堂」を経営する会社で商品開発などをされていた方なのですが、とんこつラーメンに代表される一風堂の味からは、似ても似つかないラーメンを作ります。

また、桜上水にある『船越』は、豚骨魚介の濃厚なスープが人気の『渡なべ』というお店で修業をされていたのですが、まったく違う塩ラーメンで人気を博しています。『五感』はなかなか予約の取れない、『船越』は長蛇の列ができる、いずれも超人気店になっています」

一昔前なら、“のれんを分け”ではないが、修業先の味を継ぐということが当たり前だったかもしれない。しかし、昨今は有名店で基礎を学び、あえてチャレンジする店が増えているそうだ。どうしてそうなっているのか? 「あくまで僕の個人的な推測ですが」と前置きしたうえで、赤池さんがポイントを挙げる。

「まず一つは、美味しいラーメン店が増えたこともあり、ただ美味しいラーメンを作るだけで成功できるとは限らなくなっていること。オペレーションや経営を理解することも重要ですから、人気有名店で修業することはキャリアアップとして効果的です」

そして、ここ日本でも働き方が多様化してきていることも無関係ではないのではないかと分析する。


桜上水にある「船越」は塩ラーメンを提供(写真提供:赤池洋文)

ラーメン業界にも多様化の波

「ラーメン店経営においても、多様化の波が訪れていると感じます。あるラーメン店にお話を伺ったとき、入ってきたばかりの新人さんが、『僕は3年後には独立したいので、ここで3年間だけ勉強したいと思っています』と伝えてきたそうです。その新人さんは、3年でいなくなる可能性が高い。反面、3年間は働いてくれるから、その間はお店としては計算が立つ。ドライな契約関係のうえに成り立つ雇用が散見されています」

これまでなら、店主(創業者)からお墨付きをもらって独立する、あるいはお店に骨をうずめるといった働き方が珍しくなかった。しかし、「ラーメン業界にも、キャリア形成を考えて参入する人が増えているのではないか」と、赤池さんは語る。

「テレビ業界も、ずいぶんと変わりました。僕らが若手の頃は、先輩が何かを教えるということはなくて、盗んで覚えることが当たり前でした。ですが、今は違います。ラーメンの世界も、時代とともに変わります。今は、副業的にラーメン店を経営したり、異なる分野の飲食店がラーメンを提供したり、いい意味でチャレンジできる土壌や環境ができあがっているではないかと思います」

そして、多様化を後押しする背景として、SNSの存在も忘れてはいけない。

「ラーメンとSNSは、とても相性がいいです。X(旧Twitter)、Instagram、YouTubeのショート動画、どれをとってもラーメンの魅力を伝えやすい。また、拡散されることで、郊外や遠方にお店をオープンしたとしても、味が良ければ評判が評判を呼び、集客が可能となる。湯河原にある名店『飯田商店』初の公認独立店『Ramen FeeL』は、青梅市にあるのですが、その味を求めてお客さんが殺到する予約困難店となっています」

ラーメンそのものが、SNSという媒体を介してメディア化しているとも言える。それだけに、「SNSと差別化を図り、テレビならではのラーメンの魅力の伝え方を考えないといけない」と、テレビマンの顔になってポツリとこぼす。

新しい形のラーメンロケ

これまで赤池さんは、ドラマ『ラーメン大好き小泉さん』や、『ラーメン二郎』の創業者である山田拓美さんに密着したNONFIX『ラーメン二郎という奇跡 〜総帥・山田拓美の“遺言”〜』などを手掛けてきた。

「テレビだからこその付加価値を考えた結果、あえてドラマやドキュメントとして届けようと思いました。ありきたりなラーメンバラエティ番組では、僕自身、納得ができないんです。BSフジで放送する『有田哲平の休日はラーメン連食』(3月29日)は、そうした思いから手掛けた番組でした。

