箱根駅伝17年連続出場の帝京大 トップクラスの選手はいなくても戦えている要因を監督に聞く
選手がベストを尽くすことが次なる展開の礎になるという中野孝行監督 photo by Wada Satoshi
帝京大・中野孝行監督インタビュー 後編
世界一諦めの悪いチームに――帝京大学駅伝競走部の公式ホームページに記されたそのキャッチフレーズは、チームの特性を表現したものといえる。全国トップクラスの高校生が入学してくるわけではないが、中野孝行監督の指導、栄養面を含めた恵まれた競技環境の下で選手は成長を遂げ続け、箱根駅伝への連続出場は現在、継続中のチームの中で5番目に長い17年を数える。
今回の箱根駅伝でもしぶとさを発揮し総合9位に入り、シード校に1年で返り咲いたが、中野監督の指導哲学の根底にあるのは、選手各々が「ベストを尽くすこと」。どこまでやれるか、何が起こるか、わからない。だからこそ、一歩一歩、来季もまた新たな挑戦に向かっていく。
【努力次第でシード権は獲ることができる】――中野監督が2005年11月に就任されて、第84回大会(2008年)で箱根駅伝本大会に復帰してからは、17年連続で箱根駅伝に出場中です。連続出場中では日体大の76年、駒大の58年、早大の48年、東洋大の22年に次いで5番目の長さです。予選会のレベルも上がっており、すごいことのように思います。
「それ、もっと声を大にして言ってください(笑)。出続けるのって大変なんですから。でも、うちは5番目ですが、(トップ5のうち)うちだけ優勝していないんですよね。そうなると、優勝しないといけないんですよね」
――今回は、予選会前に新型コロナが蔓延するなどピンチもありました。それを乗り越えての連続出場です。
「毎年ピンチなんですよ。だから、シード権を獲った時、予選会を通った時には、ほっとします。予選会の時には落ちる覚悟をして臨みますし、予選落ち、シード落ちした時のコメントも毎回考えています」
――それは意外でした。
「悪いことを考えちゃうのはよくないんですけど、やっぱり考えちゃいますよ。『負けに不思議の負けなし』っていう野村克也さんの言葉がありますが、本当にそうだよな、と思いながらも、レースが始まってからも、何が悪いんだろう、と考えることがあります。
――シード権を逃すと、翌年のスカウティングへの影響も大きいのでしょうか。
「いや、うちの場合、シード権を獲っても落としても、スカウトは変わらないんですよね(笑)。シード権を獲り続けていた時には『スカウトが楽になったんじゃない?』って言われたんですけど、何も変わらない。逆に、シード落ちしても、マイナスにはならない」
――今季は国体3位の実績をもつ楠岡由浩選手(熊本・慶誠高出身)が入学しましたが、5000m13分台の自己ベストを持つ選手が入学したのは初めてです。失礼ながら、なかなか高校時代に全国区の活躍した選手が入ってくることは少ない。
「だからこそ、来てくれた選手を大切にしたいですよね。インターハイに行っていないとか、決勝に残っていないとか、彼らにはたぶん劣等感があるんじゃないかなと思うんですよ。私自身がそうでしたから。それを変えてあげたいというか、彼らの存在意義を見出してあげたい。もしかしたら、そんな劣等感を持っていないかもしれませんが......。
ともあれ、高校時代にトップクラスだった選手がいなくても、我々は箱根でそれなりに戦えています。優勝はまた別の話ですけど、努力次第でシード権は獲ることができます。夢物語じゃないということを彼らに感じさせたい」
【充実の競技環境と優勝校までの距離感】――今回の箱根駅伝では、総合3位に入った城西大の低酸素ルームでのトレーニングが度々ピックアップされていました。帝京大も施設面が充実しているのを耳にします。実際に、駅伝競走部が活用している施設にはどんなものがあるのでしょうか。
「まずは管理栄養士の食事ですね。長距離はたくさん食べればいいってわけではないから、なかなか難しいと思うんですけど、考えられた食事が朝昼晩(昼は希望すれば)と提供されます。
また、クリニックにいつでも行けて、CTやMRI検査が受けられます。24時間、体調を崩した時のバックアップ体制があるのは安心材料です。
もちろん低酸素室もありますし、故障者向けの高気圧酸素治療も受けられる。傾斜を付けたトレッドミルなどトレーニング施設も充実していますし、スポーツ医科学センターのサポートを受けられるのは大きいですね。
あとは何でしょう......。ここの陸上競技場(五輪や世界選手権などで使用されているイタリアのモンド社製の全天候型トラック)が使えて、私の指導が受けられるということでしょうか(笑)」
