センバツ2試合で25奪三振 阿南光・吉岡暖の最大の武器は「世界の盗塁王」も絶賛したフィールディングだ
2回戦の熊本国府戦では5安打完封、14奪三振の好投を見せた阿南光・吉岡暖 photo by Ohtomo Yoshiyuki
初めての甲子園で、2試合続けて自分の力を発揮するのは難しい。しかし、阿南光(徳島)のエース・吉岡暖(はる)は完投勝ちした初戦を上回るピッチングを披露し、九州王者の熊本国府(熊本)に完封勝ちをおさめた。
1回戦の豊川(愛知)との試合では、強打者のモイセエフ・ニキータに大会第1号を打たれたものの、完投勝ちをおさめた。奪った三振は11個。
2回戦では初回のワンアウト二塁のピンチを2連続三振できり抜けると、5回まで毎回三振を奪っていく。6回、先頭打者にヒットを打たれるも、後続をピッチャーゴロでダブルプレー。7回も先頭打者にヒットを許したが、再びピッチャーゴロでゲッツー。8、9回も危なげないピッチングで、5安打完封勝ち。奪った三振は14を数えた。
試合後には、初戦に続いて2ケタ三振を奪ったピッチングに対する質問を受けた。吉岡は言う。
「初回はピンチになりましたが、キャッチャーの井坂琉星に『いいボールがきてるから大丈夫だ』と言われました。三振に対する意識はありません。無失点で抑えることを考えて投げました。それができてうれしいです。1年半前からピラティスを始めて、体幹が強く、体が柔らかくなったことで、ピッチングが変わったと思います。コントロールがよくなりました。今日はピラティスの成果を出せたと思います」
捕手の井坂は、好投の原因をこう語る。
「この春から2段モーションを取り入れて、ボールの質が上がり、コースにきちっと投げきれるようになりました。以前よりも強いボールがきています。今日は、カットボールとスライダーで三振を取ることができました」
ふたつのダブルプレーを完成させたショートの矢藤颯太は吉岡の成長についてこう語る。
「中学生の頃よりも体重が増えて球威が増し、いろいろな変化球を覚えて投球の幅が広くなりました。ゴロを打たせてくれると守りのリズムがよくなります。ふたつのダブルプレーも、吉岡がいい送球をしてくれたおかげです」
【フィールドディングは武器】この試合後、筆者は甲子園球場の外で福本豊さんと偶然会ったのだが、名球会メンバーでもある名解説者は笑みを浮かべてこう言った。
「あのピッチャー(吉岡)、ええボールを放る。ストレートも伸びるし、変化球もいい。これからが楽しみなピッチャーやね。それに、守備もうまかった。ふたつ目のゲッツーはショートとの間に塁審がいたから難しいプレーやったけどね」
注目度の高い甲子園大会では、ストレートの速さ、奪三振数などが大きく報道される。だが、ピッチャーにとって大事なのはそれだけではない。
かつて横浜(神奈川)で黄金時代を築き、プロ野球にも数多くの好投手を送り出した名伯楽、小倉清一郎元部長の言葉を思い出す。
「この選手はプロに行けるなと思った段階で、フィールディングと牽制とクイックモーションは徹底的に練習させます。プロになったら、投球だけに専念できるようにしたかった。マウンドはグラウンドのど真ん中にあって、一番いい場所にある。土地で言えば、銀座の一等地。ピッチャーはそこを占領するんだから。守備に不安のない選手はプロで成功する確率が高い。その代表が松坂大輔(元西武など)であり、涌井秀章(現・中日)ですよ」
その小倉に鍛え抜かれた松坂はこう語っている。
「プロ野球選手でもバント守備や牽制で苦労するピッチャーがいるのですが、まったく不安はありませんでした。むしろ、バントの場面では僕が攻めているような気になり、『バントしろ、バントしろ』と思ったものです。小倉さんに鍛えられて、フィールディングは僕の大きな武器になりました」
日米通算170勝を挙げた松坂だが、その守備力がなければこれほどの勝利数を積み上げることはできなかったかもしれない。
ストレートの最速は146キロ、2試合で25個の三振を奪った吉岡を支えるのもまた、柔らかなフィールドディングだ。
ベスト8進出を決めた阿南光の次の相手は、秋の明治神宮大会を32年ぶりに制した星稜(石川)だ。今後の目標を問われて、吉岡は力強くこう言った。
「次の試合も無失点で終われるように、ピッチャーとしての役目を果たしたい。最終的には、全国制覇できたらいいなと思います」
最後に筆者が吉岡に聞いた。
「14個の三振とふたつのゲッツー、どっちが気持ちよかった?」
吉岡は「ゲッツーです!」と言って、この日一番の笑顔を見せた。