天下一武道会編とピッコロ大魔王編の決定的違いは何か…『ドラゴンボール』の本当の凄さを示す1枚の図表
※本稿は、保手濱彰人『武器としての漫画思考』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■インテグラル理論とは
皆さんは、「インテグラル理論」をご存知でしょうか?
現代アメリカのニューエイジの思想家であり、トランスパーソナル心理学の論客・哲学者のケン・ウィルバーにより、2000年に提唱された理論、それがインテグラル理論です。
本理論は特に海外で、発達心理学や経営・人事といった分野を中心に、広く支持されていますが、人・組織・社会・世界の全体像をより正確につかむためのフレームワークとして、筆者が人生で最も感銘を受け、バイブルとしている理論でもあります(詳しくは、『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』〈ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳、日本能率協会マネジメントセンター〉を参考にしてください)。
■ベージュからグリーンまで6つの段階がある
インテグラル理論では、「人々や集団の意識は、時代の変遷とともにスパイラル(螺旋(らせん)形)のように成熟していく」ことを示すフレームワークとして、「色」を活用して発達の各段階が表現されています。
まず、意識が発達しておらず、動物的な生存本能によって行動する【ベージュ】の段階。こちらは「赤ちゃん」をイメージすれば分かりやすいでしょう。
見えないものを信仰し、儀式や祈りに頼って部族を守る【パープル】の段階は呪術的であり、未開の地の原住民、などを想像してください。
弱肉強食で、個々の強さが絶対的な指標となる【レッド】の段階は、古代の英雄やギャング、昭和の家父長制もイメージできます。
規律やルールができ、それらを絶対として遵守する【ブルー】の段階は、非常に官僚的であり、現在の日本社会はここに重心があります。
さらに、個々の自由や尊厳を認め、成功のために合理的な行動を取る【オレンジ】の段階。起業家的で、アメリカにおいての意識の重心はここにあります。
そして、他者を尊重し、融和して強調する【グリーン】の段階。ESGやSDGs、LGBTが認められてきたのもその一環です。ただしこれを利権として活用し、あまりに主義主張が押し付けがましい団体が出てきているという弊害もあります。
■『ドラゴンボール』は「秩序を維持する世界」を描く
このインテグラル理論は、日本のマンガに当てはめると理解しやすいと思います。
『あしたのジョー』や『北斗の拳』が描く、暴力による支配や勝利の時代=レッドの段階
『ドラゴンボール』や『セーラームーン』が描く、世の中の秩序を維持する時代=ブルーの段階
『ONEPIECE』や『NARUTO―ナルト』が描く、自由を謳歌し夢に向かって走る時代=オレンジの段階
『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』が描く、相互理解や融和の時代=グリーンの段階
この半世紀を振り帰っても、ヒットした作品はこのような変遷を辿ってきており、これをわかりやすく説明できるのが「インテグラル理論」なのです。
日本では、第二次世界大戦で様々な社会制度や価値観などが「リセット」された後、現在までに社会の意識段階が著しく成熟してきました。
各時代の主要な漫画作品を見れば、当時の人々の意識段階とリンクした作品が、見事にヒットを飛ばしていることがわかります。往年のヒット作品を現在の我々が見返すと、何か古臭く感じてしまうことがあるのはそのためです(古臭い=駄作ではありません。悪しからず)。
■「天下一武道会」編と「ピッコロ大魔王」編は何が違うか
続いて、1984年から1995年まで、『週刊少年ジャンプ』で連載された国民的漫画『ドラゴンボール』に、インテグラル理論を当てはめたらどうでしょう?