――先ほど「優勝しないといけない」という言葉がありました。今回の箱根駅伝は青山学院大が大会新記録を打ち立てて優勝しました。駒澤大学も、箱根では敗れたとはいえ、年間を通して見ると強さが際立っていたように思います。この2チームをどのように見ているのでしょうか。
「両チームともスカウトが良いのは当然ありますが、青山学院の場合は、個人個人の意識が高いんだろうなと思います。想像でしかありませんが、練習でもいろんな工夫をしてやっているんじゃないのかな。
駒澤の場合は、大八木さん(弘明、総監督)の指導が学生の枠を超えています。実業団以上の練習をしてきているのかな。箱根駅伝だけではもったいない。実際に、大八木さんは「世界、世界...」と言っていますが、それは大きいですよね。"世界をめざすんだったら、箱根ぐらい走れないとダメだよね"っていう考えになったら、本当に怖いチームになってくると思います。
それにしても、今回の青山学院は掴みどころがなかった。今回のオーダーは想像できませんでした。誰がどこを走ってもいい。そんなチームでしたね」
――青山学院大が優勝することは、どの程度想像されていたのでしょうか。
「失礼ながら、全く思っていませんでした。だって、出雲、全日本と、あれだけ駒澤が強かったんですよ。それに、(山の)上り、下りもいるわけじゃないですか。駒澤が負ける理由が見つかりませんでした。オーダーを見て4区で逃げるんだろうなと思ったし、うちは全日本で駒澤に15分も負けていますから、繰り上げを覚悟したほどでした。
結果的には、前回5区を走った山川拓馬選手(2年)は4区に回り、6区の伊藤蒼唯選手(2年)は走っていませんでした。そこが駒澤の敗因だったのかな。3区で青山学院に先行を許しましたが、駒澤の1区、2区、3区は失敗じゃないですよ。やっぱり強かった。それ以上に、想像を超える強さを青山学院が見せたということですよね」
――この2校に関しては、どの程度意識していたのでしょうか。
「こんなことを言ったらダメなんだろうけど、今回は全く見ていませんでした。全日本では、駒澤にはひとつも勝った区間がありませんし、青山学院には1区間だけでしたから。
このふたつのチームはなかなか真似できないし、悔しいけど、同じことはできない。でも、個人では勝てた区間もあった。そこから少しずつ可能性が広がっていくのかなと思います」
【ベストを尽くすことで展開が広がる】――今回箱根を走ったメンバーでは半数の5人が卒業します。その穴を埋めるのは簡単ではないと思いますが、来季はどのようなチームづくりを行なっていきますか。
「もちろん西脇や小野が卒業する穴は大きいです。その穴を埋められるとは思っているけど、現時点ではまだ現実味は帯びていません。今は、"やれるよね"と思うしかない。
今回は福田が使えませんでしたし、1年生ふたり(大西柊太朗、廣田陸)も面白くなってきたので、使ってみたかったんですよね。結局、最後のトライアルでは先輩たちがびしっと合わせてきたので、起用することはありませんでした。
2区を走った山中(博生、3年)も、区間順位は16位でしたが、突っ込めることがわかった。勇気を見せてくれました。1時間08分10秒でしたが、来年に生きるレースができた。次は1時間6分台を目指させたい。もう来年のレース展開は決めています。
9区の小林(大晟、3年)も強いはずなのに、前回の箱根、全日本となかなかうまくいかなかった。今回は、これまで1回も勝てなかった、鎮西学院高校(長崎)の先輩の花尾恭輔選手(駒澤大)に勝つことができた。彼もきっかけを掴んだのではないでしょうか。
――今回、シード権を取り戻したことで、目標意識はどのように変わってくるのでしょうか。
「きれいごとを言うようですけど、それぞれが自分のベストパフォーマンスを毎回出してくれたらいいな、と思っています。新シーズンに関してはまだわからないので、各自がそういう走りを見せてくれたら、また展開が広がると思います。
もちろん箱根ではシード権を獲り続けたいと思っていますし、これ以上は下がるな、という最低ラインは決めておきたい。でも、どこまでやれるかは、まだ想像がつかない。これから見えてくると思います」
【Profile】中野孝行(なかの・たかゆき)/1963年8月28日生まれ、北海道出身。北海道白糠高→国士舘大。現役時代は箱根駅伝に4年連続出走。大学卒業後、実業団で競技生活を続け、引退後に指導者となる。2005年11月に帝京大駅伝競走部監督に就任すると、2007年から今年まで17年連続で箱根駅伝出場を継続中。最高順位は、総合4位(2020年)。2021年卒業の星岳(コニカミノルタ)は、オレゴン世界陸上マラソン代表。