「KANDO」を体現した自律型エンタテインメントロボット「aibo」(写真:VTT Studio/PIXTA)

「パーパス経営」という言葉が知られるようになり、自社の「パーパス」を掲げる企業が増えています。しかし、「キレイごとを掲げたところで利益が上がるのか?」と懐疑的な見方をする人もいるかもしれません。マッキンゼーなどで活躍し、現在は京都先端科学大学教授を務める名和高司氏は、日本語のパーパスを掲げてグローバルに展開する日本企業の事例として、ソニーや花王を挙げます。

※本記事は名和高司著『パーパス経営入門』(PHP研究所)の内容を一部抜粋・再編集したものです。

「KANDO」で異次元の成長を遂げたソニー

行きすぎた資本主義経営を見直し、いち早くパーパスの重要性に気づいたことで復活を遂げた企業があります。それがソニーです。

かつてはその技術力の高さで知られたソニーは、2000年代に入ったころから業績を悪化させていき、2003年にはいわゆる「ソニーショック」と呼ばれる株価大暴落が発生。そんなソニーを立て直したのが、2012年に社長に就任した平井一夫氏でした。

ここで平井氏が掲げたパーパスが、「KANDO(感動)」です。

就任直後、劇的なV字回復を果たしたのち、平井氏はソニーをさらに元気な企業にしたいと考えました。

世界中の多くの社員との対話を行った中で平井氏は、ソニーの原点は「WOW」という言葉にあると、改めて気づいたと言います。人々が「WOW」と驚いたり感動したりする製品を生み出すことこそが、ソニーの原点。そこから生まれたのが「KANDO」という言葉だったのです。

ソニーは、B2Bの製品から、B2Cの家電やゲーム機などのデジタル製品、エンターテインメントまで、さまざまな事業を持つ企業です。そんな、一見バラバラな事業体を持つソニーを「感動を届ける会社」として定義し直したことで、一致団結させることに成功したのです。ソニーはその後、異次元の成長を果たします。

この「KANDO」を体現したプロジェクトに、2018年1月に再び発売された、自律型エンタテインメントロボット「aibo」があります。

1990年代末に発売され、いったん販売終了していたAIBOを復活させたのは、ソニーが培ってきた技術力を用いてユーザーに感動を与えることができると判断したからでしょう。そして実際、aiboは大きな話題となりました。

あえて日本語を使った意義

平井氏は著書『ソニー再生―変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』(日本経済新聞出版、2021年)の中で、「戦術や戦略といった施策ももちろん重要ですが、それだけでは組織をよみがえらせることはできないのです」と述べています。だからこそ組織をよみがえらせるためには、自信をなくし、実力を発揮できなくなった社員の心の中に眠っている情熱をしっかり解き放って、チームとしての力を最大限、引き出すことが重要だと言っています。

それを愚直にやり通してきたことで、ソニーは再生しました。

後を継いだ吉田憲一郎氏(現ソニーグループ会長CEO)もまた、社長就任から8カ月後に、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動(KANDO)で満たす」を、自社のパーパスとして掲げました。

ソニー復活の理由は一つではないと思いますが、「KANDO」というパーパスを掲げたことで、組織の力を最大限に引き出したことがその大きな一因となったことは、紛れもない事実でしょう。

既存のよくある言葉ではなく、「感動」という日本語をあえてそのまま「KANDO」という言葉として発信したことも、パーパスの訴求力を高めたと言えるでしょう。グローバル企業であるソニーが「ボーダフル」な時代に一体となるために、まさにこれしかないというパーパスだったのです。

