積極的な姿勢で頑張っていると思っていた新人が突然「辞める」と言いだして……という展開が増えているといいます(写真:metamorworks/PIXTA)

「本当にびっくりした。まさに、これから飛躍しそうな若者だったのに」――。

一目置いていた若者が突然「退職する」と言いだしたのだ。

「誰かに相談したか?」

と聞くと、若者は首を振った。

「もちろん課長が初めてです。誰にも相談していません」

彼だけは辞めないと思っていたけれど…

それなら、まだ慰留できるかと思ったのだが違った。決意は固く、すでに転職先も決めていた。

「先月、新商品開発プロジェクトのメンバーに選ばれたとき、喜んでたじゃないか」

「あのときは、転職するだなんて1ミリも考えてなかったのです」

「え! どういうこと?」

何があったのはわからないが、約1カ月で転職を決意し、転職先までも決めてしまっていた。

「実は2週間後から出勤することになっています」

「どこへ?」

「新しい職場です」

「ちょっと待ってくれよ!」

突然部下に呼び出され、退職する。2週間後から新天地で働く。有休も消化させてほしい。などと言われたのである。

他のメンバーとも話したが、誰も気付かなかったという。それどころか全員が口をそろえたのは、

「びっくりした」

である。

「彼だけは辞めないと思っていた」

「最近すごく意欲的に働いていたから、よけいにビックリだ」

メンバーだけでなく、部長でさえ口にしていた。

昨今、このような「びっくり退職」が増えているという。

・日ごろから不満を口にしている
・やる気が見られない
・最近、休みが増えた

このような兆候が見られたら、誰も不思議がることはないだろう。

「いずれ辞めると思ってた」

と納得するはずだ。しかし今回取り上げる「びっくり退職」は違う。

・日ごろから精力的に働いている
・自己研鑽に励んでいる
・社内のプロジェクトにも積極参加している

そんな将来に期待できそうな若者が、突然「辞める」と言いだすのである。直属の上司だけでなく、誰だって「びっくり」するし、何より職場に与える精神的なダメージが大きい。

「あんな将来有望な若者まで辞めたくなるようでは、もうこの会社は終わりだ」

そう思われてしまうリスクもある。

では、なぜこのような「びっくり退職」が増えているのか。若者たちの価値観の問題だけではない。そのような環境が整っていることも見逃せない。

ここからは「びっくり退職」が増える3つの理由と、2つの対策について解説したい。経営者や人事担当のみならず、部下を持つすべてのマネジャーに読んでいただきたい内容だ。

「びっくり退職」の裏に潜む「びっくり条件」!

「びっくり退職」が増えている理由、背景は以下の3つだ。

(1)空前の売り手市場
(2)SNSの普及
(3)マジメな性格

まず、何と言っても最大の理由がコレだ。世の中が「空前絶後の売り手市場」になっていることが挙げられる。

過去を振り返ると、就職市場は売り手(求職者)が優位になったり、買い手(企業)が優位になったりと変動してきた。

しかし2030年には700万人もの労働者が足りなくなると言われる日本においては、よほどのことがない限り「買い手市場」に戻ることはないだろう。

それぐらい大変な事態である。

栄養でたとえると、わかりやすいか。限られた栄養のある食物を、企業で取り合っている状態だ。キチンと栄養補給しないと、企業は栄養失調で餓死してしまう。

スタートアップ企業からすると、さらに激しさを増す。「資金調達」よりも「若者調達」のほうが喫緊の課題だ。若い人が参画しないと、事業を成長させようがない。

「びっくり退職」の裏には「びっくり条件」も潜んでいる。有能な若者には、本人もびっくりするほどの好条件を出す企業も少なくない。

年収360万円の24歳の若者が、2倍近い「年収700万円」を約束されたら心が動くことも多いはずだ。もちろんお金だけではない。

40代ぐらいの若い経営者が社会課題を解決したいというパーパスを掲げ、事業を成長させる姿を見せたら、

「カッコいい」

「こんな会社で働きたい」

と心を動かされるだろう。これも条件の1つに数えられる。「ワクワク感」「ドキドキ感」は、お金には変えられないインセンティブだ。

しかもスピードがものをいう時代。

新卒一括採用の文化がない企業なら、ドンドン新しい人が入ってくる。そんな成長企業になら、1カ月、2カ月遅れて入社しただけで出遅れ感を味わう。はやく入社しないと年齢が同じでも後輩になってしまうのだ。

「来期になってから」

「今の仕事がひと段落したら」

などと言っていられない。人材紹介会社の営業攻勢は凄まじい。好条件を提示されたらすぐ決断し、すぐに転職したくなるものだ。

なぜ「びっくり退職」する前に相談しないのか?

