相澤晃は大学時代の箱根駅伝への取り組みが大切と再確認 パリ五輪出場へ「陸上って難しい」
男子長距離・相澤晃インタビュー 後編
再びトップステージに戻ってきた相澤晃 photo by Hiroyuki Nakamura
2023年12月の日本選手権1万mでは自己ベストで3位に入った相澤晃(旭化成)。ケガの影響で約15カ月ぶりの1万mは未知数だったが、見事にその力を見せつけ、2度目のオリンピック代表争いに名乗り上げた。
東洋大の2年時以降、トップレベルで力を見せつけてきた相澤は、競技者としてこれから何を目指していくのか。周囲の自身に対する高い評価、実業団4年目を迎えての競技観について語ってもらった。
――関係者の間では相澤選手を天性のランナーとして評価する声がある一方、大学1年の頃までは食事面での改善等努めるなど、段階を踏んで強さを増してきました。ご自身は自分のことをどのように捉えていますか。
「僕は全然、天性のランナーとは感じていません。唯一あげるとすれば、自分の身体的な部分は恵まれていると思いますが、トータルで見た時に天性のランナーだと思いませんし、そのような選手の才能もないと思います」
――競技に対するスタンスはどのようなものでしょうか。例えば、女子中長距離の田中希実選手(New Balance)は限界を決めたり、最終的な目標は特に決めていないという話をしていました。当面の目標や短中期的な目標はあっても、同じ種目で世界のトップクラスの選手を見て、人間ってなんであんなに速く走れるんだろう、自分も走ってみたいな、という感覚で走っているそうです。
「僕はそこまで感性が豊かな選手ではないですね。田中選手は国際大会のレースを本当に多く経験してきて、そうした世界のトップクラスを感覚的に捉える鋭さがあると思います。自分にはない部分です。今の自分はまだ、その時その時にすべてを出し尽くす、という感じです」
――100%を出し切るということでしょうか。
「今回の日本選手権1万mでは100%出しきれたのですが、う〜ん、なんでしょう。言い方は難しいのですが、理想をいえば自分が備えている実力の8割をレース本番で出せるくらいにいける(地力を持てる)感覚というか。今は日本選手権でも、世界陸上でも、自分が準備したものを100%、出し切らないといけない。
田中選手ももちろんレースごとに力を出し尽くしていると思いますが、あれだけのレース数をこなして、しかも2023年は世界陸上後のダイヤモンドリーグ・ブリュッセル大会で5000mの日本記録を出している。そもそもの地力がすごいとしか言いようがありません」
【自分自身の欲と果たすべき役割】――今回、相澤選手としては長いブランクを経ての好走でしたが、一歩引くと、1万mもマラソンも、2023年は日本が少しずつ縮めてきた世界との差がまた開いた印象も受けます。1万mについてはパリ五輪の参加標準記録が27分00秒00と2023年のブダペスト世界陸上から10秒も縮まりましたが、26分台についてはどのように捉えていますか。
「近い将来、26分台は日本でも行けるかなと感じています。と同時に、5000mの通過を13分40秒で行くのと13分30秒で行くのは全く違います。僕は楽観的な人間ではあるんですけど、そういう競技面のアプローチについては楽観的ではなく、現実を見つめながらやっていく必要があると思います。だからといって、達成できないかと言われたらそうは思わない。
絶対追っていかなくちゃいけない記録ですしそういう姿を僕たちが見せることによって、今後出てくるような小学生、中高校生など、これからの日本を背負う選手たちが目指せるようなレースをしなければと思っています」
――陸上界全体のことも考える年齢を迎えている。
「僕たちが今、一時的に速い選手として(国内トップクラスに)いても、世界を目指さなければ日本の陸上界はうまくいかなくなってしまう。
瀬古(利彦)さんや宗(猛、茂の兄弟)さんたちが1980年代にマラソンで築いてきたものがあり、今は大迫さん(傑、Nike)がしっかり作ってくれた流れを僕たちがつなげていかなくてはならないと思います。
もちろん自分のことが最優先なんですけど、将来のことも考え、自分の役割みたいなものを理解しなければと最近は思います」
――大迫選手も近年は常々、"自分のために走っている、その結果として多くの人に喜んでもらえれば"というスタンスを強調しています。要はなんでも、人のために取り組む、すべてはオリンピックのためになりがちな傾向に対して順番が違うということですよね。女子の新谷仁美選手(積水化学)は大迫選手とは異なる思考でオリンピックを特別視していません。
