潜水艦は一般的に水上艦よりも低速であることが多いです。しかし、なかには80km/h超えのスピードを記録したものもあるそう。いったい潜水艦は水中でどの程度の速度を出すことができるのでしょうか。

危険な過酸化水素水使った主機関も

 潜水艦は技術革新による影響を強く受ける艦型です。近代的な潜水艦が20世紀初頭に生まれて以降、長らくディーゼル+蓄電池という組み合わせの機関が主流でしたが、やがて水中でも高速を発揮できるようになり、現在では水上艦艇を上回る高速性能を手に入れたものも数多くあります。では、最速の潜水艦はどれほど速いのか、比べてみましょう。

 潜水艦の性能を大きく左右するのは搭載する機関です。最初に実戦投入された潜水艦は、1862(文久元)年に就役したアメリカ海軍の「アリゲーター」です。この船の動力は「人力」で、16本の櫂(かい)により最大4ノット(約7.4km/h)を発揮したと伝えられています。


海上自衛隊の潜水艦「たいげい」(画像:海上自衛隊)。

 1900(明治33)年に就役したアメリカ海軍の「ホランド」からは、動力がガソリン機関+電動機へと変わります。最大速力は5ノット(約9.3km/h)でした。その後、各国とも潜水艦にはガソリンエンジンに代わりディーゼルを搭載するようになりますが、潜航時に用いるのは相変わらず電動機で、水中速力が飛躍的に向上するようなことはありませんでした。

 そのようななか、1933(昭和8)年にドイツで誕生したのが「ヴァルター」機関です。これは、過酸化水素と触媒の反応で酸素を発生させ、給気なしでタービンを回して高出力を発揮できるもので、これによりドイツ海軍は1940(昭和15)年に、小型潜水艦V-80で、水中速力26ノット(48.2km/h)を記録しています。それまでの潜水艦が10ノット(18.5km/h)以下だったのと比較するなら、画期的な高速と言えるでしょう。

 しかし、過酸化水素は爆発事故を起こしやすく、かつ水中に気泡も出やすいこと、加えて低速航行に向かないため他の機関も搭載する必要があるなど問題点が多かったため、ディーゼル機関を置き換えるには至りませんでした。

世界最速の潜水艦はソ連製

 潜水艦に最も向いた機関は、原子力機関です。原子炉の動作には酸素を必要としないため、大出力で継続的な高速を発揮でき、かつ長大な航続力も付与するなど、潜水艦にとって最適なものでした。だからこそ、1955(昭和30)年にアメリカ海軍が原子力潜水艦「ノーチラス」を建造して以降、現在でも多くの海軍で原子力潜水艦が導入・建造されています。

 その一方、安価で静粛性が高い通常動力型潜水艦を補完すべく、非大気依存推進技術(AIP)の開発も進められました。日本のそうりゅう型や、中国の039A級潜水艦には、低速ながらも長大な潜水時間を実現したスターリング機関が搭載されています。また日本では、世界に先駆けてリチウムイオン電池の潜水艦への搭載を進めており、そうりゅう型11番艦「おうりゅう」以降の海上自衛隊潜水艦は、この方式に切り替えることで、高速かつ静粛に、長時間の水中航行を実現しています。

 また、ドイツ海軍は燃料電池とディーゼル機関を組み合わせた212A級潜水艦を造るなど、潜水艦の進化は現在も顕著なものがあります。


1983年10月、アメリカ海軍が撮影したK-162巡航ミサイル原子力潜水艦の航行シーン(画像:アメリカ海軍)。

 このように、近年では再び技術革新が始まっている潜水艦の搭載機関ですが、それでは、その恩恵を一番受ける「水中速力」の分野で、最も速い艦型というのは何になるのでしょう。

 それは旧ソ連(現ロシア)が開発、1969(昭和44)年に就役したK-162巡航ミサイル原子力潜水艦(のちにK-222へ改称)です。ただ、これは実験的な艦型のため、同型艦はありません。1971(昭和46)年に、現在でも潜水艦の世界最高速力である、44.7ノット(82.8km/h)を記録しています。

 実用的な艦型では、1971(昭和46)年より就役したアルファ(705)級潜水艦において、最大速力42ノット(77.8km/h)を記録しています。なお、ソ連は潜水艦に高速性を求めることが多く、現用のアクラI(971)級でも、35.2ノット(約65.2km/h)の速力を記録しています。

 では、ソ連(ロシア)以外の潜水艦では、どれくらいの速さなのでしょうか。原子力潜水艦はソ連(ロシア)以外だと、アメリカ、イギリス、フランス、中国などが建造していますが、その中で最速となるのが、アメリカのシーウルフ級原子力潜水艦です。

日本最速の潜水艦は80年以上前に誕生

 シーウルフ級原子力潜水艦はポンプジェット推進を採用しているのが特徴で、これにより35ノット(約64.8km/h)という高速性能を実現しています。ただ、このクラスは高性能を目指した結果、建造コストも高くなってしまったため、調達は3隻で終了。次級のバージニア級原子力潜水艦では、調達コストを下げた結果、速力は34ノット(約63km/h)に低下しています。

 なお、中国(093級)やイギリス(アスチュート級)は水中速力30ノット(約55.6km/h)、フランス(シュフラン級)は同25ノット(約46.3km/h)を記録しています。

 では、視点を変えて日本の潜水艦は、どの程度の速さなのでしょう。


アメリカ最速の潜水艦「シーウルフ」(画像:アメリカ海軍)。

 我が国の潜水艦で最速の潜水速度を記録するのは、1938(昭和13)年に進水した「第七十一号艦」です。

 同艦は基準排水量195tの超小型艦で、水中速力25ノット(約46.3km/h)を計画しましたが、ドイツ製機関が輸入できなかったことで、速力が低下し21.3ノット(約39.4km/h)となりました

 なお、秘密兵器である甲標的試作型や特攻兵器「回天」はより高速ですが、潜水艦とは言い難いので除外します。

「第七十一号艦」はあくまでも実験艦のため、同型艦は存在しません。しかし、この艦の開発データにより、水中高速型潜水艦である伊二百一型潜水艦(水中19ノット:約35.2km/h)や、波二百一型潜水艦(水中13ノット:約24.1km/h)が実現しています。

 太平洋戦争後に目を転じると、海上自衛隊向けの潜水艦は、1番艦が1971(昭和46)年に就役したうずしお型以降、現用のおやしお型、そうりゅう型、たいげい型まで水中速力20ノット(約37km/h)を維持しています。ただ、海上自衛隊の潜水艦の場合は、あくまでも「公称速力」です。最大速力ではないため、もしかしたらこれ以上のスピードを出すことが可能かもしれません。

 ただ、潜水艦は速いことが望ましいものの、機関出力を高めると静粛性が損なわれたり、建造費が高騰したりといった問題も生じるため、1970年代のソ連海軍を頂点として、現在では抑え気味となっています。とはいえ、冒頭に記したように近年ではリチウムイオン電池や燃料電池を搭載した新型艦が登場しています。もしかしたら今後、再び高速性に優れた潜水艦が登場するかもしれません。