「びっくり退職」が増えている2つ目の理由が、「SNSの普及」である。

昨今、若者の相談相手はSNSで知り合った「本名も知らない誰か」であることが多い。

昔なら、上司に相談できないことは、同僚や先輩などに打ち明けたものだ。

・会社に不満がある
・将来のキャリアについて悩んでいる
・人間関係で困っている

このような相談をきっかけにして、職場は対策をとることができた。

「絶対に課長には言わないでほしい、と言われていますが、実は……」

と課長の耳に入ることで、

「そうだったのか。ありがとう。気を付けるよ。そんなに悩んでいるだなんて思わなかった」

と上司である課長も対策をとることができた。社内に相談相手がいることで、本人からのサインを見逃すリスクを回避できた。

しかし今はそんな時代ではない。気の許せる相手は、X(旧ツイッター)やインスタグラムで知り合った誰かということも多い。

何を隠そう、私にも匿名の人物からSNSを通してたくさんの相談が舞い込む。私は素性を明かしているので、相手の若者は私が54歳だということも知っている。経営者だし、コンサルタントなので、どちらかというと会社側に立つ人間だ。なのに、

「将来のことを考えたら、転職したほうがいいですよね?」

「転職して能力が開花したと横山さんも書籍に書かれていますよね」

こんなデリケートな内容をDMで相談してくるのだ。

他者からは衝動的な決断のように見えるかもしれないが、今はものすごいスピードで意思決定できる環境が揃っているのだ。

「びっくり退職」が増えている3つ目の理由は、本人のマジメな性格が原因だ。昔なら、退職を決めたあとはもう「消化試合」である。

「退職を決めたんだから、やる気はゼロ」

「会社に貢献したくないし、言われた以上のこともしたくない」

という気持ちになり、その気持ちが態度にも表れる。だから周りが気付くのだ。

「なんか最近おかしい」

「仕事を辞める気なんじゃ?」

といった臆測が広がる。ところが、最近の若い人はマジメだ。「立つ鳥跡を濁さず」の精神でがんばろうとする。

「なんだかんだいって、お世話になった会社だ。あと3週間、できる限りのことをやろう」

なんて張り切ってしまう。そのせいで、周りを驚かせてしまうのだ。

「先月ぐらいから、目の色を変えてがんばってたじゃないか。どうして突然退職するなんて言うんだ?」

と聞いても、こう返される。

「退職すると決めたからこそ、がんばってるんです」

まるでオリックスの山本由伸投手(25歳)のようだ。山本由伸投手は、今年(2023年)の日本シリーズ第6戦で、シリーズ最多となる14奪三振を記録。シリーズの行方を大きく左右するゲームで、大きな1勝をチームにもたらした。

オリックスを去ることを決めていたのにもかかわらず、山本投手は「最高傑作」と言われるほどのピッチングをしたのである。

山本由伸投手と比べるのはお門違いかもしれない。だが最近の若者はこのようにマジメなのである。だから私たちは「びっくり」させられる。

「びっくり退職」を防ぐ2つのポイント

それでは「びっくり退職」を防ぐにはどうしたらいいのか? 次の2つのポイントは押さえておこう。

(1)入社と同時に退職に関する約束事をする
(2)常に未来の約束事について対話する

当然のことながら、本人と対話を繰り返したり、環境を整備するなどの努力は不可欠だ。その努力を怠っておいて、

「まさか退職するなんて」

と驚かれても困る。その態度のほうが「びっくり」だ。手厚くフォローしたり、成長できる環境を整えることは当たり前。それだけの努力をしても「びっくり退職」はなくならないのだ。

最大の問題は、私たち昭和世代の人間に

「退職のウラには、深刻な問題があるに違いない」

という先入観があることだ。しかし、さすがにこの考えは古い。転職は昔よりもっとカジュアルなイベントになっている。

ちょっとしたきっかけで、ふと

「転職していいかも」

と思ってしまうものなのだ。深刻に考えることなく、軽い気持ちでそういう選択をするもの。そう受け止めよう。

入社と同時に会社側がすべきこと

だから、入社と同時に釘を刺しておく。

「誰だって長く働いていたら退職したくなるときはある。本当はそうしてほしくないけれど、もしも退職について真剣に考えはじめたら、できる限り早く教えてほしい」

と伝えるのだ。

「びっくり退職」されたときのダメージ、影響の大きさをリアルに伝えておく。本人がイメージしているよりも深刻な影響があるので、どんなに最後の数週間がんばったとしても埋め合わせにならないと、ハッキリ言っておくのだ。

縁起がいい話ではない。しかし大事な話である。遺書がないと、相続で揉める。それと一緒だ。

もう一つの対策としては、「近い未来」の約束もしておくことだ。

肩書や報酬の約束ではない。スケジュールに記せるような具体的な内容にしておく。

「2024年の4月からはじまる新プロジェクトのサブリーダーをお願いする。今から予定しておいて」

「2025年の1月からは、一緒にシンガポールの企業を視察に出かけよう。今から先方の企業と打ち合せをはじめてほしい」

そして定期面談で、これら未来の約束事に関するディスカッションをしていくのだ。

このように具体的な予定が入っていて、上司が真剣にそのことに向き合っているとわかっていたら、もし退職を決断したとしても早め早めに相談をしてくるだろう。

どんなに対策をとっても退職をゼロにすることは難しい。多様な選択肢が存在する現在において、離職率がゼロに近い企業のほうが異常だ。

くどいようだが、退職を防ぐための対策は常日ごろからしておくことだ。あとは「びっくり」しないための対策しか残っていない。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)