同作は連載初期に、主人公の孫悟空が「天下一武道会」というトーナメント戦に出場して優勝をめざしたり、「レッドリボン軍」という敵役を壊滅する(力で支配する)という姿が描かれ、人気を博しました。
これらは「勝利こそ正義」という価値観の表れそのものであり、〈弱肉強食で、個々の強さが絶対的な指標となる〉レッド段階の意識が顕著に表現されています。
そこからさらに、平和を脅かす「ピッコロ大魔王」や「サイヤ人」という異物が現れると、こうしたイレギュラーを排除して地球人を守る主人公の姿が描かれました。〈規律やルールができ、それらを絶対として遵守する〉ブルー段階のヒーローを表現しています。
その後は、一見冷徹無比に見えた「人造人間」に、人権意識といったものが描かれたり、地球を守ることは大事だけど、自分は自分の道を生きたいという〈個々の自由や尊厳を認め、成功のために合理的な行動を取る〉オレンジ段階に進んだ主人公の姿が描かれていきました。
さらに、最終話までにグリーン段階のストーリーまでが描かれています。
このように、たった一つの作品ですら、主人公の成長とともに意識段階の変遷を見て取れるのです。
インテグラル理論のフレームワークにより、各漫画の集団や登場人物それぞれがどの段階に位置しているのか、どういった社会背景のもとで、どう変化していったのかを考えながら読み進めると、一層深く味わえること間違いなしです。
■『ドラゴンボール』の本当の価値
『ドラゴンボール』は、レッド段階、ブルー段階のシビアなエピソードからオレンジ段階やグリーン段階へと進み、個々の自由や相互尊重といった観点が徐々に強くなっていった結果、「生ぬるくなった」と言う初期からのファンの声も多く挙がりました。
その気持ちはわからなくもないですが、筆者はこう考えます。
「意識の変遷を辿る作品」として教科書的に読めば、生ぬるいどころか、最後まで十二分にその価値を感じられると。
たとえば、孫悟空・悟飯の親子間における葛藤や心の交流など、精神的な部分が多く描かれるようになった後半は、一読の価値があります。
もともと鳥山明氏は、意識段階の成熟した「優しい」心根を持つ作者であると見受けられますが、敏腕プロデューサーだった初代担当編集者の鳥嶋和彦氏が、ヒット作に仕上がるよう、世の中の人々の意識段階に合わせて調節を行ないました。
最終的に、作者の素の人間性が出てくることで、作品内で表現される価値観もグリーン段階へと進み、より広い視点からのものになっていったわけです。
■作風が「生ぬるくなった」のは、作者が成熟した証
なお『ドラゴンボール』に限らず、10年を超える長期連載の作品であれば、初期から後期にかけて、このような変遷を辿っていった作品は数多くあります。
たとえば『賭博黙示録カイジ』についても、連載が長期化することで、非常に「人間的」なエピソードが増えていきましたし、1976年から2016年まで『週刊少年ジャンプ』に連載された『こちら葛飾区亀有公園前派出所(通称「こち亀」)』も、初期の横暴なキャラクターたちが、後期には成熟した大人になっている様子が見て取れます。
「シビアだった展開が生ぬるくなっていった」と感じたとすれば、それは先ほども述べた通り、作者が長い連載期間を通じて、精神的に成熟していった結果でもある、と言えるかもしれません。
子供が生まれるなど、家族構成が変わっていくことで作風が変わるといった事例は、小説家などでもよく見られます。漫画家でも、ここに挙げた作品群は、そのような背景があってのことかと筆者は考えています。
■意識の返還をリーダーシップに活用する
インテグラル理論によると、人や集団の意識は、スパイラル状に緩やかに上昇していきます。
たとえば戦争が起こり、世の中が焼け野原になって文化が全て壊されたら、パープルの段階やレッドの段階からリスタートする、いわゆる「グレート・リセット」が起こります。
また、組織を改革するには、ちょっとやそっとではめげない強引さ=パワフルなリーダー、つまりレッド型リーダーが必要になるでしょうし、ある程度成熟した組織なら、全体の調和を考えられるグリーン型リーダーが求められるようになります。このように、組織が置かれている状況と人々の意識段階次第で、必要なリーダーシップは変わるのです。
つまり、「自分が所属している組織や環境が今、どの意識段階に属しているか」「その結果として、今の自分に求められているリーダーシップは何なのか」を、把握することをリーダーは求められるのです。
冒頭で述べた「各段階の意識イメージ(色)」を参考に、「自分がめざすリーダーシップ」の意識段階に合う漫画をセレクトするだけでも、あなたのマネジメントに大きな変化が生まれるはずです。
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保手濱 彰人(ほてはま・あきひと)
キャラアート会長
1984年生まれ。駒場東邦高校を卒業後、東京大学理科I類に現役合格。在学中に経済産業省後援のビジネスコンテストで優勝し起業(東大中退)。その後、複数の事業立ち上げを経て2014年にダブルエル(現キャラアート)を創業。日本のポップカルチャー・コンテンツの国際展開に注力している。著書は『武器としての漫画思考』(PHP研究所)。
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(キャラアート会長 保手濱 彰人)