「言葉にするのは難しいのですが、僕も自分の欲求のために走っているところがあります。もちろん人のために走ることも大事だけど、やっぱり欲がなくなったら、成長できないと思います。それって、勉強や仕事でも同じだと思いますし、プロのアスリートでも、実業団のアスリートでも、お金という対価を求めることも当然のことだと思います。
僕自身はオリンピックを目指していますが、新谷さんのように考える方がいてもいいと思います。オリンピックは1国3名までしか出られませんので、国籍に関係なく強者が集うマラソンのワールドメジャーズ(東京マラソンを含め1年に6大会)、トラック競技ではダイヤモンドリーグに勝つほうがアスリートの欲求を満たすという見方もできるからです。
確かに大迫さんや新谷さんは少し独特な部分はあると思いますが(笑)、共感できる部分はあります」
【パリ五輪は1万m、そしてその先へ】――2024年のパリ五輪に向けて、どのような部分を中心に鍛えていきますか。
「僕自身の根本にあるのは、やっぱりスタミナなんですよね。自分が変わるきっかけとなった大学時代にやっていたような原点、そこを疎かにしちゃいけないという考え方に戻りました」
――具体的にはどういうことですか。
「2022年はスピードを意識した練習を結構やっていましたが、2023年はほぼやらずに、それでも日本選手権ではあのタイム(自己ベスト)を出せた。そういう意味では陸上って難しいなと感じる部分もあるのですが、1万mなら大学時代のように箱根駅伝(ロード)に向けた取り組みが大切であることを再確認したということです」
――近年は5000mを軸にスピードを意識した取り組みをする選手が多いです。
「日本のトップクラスの選手は、おおよそ5000m寄りの1万mという捉え方ですが、僕はマラソン寄りの1万mという考え方です。スピードが大切だと言っても、実際に世界陸上やオリンピックのラスト1周で日本人選手は残れていない現実があります。それだけ長い距離で勝負するためのベースとなるスタミナが足りないからです。はっきり言えば絶対値を上げるためにすべてをやらなければならないのですが、走練習で補えなければ、ウエイトトレーニングやバイクトレーニングを加えて強化していく、という考え方です。
パリ五輪後はマラソン挑戦を視野に入れているので、ピークを絞っていければと考えています」
――マラソンについては、すでに準備に入っている部分もありますか。
「東京の世界陸上(2025年)はマラソンで出たいという気持ちが強いので、2023年はケガから復帰した後も40km走とか、8月に3本ぐらい走って感覚を作ったりしていました。ただ、僕の場合、トラックとマラソンはうまく混ぜながら取り組んでいく方が成長できる感覚があると思います」
――ちょっと気が早いですが、初マラソンは2024年の年末、それとも年明けくらいを目安にしていますか。
「まだわかりませんが、年明けのほうが現実的かと考えています。一方でオリンピックが終わった後の秋口に1本、トラックレースに出たいイメージも持っています」
――2024年は1万mでパリ五輪を狙いますが、5月の日本選手権以外にポイント制の世界ランキングでの出場も視野に入れて、他に海外含めてレースに出場する計画はありますか。
「僕は、5月の日本選手権に照準を合わせていきます。今回(12月)の日本選手権も100%の力を出し切りましたし、仮に3月、4月に記録(パリ五輪参加標準記録を前提にした26分台)を狙うレースに出るのは、現実的ではないと考えています。
もっともオリンピック出場を目指すので5月の結果によってまた対応は変わるかもしれませんが、まずは日本選手権に準備して100%の力を出しきれるよう、ひとつずつやるべきことに取り組んでいきます」
【プロフィール】相澤晃(あいざわ・あきら)/1997年7月18日生まれ、福島県出身。学法石川高(福島)→東洋大。高校時代は貧血などに悩まされインターハイ出場はなかったが、大学入学後は食事の改善等もあり、その潜在能力を発揮。2年時以降は特に学生3大駅伝でその存在感を見せつけ、出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝すべてで区間新記録を樹立。2020年箱根駅伝2区では史上初の1時間5分台(57秒)となる区間新記録を樹立した(今も歴代2位、日本人歴代最高)。卒業後は旭化成に進み、トラック1万mで日本記録更新、日本選手権優勝2回(2020年、22年)、2021年東京五輪出場(17位)を果たしている。