青学大の圧勝の鍵となった太田蒼生(左)と佐藤一世 photo by Kyodo News

 100回記念大会の箱根駅伝は青山学院大が圧倒的な強さを見せつけ、通算7度目の総合優勝を飾り、前評判の高かった駒澤大は史上初の2年連続学生駅伝3冠にあと一歩届かなかった。激闘から約1カ月。渡辺康幸氏(住友電工陸上競技部監督)にあらためて話をうかがい、今回の箱根駅伝の総括、今後の展開を占ってもらった。

【3区・太田の爆走は分析不能?】

――第100回箱根駅伝は、「1強」と言われた駒澤大を青山学院大が圧倒しました。勝負のポイントとして2区と3区の展開が多く語られてきましたが、区間エントリー段階からどのようにご覧になっていたのでしょうか。

「12月29日の区間エントリー発表があった時に、駒澤大が佐藤圭汰選手(2年)を3区に置いたことでその攻め方が明らかになり、ライバルたちの読み合いが始まりました。ゲームチェンジャーの佐藤選手ですから、他校にとっても3区を重視せざるを得なくなる一方、1区はそれほど速いペースにならない前提で考えていたと思います。

 そんななか、駒大陣営が1区に篠原倖太朗(3年)を入れた戦略は正しかったと思います。2区は予定どおり鈴木芽吹選手(4年)、前回大会の5区で好走した山川拓馬選手(2年)を4区で起用したのは11月にケガで練習を積めてなかったことが原因で、そこが少し誤算ではあったと思います。

 対して、青学大は佐藤選手に太田蒼生選手(3年)をあてて、2区は黒田朝日選手(2年)でいくと考えていました。レースの2週間前くらいに青学大の練習を拝見した時の様子では、みんな調子がよく、黒田、太田の両選手も絶好調だったので、原晋監督からするとふたりに対して相当自信を持っていました」

――テレビ解説でもおっしゃっていましたが、3区の太田選手は想定を超える爆走でした。

「われわれの常識からは外れているんですよね、あのレベルまで行ってしまうと。彼自身のなかでは、自分が勝負する舞台である箱根駅伝で1年間の中で最高のピークを持っていくと決めている。他のトラックの試合や記録会に興味を持てないというか、365日のなかで1月2日にピークを持っていけばいいという考え方なので、私たちの考え方では到達できない領域だと思います」

――22秒のリードで襷を受けた駒大の佐藤選手は7km過ぎで追いつかれたことに驚きを隠せない様子でした。

「佐藤選手は最初の5kmを13分台で入ってますから、それは驚きますよ。普通じゃ追いつかれないです。差を詰める時は徐々にペースを上げていくのが王道ですが、ガッといって追いついて、その後まだ13~14km残っているわけですから」

――監督からの指示というわけではない。

「ああいう天才肌的な走りをする選手には、指示なしというか、指示は出さないほうがいい。私自身が早稲田大時代に指導した竹澤(健介)選手、大迫(傑)選手などにも、指示は必要ありませんでした。ただ、大前提として、太田選手がしっかり心も体もレースに向けて準備を行ない、1年かけて合わせてきたことはあると思います」

【2区の一流選手は1時間5分台が基準に】

――太田選手の活躍もすばらしかったですが、青学大は2区の黒田選手が果たした役割も非常に大きかったです。

「駒大の鈴木選手が独走で逃げる予定だったところを、差を詰めて区間賞を獲ったわけですから大きかったと思います。順位としては駒大のトップ中継は変わりませんでしたが、その後の流れを決めた走りだったと思います」

――黒田選手は最初、集団を使ってペースを維持し、鈴木選手はずっと単独走のまま走りきるわけですが、情報として差を詰められていることは伝わっているわけですよね。

「耳に入っていますし、自分がこんなにいい走りをしているのに、なんで差を詰められるんだろうと思っていたはずです。そもそも駒大は1〜3区までほぼパーフェクトな走りをしたと言えます」

――今回はエース区間と言われる2区で1時間6分台を6人がマークするなど基準が上がった印象でしたが、この傾向は今後もさらに進んでいきそうです。

「まずはシューズの影響は大きいと思います。スピードに乗れば乗るほどシューズの効果はより発揮されていますし、そもそも大学生の根本的な走力が上がっている。花の2区を走る選手は、実業団の選手と互角に渡り合う走力を持っているレベルですので、1時間6分台で走ることはスタンダード、1時間5分台を走ってこそ一流選手という考え方になってくると思います」

――選手も監督も、近年は特に「先に行かせると逃げられてしまうんで、とにかく、先頭から離されないように」というコメントをよく耳にしますが、シューズの効果もあり、ちょっとでも逃がしたら後から追っかけるっていうのがなかなか現実的じゃない。

「そうですね。厚底シューズだと前半から突っ込んで後半少しくらい止まっても何とか押し切れてしまう部分があります。万全のコンディションを整えてスタートラインに立てば、時に想定を超える走りを目の当たりにすることもある。薄底シューズだと後半バテたら止まってしまいます」

――今年はやはり、3区が一番のポイントとなった区間でしょうか。

「印象に残っているのは3区なんですけど、意外に4区が鍵になったという見方もできます。駒大の山川選手と青学大の佐藤一世選手(4年)が走りましたが、佐藤選手は1カ月の間にインフルエンザと盲腸の両方にかかっていましたし、万全ではない状態でスタートラインに立っていました。それなのに最初の1000mで30秒くらい山川選手に差をつけたので、そこで勝負あった、という印象です」

