生き残りたければ穴を掘れ! ウクライナの戦いで見直される「塹壕」の大切さ 古来の戦法は万能か?
21世紀に入ってから正規軍同士の戦いで塹壕を多用することなどほぼ見られなくなっていました。その認識が覆されたのが、ロシアによるウクライナ侵攻です。再び重要視されるようになった塹壕、ただ穴を掘るだけではないようです。
ロシア軍の“力押し”を阻んだウ軍の塹壕戦術
ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてからまもなく1年を迎えます。ウクライナの国土が戦場となり、なかには激戦地となった要衝もいくつか生まれました。こうした場所での戦闘で再び注目されるようになったのが、兵士たちが掘る“穴”、すなわち「塹壕」の存在です。
陸上自衛隊の機関銃陣地。すべて掘り下げられ、極力露出しないように構築されている(武若雅哉撮影)。
侵攻当初のロシア軍は、早期に決着がつくと考えていたのか、物量にモノをいわせて戦車を中心とした大量の地上部隊をウクライナへと送り込みました。しかし、あまりにも目立ちすぎること、そして、まず先に長距離攻撃でウクライナ軍に損耗を与えるというセオリーを無視したことなどから、緒戦で損害を少なく抑えたウクライナ軍によって、あえなく返り討ちにあっています。
そこで、ようやくロシア軍は戦術を切り替え、大砲やロケットによる遠距離射撃を多く取り入れるようになりました。しかしウクライナ軍は塹壕を掘ることで、人的な被害を最小限にとどめている模様です。
軍事関係者のあいだでは2000年代初頭のイラク戦争以降、大規模な正規軍同士の戦いは発生しないだろうと言われていました。その認識が覆された軍事関係者が、さらに衝撃を受けたのは、戦術の中心となっていたのが旧世紀時代の主流であった「量を重視した戦い」であったこと。それに対し、やはり古風な塹壕戦が展開されたことにも注目が集まっています。
世界中の軍関係者に衝撃を与えた塹壕での戦い
現代では多くの軍隊が遠距離火力と呼ばれるロケットやミサイルを多数装備しているため、いきなり戦車や装甲車を多数用いて力押しで攻め込む戦術は、もはや「古い」と評価される風潮がありました。そのため各国軍は、より小さい単位の部隊で行う訓練の比重を増やし、テロリストや民兵といった非正規の軍事組織との戦闘を想定するようになっていました。
しかし、ロシアが大部隊を多数使った侵攻を実際に起こしたことで、その考えは否定されたといえるでしょう。だからこそ、ウクライナ軍は旧世紀時代の戦いを彷彿とさせる塹壕戦術で対抗するようになったともいえ、その結果、この時代に再び各国軍とも塹壕の重要性に着目するようになっています。
塹壕の中で機関銃を構えるウクライナ軍兵士(画像:ウクライナ国防省)。
塹壕は、スコップやツルハシなどがあれば人力で構築できます。ただ、これはあくまでも最低限の工具であるため、できれば油圧ショベルなどの重機も欲しいところです。しかし、ウクライナのような平坦な地形が多い場所で、機械を使った大規模な工事を始めれば、即座にロシア軍から場所を特定され、攻撃を受けることになるでしょう。そのため、穴を掘り進めるには人力で、しかも大きな音を立てずにショベルなどを使って地道に進めるしかないのです。
とはいえ、現実は「言うは易く行うは難し」です。実際に掘るとなると、木の根や岩などが邪魔をするため、思ったように掘り進められません。また、自分が入るための穴だけではなく、それらの穴と穴を結ぶための交通壕と呼ばれる通路も設ける必要があります。
防御戦闘をするための穴、指揮を執るための穴、仮眠や退避するための穴、そしてそれらを結ぶ通路、さらにはトイレとなる穴も掘る必要があり、湧き出た水や雨水などを溜めないための排水設備も必要になるなど、一口に「穴を掘る」と言っても、多種多様なものを用意します。
100年前の戦車出現に匹敵するか? ドローン戦術
このように塹壕を構築するのは意外と大変。ただ、一方で塹壕は用意しておくと、その効果は抜群です。たとえば、敵の砲弾が降り注いだとしても、穴の中に退避できれば、直撃さえしなければ生存率は格段に上がります。通路部に関しても、直線的にせず数mおきに曲がり角を設けるなどすれば、爆風による被害も最低限に抑えることが可能です。
塹壕からドローンを飛ばすウクライナ軍兵士(画像:ウクライナ国防省)。
いまから100年ほど前の第1次世界大戦では、西部戦線において大規模な塹壕戦が繰り広げられ、最終的にイギリスやフランスなど連合国とドイツ帝国の双方で5000km近くもの塹壕が掘られたといわれています。
ゆえに、戦闘は長期にわたって膠着するようになり、多数の犠牲者を生みました。その結果、前線突破用の「新兵器」として戦車が誕生するに至ったのですが、今般のウクライナ侵攻では、当時の戦車に相当する存在として、“新兵器”ドローンが多用されるようになっています。このドローンの活用で、ひょっとしたら塹壕戦のあり方にも変化が起こるかもしれません。
ドローンがあれば、従来把握することが難しかった敵の塹壕内の配置を、空から確認できるようになります。さらには、ドローンに砲弾を抱えさせて目標上空で投下、ピンポイントで攻撃するという戦術まで誕生しています。
今回、ロシアのウクライナ侵攻によって、ドローン対策が必要であるという認識は、各国の軍事関係者に広まりました。ただ、これまで多用されてきた砲弾やロケット弾などの攻撃に対して、いまだ塹壕が高い有用性を持っていると改めて周知されたのも、ウクライナ侵攻の特徴ということができそうです。