同様に日本語をうまく用いたパーパスを掲げているのが、生活家庭用品のナンバーワン企業である花王です。

2019年4月、当時社長だった澤田道隆氏(現会長)は「Kirei Lifestyle Plan」を発表しました。

「Kirei」を世界に届ける花王

花王のホームページでは「Kirei Lifestyle」について、次のような説明をしています。

「Kirei Lifestyleとは、こころ豊かに暮らすこと。
Kirei Lifestyleとは、すべてにおもいやりが満ちていること。
自分自身の暮らしが清潔で満ち足りているだけでなく、
周りの世界もまたそうであることを大切にすること。
Kirei Lifestyleとは、こころ豊かな暮らしが、
今日だけではなく、これからも続くと安心できること。
日々の暮らしの中で、たとえ小さなことでも、
正しい選択をして、自分らしく生きるために。
花王はこうしたKirei Lifestyleが
何よりも大切だと考えています。
だからこそ、決して妥協をせず、
正しい道を歩んでいきます。
世界中の人々のこころ豊かな暮らしのために、
私たちは革新と創造に挑み続けます」

花王は、「Kirei Lifestyle」のための革新と創造に挑み続けることを自社のパーパスとして宣言しています。

キレイという言葉には「美しさ」という意味に加え、「清潔」「整っている」という意味も込められています。そこには、単に見た目だけではなく、生活の姿勢や振る舞い、自然を大切にして慈しむ気持ちも含まれています。それが、日本語の「Kirei」(キレイ)という言葉を選んだ理由でしょう。

グローバル企業では、わかりやすさを求めるあまり、SDGsに迎合したような英語のフレーズを使いがちです。しかし、あえて日本語を持ってきたところに、花王の志の高さを感じます。「Kawaii」同様、「Kirei」もまた、世界の共通語にしたいという意思の表れでしょう。

澤田氏はインタビューの中で次のように語っています(澤田道隆「C-SUITE INTERVIEW 自らの殻を破り、世界での勝ちパターンを築く ESGを経営戦略のど真ん中に据える」『ダイヤモンドクォータリー』2019年冬号)。

「最終的にはこれだけは実現したい。世界の人々に『Kao』を知っているかと尋ねれば、『あのKireiブランドの会社ね』と言われること。われわれが本気でESG経営を実践すれば、それは実現できると信じている」

また、同インタビューで澤田氏は「グローバルで存在感のある会社」を願い、「『イノベーションの花王』と評価もされたい」と語っています。

同社の海外売上高比率はまだ40パーセント程度ですが、ここ数年、中国を中心に海外での売上高比率を伸ばしています。

花王の取り組みには私も関わっています。2018年に開かれたESGラウンドテーブルでは、澤田氏を含めた全経営幹部がESGのグランドデザインを議論する会議に私も参加し、CSV(Creating Shared Value=共通価値創造)を含めた世界の動向についてお話ししました。

新SDGsにマッチした取り組み

また、その前後に行われた「Kirei Workshop」では、半日間、私がファシリテーター役を務め、各世代の部門から選ばれたトップクラスの人たちが、「『個人』のKireiの実現」「『コミュニティ』のKireiづくり」「『地球』の未来 Kireiの保全」の3つのテーマについてブレーンストーミングを行いました。


花王のパーパスでは、私が提唱している「新SDGs」(サステナビリティ・デジタル・グローバルズ)の視点がしっかりと踏まえられていると感じます。「サステナブル」はもちろんのこと、「グローバルズ」もしっかりと意識していることは、澤田氏の発言からもわかります。

花王はデジタル活用についても極めて先進的です。中でもR&D領域での成果が目覚ましく、2018年には先端技術戦略室(SIT)を発足させ、DXを推進しています。

例えば、人工皮膚「Fine Fiber」を開発したり、花王の皮脂RNAモニタリング技術を活用した、乳幼児の肌バリア状態を把握する検査サービス「ベビウェルチェック」が、2023年3月に名古屋大学発のベンチャー企業であるヘルスケアシステムズから発売されたりしています。

花王の「Kirei」は、非常に多様性のある言葉であるとともに、誰にとってもイメージしやすい、大企業をまとめるにふさわしいパーパスと言えるのではないでしょうか。

(名和 高司 : 京都先端科学大学教授)