歩きスマホ対策総選挙(著者撮影)

強制ではなく、人が自然に動く。そして誰も損しない。仕掛けのアイデアで、お金や労力をかけずとも問題解決する。その積み重ねが、社会を確実にいい方向に変えていく。そんなシンプルなコンセプトを掲げる学問が「仕掛学」だ。

アメリカや韓国、台湾、中国など世界で広く読まれ、10万部を突破した『仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方』のアップデート版にあたる『実践仕掛学:問題解決につながるアイデアのつくり方』を上梓した大阪大学大学院経済学研究科教授の松村真宏氏が、事例をまじえながら仕掛学のエッセンスについて語る。

間違い探しポスター

サイゼリヤのキッズメニューには間違い探しがついている。これが結構面白くて、筆者も行くたびについやってしまう。


普段なかなか見てもらえないポスターでも、間違い探しになっていれば見てもらえるようになるかもしれない。問題は、そもそも間違い探しになっていることに気づいてもらえないことだろう。

そこで、ポスターにボタンを設置し、ボタンを押すと「ポスターの間違いを探すのじゃ」と音声が流れる仕掛けポスターを当時のゼミ生たちと考案した。ボタンがあると気になってつい押してしまい、ボタンを押すと音声が流れて間違い探しになっていることに気づいてくれることを期待した。

ポスターは大阪大学経済学部松村ゼミと石橋商店街が主催するイベント「第14回ゑびす男選び@阪大坂」を告知する内容にし、イベント日時の元号を令和ではなく「昭和」に間違えたものを製作した。


間違い探しポスター(撮影:堀颯流)

2019年12月11日(水)、12日(木)、16日(月)、18日(水)に実際に石橋商店街にA0サイズのポスターを設置して実験を行った。その結果、ボタンがないときにポスターを2秒以上見た人は総通行人数のうち4.3%(4051人中173人)、注視時間は平均2.9秒であったが、ボタンを設置すると見た人は7.2%(3560人中256人)、注視時間は平均8.1秒になった。また、ボタンを押した人の注視時間はさらに27秒長くなった。

ほとんどの人はポスターに目を向けないし、目を向けたとしても3秒程度しか見ない。ポスターに限らず仕掛けを設置したときも、この3秒が勝負になると考えている。

3秒ルール

3秒以内に興味を持ってもらうためには、見た瞬間に興味を引きつけることが重要になる。バスケットゴールのついたゴミ箱が通行人の興味を引くのは、多くの人が体育の授業などでバスケットボールで遊んで楽しかった記憶があるからである。バスケットゴールを見た瞬間にそのときの楽しかった記憶が想起されるので、やってみたいという気にさせる。

目を向けさせるだけなら、派手なものや珍しいものを置いてもよいが、それだけだと仕掛けにはならない。仕掛けは問題解決につながる行動を促すものであり、行動につながらないものは仕掛けではないからである。

バスケットゴールの場合は、見た瞬間にボールを投げ入れるという行動が想起される。投げ入れるという行動とゴミ箱とが組み合わさることで、ゴミをバスケットボールに投げ入れるという行動に容易に結びつく。その結果として、ゴミでシュートするという行動が促されるのである。

3秒で読める文字数なんてたかが知れている。見た瞬間に興味を引きつけ、特定の行動と結びつくためには、既に使い方を知っているものを利用するのが一番簡単である。したがって、仕掛けは人の過去の記憶や体験に訴えかけるものを利用することが多い。見た瞬間に記憶と結びついた行動が想起され、そそられるからである。

なお、3秒ルールにも例外はある。立ち止まることが強いられる場所、たとえば電車の中やエレベーターの中、信号待ちをしているとき、行列に並んでいるとき、レストランで料理を待っているときなどである。そういう場面では3秒を超えるアプローチも可能なので、仕掛けを設置する状況に合わせて検討する必要がある。

視覚を利用した仕掛けをもう2つ紹介しよう。

指さしオブジェ

赤ちゃんは言葉を話しはじめる前から指差しをするようになる。それくらい指差しはコミュニケーションにとって重要であり、私たちも日々の生活の中で知らず知らずのうちに多用している。その指差しが意外なところにあれば、気になって指の指し示す先を見てしまうに違いない。

そこで、白い手袋の中に針金の芯と綿を詰め、手袋の端に緑色のチェックシャツの袖口をつけた、立体的な指差しオブジェを当時のゼミ生たちと考案した。


指さしオブジェ(撮影:滝口笙真)

