「楽しいサッカー」を追求する須藤監督。「『負けじ魂』は誰よりも強い」という強靭なメンタルも魅力だ。(C)FUJIEDA MYFC

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 Jリーグ指揮官になり、一度もフルシーズンを戦ったことのなかった藤枝MYFCの須藤大輔監督にとって、2022年はまさに勝負の年だった。

 同年のJ3は、J2から落ちてきた松本山雅FC、ギラヴァンツ北九州、愛媛FC、SC相模原の4チームに加え、JFLから上がってきたいわきFCが参戦。試合数も大幅に増えるなかで始まった。

 序盤は福島ユナイテッドFCがスタートダッシュに成功するも、折り返しの17節終了時点では松本、鹿児島ユナイテッドFCが上位争いを展開。藤枝は4位に甘んじていた。

 それでも須藤監督は当初から掲げていた「エンターテイメントサッカー」をブレることなく追求。信念を持ってチーム強化に当たった。

 2021年はハイプレスをかけて主導権を握るというスタイルに近づいたが、結果が出なかった。その反省を踏まえ、22年はボール保持のみならず、奪われた瞬間のカウンタープレスやハイプレスからの攻撃を微調整。攻守のバランスを取りながら、数的優位を作って点を取って勝つという形を模索していったのだ。

 須藤監督はヴァンフォーレ甲府時代の2005年12月、J1・J2入替戦で資金規模的に格段の差があった柏レイソルに勝ってJ1昇格を果たしたことがある。当時の大木武監督も超攻撃的志向を持つこだわりの強い監督だった。その影響も少なからず受けているようだ。

「あの時の甲府のサッカーは本当に楽しかったし、練習していても成長を実感できたんです。他のチームで挫折して、甲府で成功しようと本気になっている選手が集まっていたから、本当に強かった。あの経験は僕の糧になっているし、今もイキイキしている姿を見せてほしいと選手たちに求めています。

 引退後にスクールで幼稚園生や小学生を教えた時にも、楽しむことの大切さを痛感させられましたけど、そういうマインドになって初めてパフォーマンスを最大まで引き上げられるんです」と彼は語気を強める。
 
 楽しさを具現化するために、選手たちのストロングポイントを伸ばすことを特に重視した。たとえば、久保藤次郎(名古屋)であれば、攻撃の推進力や運動量が武器。そこを研ぎ澄ませるように務めたし、2022年チーム得点王の横山暁之であれば、守備の強度は乏しいものの、抜群の攻撃センスを引き出すように仕向けていった。

 弱点を克服させるより、長所を伸ばすほうが怖い選手になれる。そんな確信があって、須藤監督はそういう指導スタイルを採ったのだ。

 そのうえでチーム全員が正しい立ち位置を取り、連動して動けるように仕向け、組織力を高めていった。その結果、組織と個々のストロングが相乗効果をもたらし、結果が出るようになっていったという。

 後半戦の藤枝の快進撃は凄まじく、18試合で黒星はいわきとFC今治相手の2敗だけ。昇格争いのライバルだった鹿児島や松本も振り切った。

 とりわけ、10月9日のホームゲーム、松本戦の1−0は非常に価値あるものだった。パッションの男・須藤監督はヒートアップしすぎて、熱い発言をしてしまい、第4審判に注意される場面も見受けられたが、藤枝出身の名波浩監督が率いるチームを、榎本啓吾の終了間際のゴールで撃破。2位以内に大きく前進し、最終的に昇格切符を掴み取ることに成功したのである。

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「僕は高校3年の95年年末の高校サッカー選手権の1回戦・東福岡戦で、開始5秒に怪我をして以来、挫折の連続だった。東海大学4年の時もJリーグから全然オファーをもらえず、自分から複数クラブに連絡して『セレクションを受けさせてくれ』と懇願したくらい。やっとの思いで水戸に受かってプロになれた人間なんです。

 だから『負けじ魂』は誰よりも強い。そういうメンタリティが、松本山雅戦の時はより強く出てしまったのかもしれません(苦笑)。ただ、強度の高い相手には絶対に勝ちたかった。昨年はやはり強度に優位性のあるいわきや今治にも勝てなかったんで、そういう思いはすごく強かったですね。

 そのためにフィジカルベースを引き上げる取り組みも強化していました。ボールを使ったトレーニングの中に、攻め合いやデュエルの場面が増える工夫を自分なりにしましたね。最後の最後でライバルを振り切ることができたのも、その成果だったのかなと感じます」

 就任直後のミーティングで、アメリカ映画『グレイテスト・ショーマン』の中で流れる『This is me』を流したというエピソードは前回触れたが、須藤監督は常に選手の心に働きかける工夫も怠らなかった。

 一例を挙げると、愛読書である元中日監督の落合博満氏を描いた「嫌われた監督」だ。「オレ流」で何度も日本一に導いた名将の生き様を参考にした発言や物言いなども取り入れたし、様々な名将から学んだ話術も参考にした。
 
 結局のところ、指揮官というのはどれだけ選手の心を掴んで、1つの方向に向かせるかが最も重要だ。J3にいる選手は自己肯定感が低くなる傾向があるだけに、前向きにさせることを意識したという。

「1日の中で練習のセッションがいくつかありますけど、まずは1つでもいいから上手くなってもらいたいと思って練習しています。選手に単なる組織のコマではなく、一人ひとりに成長を意識して取り組んでもらい、実際にレベルアップしてくれれば、自ずと自信を持てるようになる。それは20歳の若手でも、35歳のベテランでも同じ。そういうマインドを伝えることによって、彼らの取り組む姿勢は確実に変化します。

 2022年にJ3で2位になって昇格切符を手にした時には、本当にそういう成長を感じた。僕自身も監督として少なからず自信を持てた気がします」

 2022年のJ3最優秀監督に選ばれたことで、須藤監督の評価も高まった。そして野心溢れるアグレッシブな男は、23年にJ2という一段階高いステージに挑んだのである。

※第2回終了(全3回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)