Vol.129-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。世界初の空間コンピュータは非常に高価だが、本機で得られる新たな体験とは何か。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル〜

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

汎用性をアピールしたアップルのネーミング

アップルが長く噂されてきたVRデバイス「Apple Vision Pro」を発表した。頭にかぶる、いわゆるヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)ではあるが、同社はVRなどの用語は使わず「空間コンピュータ」と呼んでいる。

 

なぜアップルがVRなどの言葉を使わないのか? マーケティングの面から手垢がついた言葉を使いたくない、という事情はあるだろうが、それ以上に“汎用性”を重視したかった、という点が大きいのだろう。

 

これまでのHMDは、ゲームにフォーカスしたモノが多かった。ニーズがもっともはっきりしており、売りやすいからだ。そこから広がり、VRChat などのコミュニケーションに使う人も多くなってきたし、動画配信を見るのに使う人も増えた。要はそれだけ、汎用のコンピュータとして使う人が増えてきたわけだ。

 

VRでは四角い画面の中にとらわれず、目に見える世界すべてをディスプレイとして使える。“いままでのPCやテレビを超える可能性がある”とは言われてきたのだが、それを実践している人はまだ少数で、そのための環境も揃ってはいない。HMDをつけたまま自宅内を歩き回ったり、ビデオ会議をしたりするのは大変で、ようやく、目の前にあるキーボードやマウスを使えるようになってきたところである。特にMetaは、昨年秋発売の「Meta Quest Pro」でゲーム以外の可能性を模索したが、まだ開発は道半ばというところだった。

 

そこに出てきたのがVision Proだ。

 

アップルはアプリの利用や動画の視聴、ビデオ通話など、いつもスマートフォンやPCで行なっていることを“より快適に、より自由に”使える路線を目指している。多数の文書を空中に表示しながら仕事をしたり、飛行機の中を巨大な映画館にしたり、と言った1つひとつのことはほかのデバイスでもできることなのだが、画質・体験の質が圧倒的に優れている。

 

高価な価格になったのは満足感のある体験のため

そのためには、片目4Kの解像度を持つ最新の「マイクロOLED」や12個のカメラ、距離センサーなど、多数の最先端デバイスを搭載する必要があった。そのため、価格は3499ドル(約50万円)と非常に高価な製品になっている。

 

高すぎるという意見もあるだろう。だが技術に魔法はなく、最先端で高価なデバイスを使うと製品は高くなる。他社は試作段階で“高くなるので使えない”と諦め、安価で売りやすい価格帯の製品を狙った一方で、アップルはあえて「高くなるが、これだけのコストをかけないと中途半端な体験になってしまい、利用者にとって納得感・満足感のある体験にならない」と考えたのである。

 

これは良し悪しではなく、メーカーによる判断の違いである。アップルにはファンも多く、他社よりも高価なデバイスを売りやすい。だからこのような戦略を選択できるのである。

 

ただ、Vision Proの秘密は高価なデバイスの採用だけではない。特別なOSと新しいハードウェア的な構成にも秘密がある。それがなにかは、次回以降で解説していく。

 

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