2021年11月30日(火)、12月8日(水)、12月14日(火)、12月22日(水)に、ポスターを指差すように指差しオブジェを設置したところ、ポスターを見た通行人の割合は8.4%(4210人中355人)であった。指差しオブジェの代わりに平面的な指差しのイラストにすると3.95%(4182人中165人)、ポスターだけだと3.5%(4352人中156人)であった。

ポスター総選挙

目のついているポスターがあると誰かに見られている気がして、ルールや社会的規範から逸脱した行動を取りにくくなることが知られている。もし、ポスターと目が合うのなら、その効果はなおさらであろう。

そこで、ずっと目が合っているように錯覚するマスクを5人分製作し、それを選挙ポスター掲示板風のポスターに貼りつけることで、5人から見られている「歩きスマホ対策総選挙」をゼミ生の二川侑磨氏と考案した。架空の各候補者は歩きスマホ防止を訴えているので、それを見た人は歩きスマホをためらうことを期待した仕掛けである。


歩きスマホ対策総選挙(著者撮影)

JR尼崎駅前のコンコースにマスクポスターを2022年9月28日(水)〜10月11日(火)の2週間、比較対象として顔写真を用いた一般的なポスターを2022年10月19日(水)〜11月1日(火)の2週間設置して効果を検証した。

その結果、2秒以上ポスターを見た人の割合は、マスクポスターは23.7%(5万7480人中1万3635人)、一般ポスターは13.4%(6万0064人中8063人)であった。また、ポスターを見て歩きスマホをやめた人の割合は、マスクポスターは43.0%(300人中129人)、一般ポスターは12.4%(380人中47人)であった。

ただ、歩きスマホをしている人がポスターに気づく割合は、マスクポスターと一般ポスターに有意な差は見られなかったことから、歩きスマホの誘引力の強さを再認識する結果となった。

そそる仕掛けの条件

仕掛けが「そそる」ための条件は、何か楽しいことが起こりそうだと人に期待させることである。見たことも聞いたこともないものを見てもそういう期待は起きようがないので、期待してもらうための何かしらの手がかりが必要である。

その手がかりの1つは、我々の過去の経験や体験にもとづく遊び心である。たとえば、ゴミ箱の上にバスケットゴールをつけると、ゴミをボールに見たててシュートする人が現われるので、結果的にゴミ箱の利用者が増える。これは、過去にバスケットボールで遊んで楽しかった経験や体験がバスケットゴールを見た時によみがえり、そそられるからである。バスケットボールで遊んだことのない人にはその効果が弱いだろうし、バスケットボールを知らない人には全く効果がないだろう。

過去の経験や体験は、生まれ育った環境や文化の影響も大きい。関西人であれば、毎週土曜日のお昼に放送されている吉本新喜劇や551HORAIのテレビコマーシャルを知らない人はいないだろう。したがって、関西人を対象とする場合には、吉本新喜劇のギャグを想起するようなものやテレビコマーシャルを想起するようなものでも使える手がかりになる。

環境や文化は国によっても異なる。日本では家に入るときに靴を脱ぐが、世界を見渡すと靴を脱がない国も多い。日本ではご飯を食べる前に「いただきます」というが、これに直接対応するような言い回しは世界にはあまりない。車が左側通行の国もあれば、右側通行の国もある。ご飯が主食の国もあれば、パンやジャガイモが主食の国もある。野球や相撲が人気の国もあれば、クリケットやセパタクローが人気の国もある。対象とする人の環境や文化に応じて使える手がかりは変わる。

また、そそる仕掛けの発動のしやすさは、仕掛けの設置場所や対象者の属性といった状況によっても変わる。たとえば、通勤途中の人より散歩中の人のほうが仕掛けに反応してくれやすい、1人でいるときより友達と一緒のときのほうが仕掛けに反応してくれやすい、大人より子供のほうが仕掛けに反応してくれやすい、歩きスマホをしている人には何を仕掛けてもなかなか気づいてもらえない、など枚挙にいとまがない。

まとめると、そそる仕掛けの条件は、過去の経験や体験にもとづく遊び心と、仕掛けを設置する状況の2つあり、両者が同時に満たされたときに最大の効果を発揮するのである。

(松村 真宏 : 大阪大学大学院経済学研究科教授)