昨年からラーメンにハマったくりぃむしちゅー・有田さんが、営業中にちゃんと行列に並び、ありがちな食レポもせず、ラーメンと向き合います。有田さんも、ラーメンと真剣に向き合いたいということで、私服でロケをするくらい自然体です。いわゆるテレビ的な段取りを一切排した今までにないラーメンロケだと思いますし、SNSではできないラーメンの伝え方を目指しました」


「有田哲平の休日はラーメン連食」の一場面 ©BSフジ

ラーメンは国民食と言われるほど、私たちの生活に身近なものになった。赤池さんは、「かつてはブームという言葉が使われたが、今は使われなくなった。完全に定着した感がある」と語る。

「1996年、新宿の『麺屋武蔵』、中野の『中華そば青葉』、横浜の『くじら軒』が誕生した際、“96年組”と呼ばれるほどラーメンがブームになりました。2005年に、大崎に『六厘舎』がオープンし、翌年、松戸に『中華蕎麦 とみ田』がオープンすると“つけ麺ブーム”が到来します。

時代を振り返ったとき、ラーメン業界には〇〇ブームと呼ばれるものが珍しくなかったのですが、2010年代後半から2020年代にかけてはそういった現象が起こっていません。しかし、毎年のように話題になる名店が誕生しています。ブームという一過性のものから、ずっと熱量の高いカルチャーへと昇華した感があります」

その様子は、漫才がブームではなく、「日常的なものになった感覚に近いかもしれない」と笑う。

「ラーメンはいわゆる最大公約数的な“ラーメンっぽさ”を守った中で、突出した個性があるお店に人気が集中する傾向があります。漫才も似ているところがあって、突出した個性や発明とも言える要素をプラスアルファしたコンビが、『M-1グランプリ』のチャンピオンになったりしますよね。毎年新しい人気の名店が生まれ、僕たちの日常の中で当たり前のものになる――という意味では、ラーメンと漫才は似ているところがある」

たしかに、漫才もフォーマットがありながら、千差万別に多様化してきた。いつからか『M-1グランプリ』が年末の風物詩として定着したように、日常に浸透することで、多様なチャレンジが生まれやすくなる。

「牛丼、カレー、ハンバーガー……国民的な人気を誇る食べ物があると思います。その代表的なお店を挙げてくださいと伝えると、だいたい皆さん、同じお店になると思います。おそらくチェーン店をイメージした方が多いのではないかと思います。

大型チェーン店がなくても巨大市場を形成

では、ラーメン店はどうでしょう? 僕がこの質問をすると、多くの人がバラバラの答えになるんですね。個人店がこれだけ乱立していながら、巨大なマーケットになっているものはラーメンしかない。だからこそ、チャレンジャーが多いし、さまざまなブランディングがある」

ラーメン店には、店名の前に付く「ショルダーネーム」と呼ばれるものがある。「中華そば〇〇」「麺屋〇〇」「ジャパニーズヌードル〇〇」など、「ショルダーネーム」からお店の雰囲気を感じ取ることができるよう、各店舗、こだわりを持って名付ける。こうしたディテール一つをとっても、ラーメン文化が他の国民食と一線を画すことは明らかだ。

最後に、ラーメン通である赤池さんに、都合のいい質問をさせていただいた。

「比較的並ばなくても食べることができる、名ラーメンはないでしょうか?」

しばらく考え込むと、赤池さんは「基本は並ばないと食べられない」、そう笑って釘を刺しながら、こんな情報を教えてくれた。

「コロナ禍の影響で、夜に営業しないラーメン店が増えました。実は、まだ戻り切っていない状況で、かつては夜に営業していたお店が、今も昼のみというところが多いです。そんな中、早稲田にある『巌哲(がんてつ)』や中目黒にある『八堂八(やどや)』は夜も営業しています。これらのお店はラーメン界でも一線級の味と人気を誇り、実際、昼間は並んでいるのですが、夜に行くと並ばずに入店できることが少なくない。僕も夜に行くことのほうが多い(笑)」

こうした楽しみ方ができるのもラーメンならでは。ラーメンの多様化は、さらに拍車がかかりそうだ。

(我妻 弘崇 : フリーライター)