――そういう状況は表情からわかるものなのですか。

「いや、表情からはわからないです。佐藤選手は15kmすぎ、いやそれよりもっと前から相当しんどそうな表情でしたので、苦しいことは苦しかったと思います。ただ、雨も降ってきて、コンディションも良くなくなったので、ものすごくタイムを落としてるかなと思ったら、苦しい顔をしながら全然落ちてなかったんで」

【すばらしかった城西大の躍進】

――ほかのチームや選手ではいかがでしょうか。

「なんと言っても城西大ですね。櫛部(静二)監督が今までの中でも、本当に一番いいチームを作り上げました。今年はもともと(上位を)狙っていたと思います。バランスも良かったし、全然留学生頼みのチームじゃなかった。青学大、駒大が強すぎましたけど、普通の年なら総合優勝してもおかしくない走りでした」

―― 10時間52分26秒で3位です。

「今回は絶対来るな、と思っていましたし、多分設定タイムより少し良かったか、本当に狙った通りのタイムくらいだったのではないでしょうか」

――早大時代には総合優勝も共に経験したチームメイト、櫛部監督は渡辺さんの2年先輩ですが、終わった後に話されたりしましたか。

「笑っていましたよ(笑)。してやったり、という良い意味での表情でした」

――大会前に櫛部監督にインタビューさせていただいた時は、前回大会の前から100回大会を意識した取り組みを行なっていたとのことでした。

「5区の"山の妖精"、山本唯翔選手(4年)だけでなく、2区の斎藤将也選手(2年)も大きかった。1区の野村颯斗、4区の山中秀真(共に4年)、3区のビクター・キムタイ(2年)と往路の選手は皆、役割を果たしました。ケガ人などもいたようで復路は多少苦戦気味で総合優勝するには難しかったですけど、狙いどおり、堂々の3位だったと思います」

――シード権前後のチームではいかがですか。

「来季以降のチームとしては、指導者が高校教員として全国高校駅伝優勝の経験を活かしている2チーム、シード権を獲得した真名子圭監督の大東文化大(総合10位)、4年ぶりの本戦で前半区間で見せ場をつくった新雅弘監督の日本大(総合15位)はこれから強くなる要素を感じさせます」

――少し言いにくいかもしれませんが、期待をかけていたけど残念だったと感じたチームは?

「明治大(往路23位、総合20位)ですね。体調不良者も出ずに臨めたのに、2区のブレーキで流れを失ってしまいました。山本豪監督は、なぜこうなったのかわからない、と頭を抱えていました。やはりそれも箱根駅伝の怖さです」

――あとは優勝候補の中央大......直前にチーム全体で体調不良者が出てしまいました。

「いや、もう。私自身も一番推していたチームだったので残念、というか何というか。今回の100回大会で優勝を目指したチームづくりを進め、数年かけて階段を上ってきたのに。故障、体調不良のリスクはどのチームもあることなので」

――総合7位の母校・早大はいかがですか。

「5区で予定していた伊藤大志(3年)、6区の北村光(4年)が体調不良で出走できなかったので、山のふたりの主力を欠きながら、よく頑張ったと思います。代わりに5区で区間6位だった1年生の工藤慎作は"山の名探偵"になったので(笑)、来年は伊藤もいますけど、今後3年間、山上りの計算が立ったことは収穫でした」


総合3位に入った城西大のエース5区・山本唯翔 photo by Kyodo News

【沿道の応援を見ていたら涙が出そうに】

――競技以外のことも含めて、思い出に残ることはありましたか。

「今回は100回記念大会であったこともそうですが、まず沿道の声援が解禁され、新型コロナ感染拡大前よりもすごいものでした。中継車に乗りながら沿道の応援を見ていたら、なんか涙が出そうになりましたね。特に最後の10区の人垣は何が起こったのかというくらいものすごかった」

――青学大が往路は5時間20分切り(5時間18分13秒)、総合で10時間41分25秒のそれぞれ大会新記録で、総合では10時間30分台が見える時代に入ってきました。

「現実的に10時間40分切りがなされると思います。ただ、これはライバルがいて、到達する領域だと思います。単独走で出るタイムではないです」

――10時間30分台を出すチームを作るには、どういうアプローチが必要になってくるのでしょうか。

「今の青学大の戦力で見ても十分に可能だと思います。さすがに往路で5時間18分台をさらに縮めるのは、なかなか難しいとは思いますけれども、今回の復路で詰められる部分はあります。ここが5時間20分台に乗っかってくれば(今回は5時間23分12秒)、到達します」

――今回の往路新記録と2大会前に青学大が出した復路記録(5時間21分36秒)を足すと10時間40分を切りますね(合計で10時間39分49秒)。

「チーム内の競争がとにかく激しいので、まずは16名に入るために高いレベルの走力が求められてきます。その中から10枠を勝ち取った選手が走るわけですから、さらに強さを増し、必然的に記録レベルも上がっていきます」

――話の延長で言えば、シード争いも11時間を切る時代が来る(今回の総合10位・大東文化大は11時間00分42秒)。

「来年にそうなる可能性も十分にあります」

【Profile】渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)/1973年6月8日生まれ、千葉県出身。市立船橋高−早稲田大−エスビー食品。大学時代は箱根駅伝をはじめ学生三大駅伝、トラックのトップレベルのランナーとして活躍。大学4年時の1995年イェーテボリ世界選手権1万m出場、福岡ユニバーシアードでは1万mで優勝を果たし、実業団1年目の96年にはアトランタ五輪1万m代表に選ばれた。現役引退後、2004年に早大駅伝監督に就任すると、大迫傑が入学した10年度には史上3校目となる大学駅伝三冠を達成。15年4月からは住友電工陸上競技部監督を務める。学生駅伝のテレビ解説、箱根駅伝の中継車解説でもお馴染みで、幅広い人脈を生かした情報力、わかりやすく的確な表現力に定評がある。