草創期のANAを支えたレシプロ旅客機「ダグラスDC-3」。実はそのうちの1機のエンジンが、退役から60年近く経過した2023年現在も、稼働できる状態で国内に存在します。どのような経緯があったのでしょうか。

現ANAのDC-3の2号機「JA5019」に搭載

 草創期の現ANA(全日空)を支えた、レシプロ旅客機「ダグラスDC-3」。1960年代に同社からは全機退役し60年近くが経過しましたが、実はそのうちの1機に装備されていたエンジンは今も健在です。一時は野外に置かれ朽ちかけていましたが、整備の末に往年のエンジン音を響かせることができるようになっています。


現ANAのダグラスDC-3(画像:ANA)。

 そのエンジンは、ANAの前身である日本ヘリコプター輸送(通称、日ペリ、または日ペリ輸送)が1955年12月に「JA5019」として登録した機体の左エンジンです。DC-3は、それまでに日ペリの主力機だったデ・ハビランド・ダブやヘロンの2倍以上となる31人の乗客を乗せることができ、世界的にも名のしれた飛行機です。エンジンが搭載されていたJA5019は日ペリが使用した同型機のなかでは、JA5018に続く2機目の機体です。
 
 JA5018とJA 5019はともに、当時の日ペリの台所事情から購入したわけではなく、貿易会社からの賃借だったと、ANAの社史に残されています。また、DC-3の導入を機に、乗客が大幅に増えるのは明らかだったために、1955年9月にスチュワーデス(現在のキャビンアテンダント)1期生の募集を日ペリは行いました。

 この時は、採用予定の5〜6人に対し1000人余りの女性が応募へ並んだと、社史に残されています。このスチュワーデス1期生は、DC-3が東京〜名古屋〜大阪線に就航するとの同時に乗務を始めています。

 そんな草創期の屋台骨を支えたANAのDC-3、元JA5019のエンジンは、2023年現在、個人の所有になっています、このエンジンは前面にあるエンブレムからP&W(プラット・アンド・ホイットニー)のR1830 (通称ツイン・ワスプ)で、空冷星形14気筒と分かります。出力は1200馬力で、DC-3をはじめ1930年代から1940年代にかけて米国の航空機に広く用いられました。

「元ANA機のエンジン」なぜ復活したのか? その経緯

 JA5018は、1960年3月に愛知県の小牧空港で事故により失われていますが、エンジンが残るJA5019は1968年に登録を抹消され、以降は茨城県水戸市の偕楽園に展示された後、富山県黒部市へ移され、1991年に機体は撤去されたということです。


元ANA機である「JA5019」に搭載されていたエンジン「ツイン・ワスプ」(清水次郎撮影)。

 現在元JA5019の左エンジンは、富山県内の個人が所有し、2019年に関東地方の自動車整備会社の経営者が購入。ここで整備されましたが、気筒の外に並んだ冷却フィンのアルミニウムは腐食し、エンジン後部にあるマグネシウム製のギアケースも劣化がひどく、経営者は購入当初「かなりひどい状態で動くのかな」と思ったということです。しかし、2年後には運転へこぎつけることができました。

 実際にエンジンを見せてもらったとき、始動もしてもらいました。点火させると一瞬全体を振動させた後、勢いよくプロペラ取り付け部を回転させました。現代のプロペラ旅客機はすべてジェット・エンジンの一種である「ターボ・プロップ」のため、この「ツイン・ワスプ」のようなレシプロ・エンジンの轟音を空港で聞くことは、そう多くはありません。

 プロペラを取り付けていないために風切り音こそありませんでしたが、エンジンは元気に飛んでいた頃のDC-3を、思い出させてくれるのに十分でした。このエンジンがいつまでも動く状態になることを願ってやみません。

【映像】音が「昔のソレ」だ! 60年前のANA機のエンジンを稼働!最後に火も!