大谷翔平がテレビCMで「圧倒的人気」を集めるワケ
大谷翔平選手(画像:セールスフォース・ジャパンのCM「次の世界へ。失敗の数だけ、成長できる。」編より)
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、米大リーグ・オールスターを経て大谷翔平選手の人気は不動の地位を確立したようだ。米オールスター、シアトルの球場で大谷選手が打席につくたび、観客から「シアトルに来て」コールが起きたことがそれを物語る。そして日本のテレビCMの世界でも、大谷選手の人気がずば抜けていることはデータが示している。
CM総合研究所はこのほどCMに出演するタレント(計828人、キャラクター含む)について今年上半期(1〜6月度累計)の好感度調査をまとめた。それによると、大谷選手はCMタレント好感度ランキングで8位となり、初のトップ10入りを果たした。CM総研が調査を始めて以来、野球選手を含め現役アスリートでトップ10入りした事例はない。
前年同期239位から大躍進
CM総研がまとめたCMタレント好感度ランキングは以下の通り。1位木村拓哉(好感度獲得ポイント数631、以下略)、2位芦田愛菜(484)、3位綾瀬はるか(303)、4位広瀬すず(299)、5位あの(279)。6位菊池風磨(267)、7位菅田将暉(265)、8位大谷翔平(256)、9位出川哲朗(255)、10位新垣結衣(233)。
大谷選手の8位、これは前年同期の239位から大躍進だ。3月WBCでの活躍も寄与したと判断できる。
大谷選手が出演したCMがテレビで初めて流れたのは2014年度(4月度〜翌3月度)。この年度の放送回数(東京キー5局集計)はわずか7回、タレント好感度は2ポイント、CMタレント総合順位は1241位にとどまった(タレント全体の集計数には変動がある)。
それが2016年度放送回数997回(タレント順位338位、以下略)、2017年度1744回(314位)。ロサンゼルス・エンゼルスに移籍した2018年は落ち込むがその後はうなぎ上り。
2019年度放送回数1264回(299位)、2020年度2667回(280位)、2021年度1556回(248位)、2022年度は実に3170回(82位)のCMが流された。そして2023年は上半期(1〜6月度)で計1568回に。ちなみにこの上半期にCMを打ったのはクライアント9社。17作品がオンエアされた。
(出所)CM総合研究所
大谷選手のCMに視聴者はどう反応?
東京キー5局が放映する全CMの評価について、CM総研は毎月2回、計3000人のモニターから回答をもらっている。それによると大谷選手の場合、実に96%がCM出演者、すなわち大谷選手にひかれた、と答えている。大谷選手のどこにひかれたのか。この問いにずばり答える設問はないが、モニターの回答に手掛かりがある。
CM総研の設問項目は、商品そのものの魅力、CMのストーリー展開、使用された音楽、企業姿勢など計15項目にわたる。モニターの回答は往々に分散される傾向があるが、大谷選手の場合は、「かわいらしい」「心がなごむ」「セクシー」といった項目にチェックを入れたものも目につく。
コメント欄にも「(大谷選手が)かわいくてキュンとする」などと寄せられている。バラエティー番組も含め、幅広くお茶の間の話題になりやすいキャラクターなのだろう。
WBCの際に大谷選手を起用した企業のCM効果はどうだったのか。セールスフォース・ジャパンのCM「次の世界へ。失敗の数だけ、成長できる。」編のCM好感度は同社最高スコア。コーセーのコスメデコルテ「自分が整う」編は美容液「リポソーム」の売り上げアップ、ニューバランス ジャパンのニューバランス「球場」編は好感度が自己最高を獲得した。
大谷選手の特徴は、ターゲット層以外にも男女幅広い階層から支持を得ていることだ。コーセーCMのコメント欄には「大谷選手の肌がきれい」というのもあった。
大谷選手の失敗にフォーカスしたCMの狙い
大谷選手を出演させ知名度アップを狙ったという企業のひとつ、顧客管理システム企業・セールスフォース・ジャパンの「次の世界へ。」シリーズを制作したクリエィティブ・ディレクターを務める電通の郡司音氏に、なぜ大谷選手を起用したか話を聞いてみた。
「大谷さんは(二刀流などで)象徴的なトレイルブレイザー、先駆者なんです。セールスフォースもデジタルの力でより良き社会にしようと、先駆者を目指している。大谷さんはスーパースターであると皆知っているので、あえて僕らと同じ一人の人間であるところにフォーカスしたいと思った。僕らと同じ悩みや、僕らと同じ葛藤を抱えながらきっと生きているだろうっていうのが、企画のスタートでした」
調べてみると、大谷さんの数々の失敗データが集まってきた。でも昨シーズンに10勝30本塁打を達成し、1シーズンでこれを記録した選手はメジャーリーグ初、日本のプロ野球界でもいないこともわかった。
「今若い人を含めてバランスがいいというか、失敗しない子がすごく多いなと思って。バランス重視の技術は上がったなと思うが、アニマルスピリットだったり、チャレンジする心だったり、そういうマインドが失われているんじゃないかという思いがあったので、失敗の数だけ成長できるんだよってメッセージを送ろう。それを大谷さんの姿に重ね合わせようと思いました」
野球選手のCMでは7月前期、ラーズ・ヌートバー選手が出演するインターメスティックの「Zoff」のCM好感度が、全作品2075作品中の2位にランクインした。CM中にヌートバー選手のお母さんが出ているほんわかしたCMだ。ヌートバー選手は森永製菓やZoffに加え、ほか2、3社からもCM出演のオファーがあったと報道された。
大谷選手やヌートバー選手を見ていると、個人的な印象だが気負いとか、日本を背負うとかいった力みが感じられない。最初から世界を目指していたからなのだろうか、リラックスした印象を受ける。
現役ではないが、イチロー選手もCM好感度ランキングで常に上位にいる。上半期はタレントランキング80位(2022年度は48位)につけた。
野球選手(OB含む)出演のCM放送回数が回復
実は野球選手(OB含む)が出演するCMの放送回数は徐々に増えている。正確に言うと盛り返している。年間放送回数を合計すると、2001年から2009年にかけて年間2万回を超えることも多かったが、リーマンショックなどを機に急速に下がり2014年には5600回にまで落ち込んだ。その後徐々に増加。コロナ禍などで落ち込みをみせたが、2022年は1万3993回に回復した。
テレビCMは一昔前「あこがれ」を売る世界だったが、最近は親しみとか生活者のマインドを重視する傾向にある。野球選手を起用したCMでも「タフさ」を前面に出すよりも、消費者に幅広く愛される「タレント性」を狙っているケースが目立つ。
日本を代表するクリエーターの一人、前東北新社社長の中島信也氏は「最近ブランド構築に対する考え方が商品だけでなく、会社全体のイメージへと、企業側の考え方が変わってきた。世の中の変化、人々の心の変化が大きくなり、社会に愛されないと生き残れないんじゃないかという危機感は強くなった」と指摘する。
確かにCMに出演する野球選手は、社会に愛されるタレント性も必要なようだ。
(関根 心太郎 : CM総合研究所 代表)